第35話 悪食獣機
超高速で直進する金属製の弾丸が、〈マグナレイド〉の装甲を抉る。マグナは電撃のように走るじりっとした痛みに耐え、二発三発と立て続けに放たれる次弾を回避することに集中する。
――が、そればかりに気をとられてはいけない。正面からは前野ケンジの幻影に気がついた『災』の字が刻まれた魔錬機が次々に押し寄せる。
「くそっ、ハメ殺しかよ!」
敵方にいる勇者――“狙撃の勇者”鵜殿トクジの射撃は正確無比だ。この乱戦の中でも、確実にマグナ達だけを狙って射撃が行われている。
「佐々、お前の攻撃は奴に届くか!?」
「無理よ、距離がありすぎるわ!」
「ヴィヴィ、君の魔法は?」
「こちらも射程が……! それにこの乱戦ではいかんとも!」
臍を噛む思いとはこのことだ。敵の情報はあらかじめ佐々レイラから聞いていた。だからこそ前野ケンジの《陽炎》によって囮を創り出し、その間に指揮官でもある狙撃手を潰そうとした。しかし先に標的を見つけたのは相手だった。単純に敵の方が一枚上手だったのだ。
(マグナ、たまには私を頼るんだな)
(じゃあ頼りがいを見せてくれよ歴戦の勇士様)
(……出会ったばかりの君は、もう少し私を畏敬していたように思う)
(気安いのは信用の表れだと思えよ。次の敵がくるぞ、補助を頼む!)
(心得ている!)
レイドに攻撃を補助してもらい、マグナは避ける方に意識を配る。〈マグナレイド〉が前に出て言わば避ける壁として敵の攻撃を引き付けていられる理由がこれだ。しかしこの状況が続けば、すり潰されるように死ぬことになるだろう。
「レイドに頼る……そうか! ケンジ!」
☆☆☆☆☆
「ヒヒッ! そらそらもっと避けて見せろよォ!」
鵜殿トクジは自分のギフトを最強の力だと思っている。実際の所もっといいギフトがあるのかもしれないが、彼にとっての“最適解”のような能力だ。
「次弾装填、魔力チャージ、《疾風弾》! ――チイ、また外したか……」
操縦席の中ででっぷりと太った身体を狭そうに動かして悪態をつくも、次があるかと切り替える。彼の射撃は決して火薬を用いて行われるのではない。ゆえに次弾へのタイムラグは少ない。
四年前、自宅で引きこもりゲームをしていた彼は住宅火災に巻き込まれ死んだ――と思った。気がついた時には、彼は見知らぬ聖堂にいた。ガルマーラ鎧国による勇者召喚の儀だ。
そこで彼は自身のギフトが風属性魔法相当の空力制御だと伝えられた。
その能力を彼は自分にあわせて最適化した。
金属製の弾丸を風魔法の力で押し出し、空力制御をかけて弾道を補正する。いわゆる空気銃だ。彼が生前、寝食の時以外はプレイしていたFPSゲームにあわせた射撃仕様と言っていい。
「お、あの素早しっこいのもそろそろ疲れてきたか?」
トクジが狙いを定めていた、レモンイエローの魔錬機の動きが鈍った。
エメラルドグリーンの王女様の機体はメインだし後に回したい。佐々レイラの〈凶鳥烈女〉はデザートにとっておきたい。そして素人くさい動きの〈単眼鬼〉は面白くない獲物だ。
必然、最初のターゲットはちょろちょろ動く見慣れない黄色の機体になった。そして今まで逃げ回っていたそれが、著しく動きを鈍らせている。疲労だろう。
「こうなったら後は鴨撃ちだな」
余裕。湧き上がる感情を抑えきれず、ぱんぱんに膨れた顔にぐちゃりとした笑みを浮かべた。引きこもりのためもちろん鴨撃ちなんてしたことはないが、雰囲気でそう言った。
敵の攻撃が届かない所から、こちらは一方的に攻撃する。彼――鵜殿トクジにとってそれは最上の娯楽の一つであり、ある意味では彼の美学だ。
そして仮に近づいてきたとしてもこの重魔錬機〈悪食獣機〉の装甲は貫けず、彼の射撃の前に屍を晒す以外の選択肢は存在しない。実際、今までもそうだった。
――そんな早すぎる勝利の美酒に酔っていた彼の視界に、不意に人間の男が映った。
「なんだ?」
今のいままで存在していなかった……と思う。その実臆病な彼は、いかに慢心していようとも周囲の警戒には人一倍気を使っていた。そんな自分が見落とすわけがない。トクジの鼓動が少し早くなる。
しかし冷静に考えると、目の前の四機の魔錬機以外の何者もサルディアから脱出したという報告はない。つまりこの男は、何らかの理由によりたまたま通りかかっただけだということだ。そして仮にこの男が敵対的だったとしても、生身の人間に魔錬機――しかも重魔錬機である〈悪食獣機〉なんてどうしようもない。
「恨むんならてめえの運のなさを恨みな!」
そう叫んで〈悪食獣機〉の腕で薙ぎ払おうとする。本当に運の無い男だ。どうしようもない。金も女も好きにできる自分と大違いだ。きっと童貞だろう。惨めな奴だ。最後の瞬間見惨めに命乞いをするかもしれない。――そんなあらん限りの侮蔑を込めて薙ぎ払う。
だが男は、彼の予想に反して逃げ惑わず、命乞いもせずに、鈍重な〈悪食獣機〉に薙ぎ払われる前に一歩踏み出した。そして操縦席の目前に迫った男の口がこう動いた気がした――「らいげき」と。
「――ぐおわっ!? 目が! 目が!」
薄暗い操縦席にいた鵜殿トクジの目が、眩い閃光によって焼かれる。
狙撃のためにもう何時間もこの中にいた。それが裏目に出た。
だから――彼が自分の死が近づいているのにきづくまで、もう少し時間がかかった。
☆☆☆☆☆
「よし成功だ! 来い、レイド!」
「心得たマグナ!」
でたらめに動き始めた敵の魔錬機――〈悪食獣機〉の姿を見て、マグナは作戦の成功を確信する。そして心の中で仲間たちに感謝した。
彼がとった作戦、それは〈マグナレイド〉の融合をいったん解除し、〈レイド〉だけに戦闘を任せることで、マグナは敵に接近して視界を奪うというものだ。
自律機動の魔錬機なんて存在を、相手が知るわけがない。
その知識の差が勝負を避けると考えた。
接近を気づかれないために、前野ケンジの幻惑魔法を使った。
日差しが強い日中で影の少ないこの荒野なら、肉眼で見ない限りわからないほどの魔力的な視界の偽装を行える。魔錬機だと難しいが、生身の人間一人なら十分だ。
「融合合体〈マグナレイド〉ッ!」
「くそ、なんなんだよお前は……!」
マグナが再度〈マグナレイド〉に融合すると、ようやく体勢をたてなおした鵜殿トクジの〈悪食獣機〉が立ちふさがる。――しかしもう遅い。トクジは接近されても自慢の装甲があるから押し勝てると信じていたのだが、マグナの回避技術と、レイドの熟練の剣技の前には無力だった。
振るわれる〈悪食獣機〉の野太い腕を華麗にかわし、装甲版の間に刀をいれて次々に解体していく。
「そんなあ! そんなあ! か、風よ……!」
「無駄だ!」
半狂乱になったトクジは風魔法を乱雑に放つが、戦闘のイニシアティブは完全に〈マグナレイド〉が握っており、あらぬところで突風を巻き起こすにすぎない。
やがて完全に装甲をはぎ取られ外へさらけ出されたトクジの前に、マグナは刀を突きつけた。
「言え、お前は誰の差し金だ!」
「あ……あああ」
「言え!」
震え上がり、小便を漏らして言葉にならない声を発するトクジにマグナはもう一度叫んだ。
「い、言います! だから命だけは……!」
「誰の差し金だ!」
「鎧国の宰相ジルベール閣下です……!」
(宰相ジルベール……)
聞いたことのない名前だが、そいつがヴィヴィを狙ったのだ。やはり政治的ななんらかとみるのが妥当な判断だろう。
「お前の部下の魔錬機についている『災』の文字はなんだ!」
「こ、今回の任務様に配属された部下なので知りません! 本当です! 確か教団とか言っていたような……! ヒィ!」
「教団……」
それが組織名なのか通称なのかはわからない。けれどマグナが追っているイライジャに、この組織が確実に関係している。そう確信できるだけの何かがある。
「そう言えばお前、元日本人の勇者なんだっけ?」
「そうですそうです! もしや貴方様も同郷? 同郷のよしみで、ここはどうか……」
卑屈な笑みを浮かべたトクジは、これでもかと媚びを売る。だが――。
「見ろ」
「へ?」
「お前が焼いたサルディアの街を見ろ。あそこで今日、何人もの人が亡くなった」
「そ、それは命令で仕方なく――」
「けれどやったのはお前だろう? 裁かれるのに理由は十分だ」
「そ、そんな――」
それがトクジの最後に発した言葉となった。
もしマグナがこうしなくても、きっと怒りに燃える獣人たちに殺されていただろう。なにより勇者の捕虜をとるリスクは高い。
「俺には俺の事情がある。運がなかったな」




