第41話 憎恨果てしなく
ヴィヴィはかつてセカンダの街で彼女がみせた追跡魔法の要領で、この街にいる狙われる可能性のある魔族を補足した。そして対象の行動パターンを分析。とりわけ狙われやすそうな人物をマグナやマルティナ、そしてエルモを始めとした自警団の面々が密かに護衛していたというわけだ。
「お前は――斎藤ツバキ!」
とっさに叫んだが、当然マグナは予想していた。
竹中アヤネの親友で彼とも旧友だった女、斎藤ツバキ。《雷撃》を食らったからか息はやや荒く、けれども凶悪に光る大振りのナイフこちらに向けて構えている。
どうやっているかわからないが、マグナが最後に見た三年前と同じく彼女の髪は金色に染められており、元々やせ型だった体形は異常に痩せこけて見える。
顔の色が不健康に青白いのは見間違いではないだろう。身を包んでいる白いローブには、ところどころ黒ずんだ染みがある。おそらく血が乾いた後だ。斎藤ツバキが一連の事件の犯人であると雄弁に語っている。
「斎藤、俺だ。松平マグナだ。覚えているか?」
「…………」
呼びかけてみるが反応はない。ツバキは依然として警戒したままマグナの動きを窺っている。
「誰かに命令されてそんな事をしているのか? だとしたらもうしなくていいんだ。知っているか? お前と仲の良かった竹中アヤネもこの街にいるんだぞ」
「アヤネ……」
まるで隙間風のようなか細い声だった。
「そうアヤネだ。知らなかったかもしれないが、お前は彼女の旦那さんも傷つけたんだよ。少しでも罪の意識があるのなら投降しろ!」
「…………!」
返答はなかった。その代わりにツバキはナイフを片手につっこんでくる。
「やっぱりこうなったか!」
その行動はマグナにとって決して予想外ではなかった。斎藤ツバキの目は何か欲や暴力に憑りつかれた目をしていた。かつての川尻マサヤと同じ雰囲気を感じたからだ。彼女は決して稲葉イオのように、仕方なくこの道を歩んでいるわけではない。
一歩二歩、マグナへと近づいていたツバキが――その視界から消えた。
ギフトを発動したのだ。目を凝らして見ても、肉眼では到底わかりそうにない。
だがマグナは焦らない。静かに〈雷切〉を構え、風を読む。彼とていくつもの死線をくぐり抜けてきた男だ。ツバキの目的が逃亡ではなく彼自身を害することならいくらでも対応しようがある。
――雪を踏むシャリっとした音が聞こえた。
「そこだ!」
「――くっ!?」
刀身はマグナの〈雷切〉の方が長い。虚空から現れたツバキのナイフをきっちり受け止め、払うように振るう。不意を突かれたツバキは大きく後ろへ飛び下がった。
「大丈夫ですかマグナさん!」
「マグナ殿! てやっ!」
セルマが呼んだヴィヴィやマルティナ、自警団のメンバーが駆けつけてきた。すぐに状況を把握したマルティナが、再び風景へ溶け込もうとしたツバキへ刀を抜き放ち、鋭い一撃を与えて牽制する。
「ツバキ、あんたどうして!」
声が響いた。
見ると自警団の中に竹中アヤネがいる。疑問に思い「……どうして竹中が?」とマグナが問いかけると、アヤネは「病院にいたら犯人を見つけたって聞こえて、居ても立っても居られなくて」と力強い眼差しで返した。そして彼女は一歩前へ出ると、斎藤ツバキに向けて語りだした。
「ツバキ、もうやめなよそんな事。何があったのかうちは知らんけどさ、勇者だからって戦う必要はないんだよ? ねえ聞いて、うち結婚したんだ。娘もいるし、お腹の中に二人目だっている。勇者だからって、異世界に来たからって、そういう普通の生活もできるんだよ? だからもうやめようよそんな事。命令されて仕方なくしたんでしょ? 大丈夫、私も助けてあげるから。だから罪を償って、それで普通に生きよ?」
「アヤネ……」
竹中アヤネの懸命な説得が通じたのか、ナイフを構えていた斎藤ツバキの右腕がスッと下がった。
「ツバキ……。わかってくれ――」
「フフフ、アハハ。アハハハハハ! 一つだけ教えてあげるよアヤネ」
「へ?」
涙ながらにアヤネが駆け寄ろうとすると、ツバキはまるで狂った様な笑い声をあげ、そして不意にそんな事を言った。
「アヤネ、あんたが結婚してんのなんてとっくに知ってる。だからあんたの旦那を襲ったのは偶然じゃない。意図的さ」
瞬間、斎藤ツバキは再び動きだす。
標的はそう、竹中アヤネだった。
「竹中!」
ナイフを降ろしたとはいえ瞳から欲が消えていなかったツバキに、マグナはまったく警戒を解いていなかった。即座にアヤネをかばう位置に入り攻撃を防ぐ。さらに先ほどと同じくマルティナが側面から一撃を与え、今度こそツバキの持つナイフを叩き落とした。
「アヤネ、あんたムカつくのよ」
「ツバキ……」
「私がこの三年間どうやって生きてきたかも知らないで上から目線でさ。勝手に結婚して子どもまでいて。そんなあんたが憎くてたまらない!」
「それは……ごめん。ならなんで他の魔族の人たちを……? うちにムカついてんのならウチを狙えばよかったじゃん!」
ツバキの瞳に宿るのは怒りだ。自分が不幸なのに、他人が幸せに生きているのが許せないという怒り。しかしそれとは別に、彼女の瞳にある欲の色は消えていない。ツバキは妖艶に舌を動かした。
「ジビエ」
「へ?」
「ジビエってあんた知んない? 満月胆って美容に超良いんだって。魔族なんて邪魔な害虫を処分出来て、美容にもいいってなにそれ無敵じゃん」
「あんた何を言って――」
絶句。まるで時が止まったように斎藤ツバキを囲む者たちの動きが止まる。
理解できない。理解してはいけない。竹中アヤネはほんの少し前まで、斎藤ツバキが涙ながらに謝罪し更生を誓う姿を想像していた。だからこそ犯人発見の報を聞いて駆け付けたのだ。もし彼女が不本意にこの所業を行わさせられおり、それを後悔して反省するのなら、アヤネは自身の命をかけて彼女の助命を嘆願していた。
一方松平マグナははなから斎藤ツバキの事を信じてはいなかった。アヤネとの約束の手前降伏を呼び掛けたものの、それに応じるとは期待していなかった。けれど彼女がここまで堕ちているとはまるで想像もしていなかった。
そして、止まっていた刻の中で最初に動いたのは、怒りに身を震わせたマルティナだった。同族を家畜の様に殺されその死を嘲笑われた怒りだ。
「小娘貴様アああああッ! ――なに!?」
しかし三度振るわれた彼女の刀は、中空で何か硬いものに阻まれる。
その場所からぺりぺりと風景が剥がれ落ち巨大な何かが現れる。
黒くてにょろにょろした腕が複数ある、不気味なフォルムを持つ何かだ。
「魔錬機か!」
「そう! 私の〈憎恨水蛇〉が害虫共を消し潰す! 松平も! アヤネ、あんたも全部!」
魔法的な隠蔽。視覚に対する欺瞞。一種のステルス。間違いなくそれこそが彼女のギフトだ。そうして格下魔錬機を、切り札として誰にもばれないようにこのフォトゥリの街に配置し今そのカードを切った。
斎藤ツバキは俊敏な動きで〈憎恨水蛇〉と自ら語った魔錬機へと乗り込むと、その複数ある腕を鞭のようにしならせて街を破壊し始めた。
「くっ……魔錬機なぞ持ってきていないぞ!」
「こっちは任せてください、マルティナさんは市民の避難誘導を!」
「なにか策があるのかマグナ殿?」
「はい! レイド!」
力強くマグナは叫んだ。
レイドは今オッリ老の工房に待機している。元からこういう事態を想定しており、異変があれば駆けつけるよう打ち合わせをしていた。
「待たせたな!」
「ああ、いつもながらな! 《融合》!」
駆けつけた〈レイド〉とマグナは《融合》の力で精神と肉体とが溶け合う。本当の意味での一心同体だ。虚を突かれた形になった〈憎恨水蛇〉はそれを阻止することができなかった。そして鮮やかなイエローの戦士が誕生した。
「融合完了〈マグナレイド〉ッ!」




