第36話 叶えるべき願い
「くそ、こいつもか……」
焼けた肉の嫌なにおいが、マグナの鼻を刺激する。撃破した敵の魔錬機の操縦席をこじ開けてみても全部こんな具合だ。なんらかの魔法的な手段で自死をはかったのか、中にあるのは黒焦げのかつて騎乗者だった者の亡骸だけだ。
マグナが鵜殿トクジ操る重魔錬機――〈悪食獣機〉を撃破したことによって不利を悟ったのか、『災』の字が刻まれた残りの魔錬機は撤退していった。
そこでマグナは残された敵機の残骸――あわよくばその騎乗者から“教団”に関する情報を得ようとしたのだが、獣人種の領域で確認された状況と同じく、ことごとく騎乗者は死を選んでいた。
それが彼らの掟なのか深い忠誠心によるものなのかまったくわからないが、一つだけ言えるのは“教団”についてろくに情報は入手できないということだ。
「ヴィヴィ、魔錬機的にはどうだ?」
「何の変哲もない通常の魔錬機です! これらから敵を追うのは難しいかと!」
マグナはヴィヴィの答えに「そうか」とだけ返して考える。もしかした鵜殿トクジを始末したのは早計だったかもしれない――いや、トクジは何も知らないようだった。それにトクジを倒したことで敵は撤退し、サルディアの街は守られたので、戦略的には間違っていなかったはずだ。
(レイド、周囲に敵の反応は?)
(いないようだ。大人しく引き下がったのだろう)
「よし……俺達も街へ戻ろう。瓦礫の撤去なんかで魔錬機が必要なはずだ。佐々もそれでいいな?」
「……わかったわ」
☆☆☆☆☆
「――つまり、鎧国の宰相ジルベールってのが今回の襲撃の黒幕か?」
「そうなるな。ヴィヴィ、そのジルベールってのはどういう奴なんだ?」
サルディアが受けた被害の一先ずの復旧が住んだ後、マグナ達はガルを交えて今回の件の話し合いをしていた。話しをするにあたって、ヴィヴィが鎧国の王女――ヴィヴィアンヌ・ラ・テール・ヴィクトワール・ヴェルディエであることを開示したが、ガルは「薄々そんな気がしていた」とさして驚きはないようだった。
「ジルベールは鎧王の弟――つまり私の叔父にあたる方です!」
「なるほど。やはり単純に王位関係のいざこざということか」
「叔父上の狙いはわかりませんが、おそらくそうかと! 妖は寿命が長い故、王位を逃したのなら長きに渡って王を支える道を歩むことになるのです! それに不満をもって陰謀を張り巡らせることは、歴史においてそれほど珍しいことではありませんからッ!」
実の叔父から命を狙わていたと知っても、ヴィヴィの顔は曇ることがない。こちらもある程度予想していた範疇の内だったということだろうとマグナは察した。
「俺が生まれてしばらくの頃には流国で政変があったと聞くし、大国も俺達獣人国家と同じでいろいろあるもんだな」
「それだけどの種も野心は捨てきれないということです! でなければ原初の勇者がうちたてた統一王国ガルダナが崩壊することもありませんでしたからねッ!」
ウェルザー流国の政変と言えば、かつて流国に仕えていたシミオンが国を出ることになった事件だ。マグナが聞いたところによると、それも王の親族が国王一家を惨殺して王位を簒奪したという。惨殺された中には産まれたばかりの赤子もいたというし、つくづくひどい話だ。
「鎧国が関与しているという話しは、妖ガールの事を上手く隠して俺から都市長に話しておくYO。認めるかはともかく正式な抗議を出すべきだしNE」
「そうだな、頼む」
「あの! 私が直接都市長さんにお話しをして、謝るべきでは!?」
ジルベールの件では顔色を変えなかったヴィヴィが、少し青い顔をしてそんな風にきりだした。
「今回の一件は私を狙ってのものです! その為にサルディアは大きな被害を出して……、せめて私が謝罪するべきかと……!」
「それでどうなる? 被害を受けた市民から石でも投げつけられれば満足か?」
「――ッ! ガルさんそれは……!」
ガルはヴィヴィの反論を手で制すると、言葉を続ける。
「確かに不必要な政治事情にサルディアを巻き込みやがってという気持ちは、確かに俺の中に存在する。だがそれを踏まえてもなおだ、俺は別に妖の姫さんが悪いとも思わねえ。なあマグナ」
「そうだ。街を焼いたのは鵜殿トクジや教団の襲撃者であってヴィヴィではない」
「ですがッ!」
「ヴィヴィを殺すだけならそれこそ狙撃を用いての暗殺でよかったはずだ。街を焼く選択肢を選んだのはあいつらだ。実際佐々みたいに直接かちこんできた奴がいるんだからな」
一応同席させている佐々レイラが、気まずそうに顔を逸らした。
「今回の一件を気に病むなとは言わない。けれど本当に悪いと思うのなら、ここで謝罪をすることが王女である君のとるべき選択肢ではないことは明らかだ。いいか?」
「……はい!」
マグナ達の言葉によって何か自分なりの結論を得たのだろうヴィヴィが、いつもの勢いを取り戻してうなずく。
「さてと、それで例の“教団”とかいう連中だが、なんなんだ?」
「なんなんだと俺に聞かれてもな……。何か思い当たる奴はいるか?」
ガルに話を振られて困ったマグナは周囲を見回す。
するとクレアがお行儀よく右手をピンと挙げていた。
「そういう怪しい集団は、魔王崇拝者が多いと思います」
「魔王? この世界に魔王はいないんじゃなかったのか?」
「え、いるよ?」
まるでわかっていない雰囲気のマグナそれからケンジに、クレアは魔王についてざっと説明する。
魔王――それは数十年に一度現れる強力な力をもった魔族が名乗る称号。その力はあまりにも強大で、初めて出現した時はいくつもの国を滅ぼし猛威を振るった。それを倒したのがこの世界に初めて召喚された原初の勇者だ。
「――それ以来、魔王を名乗った魔族は、名乗ると即座に各国の連合よって殲滅されています」
「魔族の人たちは別にみんなが悪い人というわけじゃないんだけど、そういう事情があってほとんどはルナティア終国に住んでいるんだって」
クレアの説明にセルマが捕捉する。思い返せばマグナも、魔族という存在は知っているが会ったことはない。
「そういえばヴィヴィ、〈紅艶魔王〉のシリーズを製作したのは魔族だと言っていたよな?」
「はい! 書物によるとそのような話しだったと!」
「よし、じゃあ北上して終国を目指してみるか?」
その言葉にクレアとセルマ、それにヴィヴィが頷いた。
マグナと心の底でつながっているレイドも「心得た」と返答する。
「ということはここでお別れだなブラザーマグナ!」
「サルディアの復興までは手伝うさ。お前はこの街に残るんだろ?」
「いいや、オレもサルディアの復興が済んだら南に向かうYO!」
「南に?」
「そうだYO~! 暖かい所を目指すのSA~、《陽炎》の魔法も気温が高いほうが使いやすいからNE~。幸せを届けながら南へ向かうYO! アディオスアミーゴ~♪」
相変わらず妙な身振り手振りを交えながら、歌うように喋るケンジにマグナは苦笑する。それならとガルも立ち上がった。
「俺は一度里に帰る。教団の件も報告しねえといけねえし、何より女房子どもを放りっぱなしだ」
「――女房子ども!? お前結婚してんのか? 年は?」
「言ってなかったか? ちなみに俺の年は十四だ。別に早い方じゃないだろう?」
元の世界に比べてこの世界の婚姻は早い。それでも感覚的にどうにもかみ合わないのでマグナが困惑していると、クレアが「獣人種の方は寿命が短いから結婚が早いんですよ」と教えてくれた。
「ああん? 何を聞いたか知らねえがそんな辛気臭い顔をするなよ。教団を見つけてぶっ潰すなら俺を呼べ。呼ぶ方法は妖の姫様ならわかっているはずだ。それよりも――」ガルは佐々レイラの方を指し示し「こいつはどうするんだ?」
佐々レイラはと言うと、「覚悟は決まっている」と言わんばかりに神妙な面持ちで壁に寄りかかっていた。
「佐々、お前は鎧国に戻れ。そしてこう伝えろ。『任務に失敗した』ってな。そしてジルベールの件も報告するんだ」
「……わかったわ」
これを報告する以上、必然佐々レイラは鎧国の陰謀に巻き込まれるし、彼女の身には命の危険が降りかかるだろう。しかし断るという選択肢はない。ダメージの大きい〈凶鳥烈女〉では任務の続行は不可能だ。
はっきり言ってジルベールの陰謀の件は、現状のマグナの手には負えないし関係ない。ジルベールを問い詰めることで教団との関係が判明するかもしれないが、国家の陰謀をつっついて回るのはリスクが大きい。それなら終国を調べる方のメリットが大いに勝る。
「じゃあ松平、前野。用件が済んだのなら私は行くわ」
「それじゃあな。もし生きていたら、今度は敵じゃなくて会いたいもんだ」
「私もあんたらを相手するのは金輪際ごめんよ」
☆☆☆☆☆
深夜、マグナは宿を抜け出すと一人でレイドの前へと来ていた。
「レイド、鵜殿トクジの命を奪った時、あの力が流れ込むような感覚はあったか?」
「いいや、感じなかったな。マグナは?」
「俺もだ。実際、空力制御のギフトを使ってみようともしたがまるで発動しない。鵜殿トクジのギフトは奪えなかったとみていいだろう」
瀬名セイラ、川尻マサヤの時は奪えて、今回は奪えない。マグナはギフトを奪う――もしくは受け継ぐ条件を、勇者の命を奪うことだと思っていたが、どうやら外れたようだ。
「レイド、命乞いする鵜殿トクジの命を奪った俺は非道か?」
「そうは思わない。君の言った通り、彼は多くの命を奪った男だ。裁かれる理由はあった」
「そうか……。俺はセイラが願った真の勇者を目指したいと思っている。この地から争いをなくす真の勇者。けれどそれは正義の味方になりたいってことじゃないんだ」
ヴィヴィの件は彼女が広く王女バレすると、マグナの目的の障害になると思って止めた。ジルベールの件は放置してレイラをメッセンジャーにしたのも同じような理由だ。もしかしたらその事で鎧国が内戦に突入し、より多くの血が流れるかもしれない。けれどそれはマグナの目標にとって関係のないことだった。
「そんな俺にはついてこれないか?」
「そんな事はないさ。今も、それからこの先も変わらず私と君は一心同体だ」
《融合》の力の真価はいまだわからず、進むべき道は茨だ。けれどマグナは、レイドという相棒の力を借りて、かつて誓った彼女の願いに向けて歩み続けている――。
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