第33話 差し出された右手
「佐々、二人を放せッ!」
自分でも驚くぐらいドスの効いた声でマグナは叫んだ。
それに対し佐々レイラは不敵な笑みを浮かべる。
「解放してあげるわよ、そっちの王女サマが言う事を聞いてくれればね……!」
捕まっている二人――セルマとクレアの首筋には、浮遊した刃が突きつけられている。佐々レイラの能力、《磁力操作》によって形成されたものだ。
「……わかりました! 私は従います、だからお二人を――」
「――だめだ」
「ですがッ!」
「わかっている。でもだめだ」
要求をのもうとしたヴィヴィをマグナは止めた。
ここで彼女を引き渡すのは簡単だ。おそらく佐々レイラも目的を遂げられれば非道はせず、素直に二人を解放するだろう。だがそうしてしまえば最後、ヴィヴィの助けを借りてマグナの目的を果たすことも、彼女自身の目的が果たされることもなくなってしまう。
ヴィヴィの語った理念に心を打たれた……なんて殊勝な言葉を使えるほどでもないが、その考えはマグナの目標とかなり似ている気がした。だから彼女を素直に引き渡すわけにはいかない。だからノーを突きつける。
(だがどうする……?)
佐々レイラは馬鹿ではない。前野ケンジの幻影は当然対策をしているはずだ。獣人種であるガルの膂力とヴィヴィの魔法に頼ればどうにかなりそうでもあるが、その前に浮遊した刃が人質の首を掻き切るだろう。
(レイド、お前は何をしていたんだ?)
(済まない。おそらく磁力を使った目暗ましをされたようだ)
(磁力を……?)
レイドが意志ある魔錬機であることを、レイラは当然知らないはずだ。そう考えると、探知魔法をごまかそうとしたなんらかの欺瞞魔法が運悪くレイドの目をも暗ませたようだ。
「やい、ガキを人質にするとは不逞野郎だ! この俺が喰らってやるぞ!」
「黙りなさい獣人種のガキんちょ! その前に私の刃があんたの首を掻き切るわ。それに私は野郎じゃなくて淑女よ!」
「淑女は人質なんてとらないだろうYO!」
「私だってこんなエレガントじゃない真似ごめんこうむるわ。けれどね、仕事は仕事だから。文句があるならそこの家で王女に言いなさいな!」
今、レイラの意識はガルとケンジへと向いている。
チャンスかもしれない。隙をついて《雷撃》を放ち、レイラが痺れたところで二人を救出する。そうすれば後はこっちのものだ。ガルとヴィヴィに任せてしまえばいい。
――だが駄目だ。こちらの動きにレイラが気づき、二人の首に刃が刺さる光景を想像すると、マグナは一歩も動けなくなってしまう。大切な恩人の愛娘たちに、万が一、億が一にあってもいけない。そうなってしまえば彼は、あのシミオンの髭面に会わせる顔が無い。
マグナがそういった心境で固まっていると、前にいるヴィヴィの耳がピクピクと動いたのが見えた。
妖の耳はある種の魔力センサーだという。魔力の高まりや流れを鋭敏に読み取り認識する。その耳が動いている。ヴィヴィが魔法を使うのではない。彼女の視線は、レイラの右手側に捕らえられたクレア・セールへと注がれていた。
「《水流》!」
「――な゛ッ!?」
何か声をかける間もなく、それは起こった。
クレアの右手から発射された膨大な魔法の水流は床へと直撃し、その勢いの反動で彼女を後ろ側――つまり佐々レイラの方へと吹き飛ばした。レイラは気がついた時には「――な゛ッ!?」という反射的に出た声をあげる以外の手段はないほど時すでに遅く、次の瞬間にはすっ飛んできたクレアがそのまま腹へと直撃し、「ぐえ!?」というヒキガエルの鳴き声のような音を出して壁に激突した。
「ガキんちょが、舐めるんじゃ――」
それでも佐々レイラはさすが勇者としてこの三年間を生き残ってきたと言うべきか、すぐに浮遊する刃を動かし反撃に出ようとした。しかしそうはならなかった。
「もらった!」
「――ま゛ッ!?」
今度は彼女の左手側にいた人質――セルマ・セールの回し蹴りが、今まさに刃をけしかけようとした右腕に直撃したからだ。セルマはそのままステップを踏んでレイラにもう一発叩き込むと、倒れていたクレアの手を取って、マグナ達の方へと走った。
最初は突然の事態に驚いていたマグナ達だが、それを見てマグナは《武器錬成》によって生み出した刀を片手に、ガルは両手の鋭い爪を輝かせて二人を守るために前にでた。
「こ、この……いい気になりやがって……!」
「観念しろ佐々!」
怒りに震えながらも立ち上がる佐々レイラに向かって、マグナは言葉を投げかける。
浮遊する刃で防御態勢をとっている以上簡単には手出しできないが、誰が見たって勝ち目が無い。だが、彼女にはもう一つ手段がある。
(マグナ、来るぞ!)
脳内にレイドの警告が響くのと、佐々レイラが外へ飛び出したのは同時だった。
それを追ってマグナも屋外へと出る。空には先日彼を苦しめた魔錬機〈凶鳥烈女〉が浮遊していた。
「レイド、佐々を〈凶鳥烈女〉に乗せるな!」
「心得た!」
レイドに指示を出すと同時に、彼自身も《雷撃》の魔法を放つ。しかし佐々レイラは自身が作り出した刃に乗って浮遊しており、その不規則かつ高速な動きの前には上手く魔法が当たらない。なので頼みの綱のレイドが〈凶鳥烈女〉自体を取り押さえようとした。その時だった――。
「なんだ、爆発……!?」
ちょうど〈凶鳥烈女〉の右胸あたり「ドーン」と爆発が起き、それまで浮遊していたそれが大きくバランスを崩して落下し始めた。
「援護か? でも一体誰が……」
そう考えたのも束の間、今度はマグナの周囲でも爆発が起こる。〈凶鳥烈女〉には弾丸のような何かが直撃し、鎧武者のような装甲版を弾き飛ばした。
なおも爆発音は断続的に響き、それはサルディアの周囲を覆う城壁から、そして街中から聞こえてくる。商店から火の手が上がり、黒煙が立ち上り始める。たちまち市街はパニックになって、叫び声や鳴き声も響き渡る。
「おいマグナ! どういうことだ!?」
「わからない! けれど間違いない。これは攻撃だ! サルディアが攻撃を受けているんだ!」
遅れて出てきたガルの質問に叫んで答えながらも、マグナは爆発の衝撃で地面に落ち、混乱したように立ちつくす佐々レイラの下へと駆け寄った。
「佐々、これはどういうことだ!?」
「わからない……わからないわ!」
「お前の仲間か?」
「あんた私が攻撃を受けたの見てたでしょ! わからないって言ってんの!」
確かに道理だった。仲間と示し合わせてマグナ達を謀る狂言でなければ、初撃は〈凶鳥烈女〉へと放たれたものだ。それに追撃の一撃は、確実に〈凶鳥烈女〉を機能不全においこもうという意図も感じた。
「佐々、お前は誰から指示を受けてヴィヴィを連れ戻しに来た?」
「それは……そっちの王女サマの両親――つまり国王夫妻よ。確実に生きて連れ戻してほしいって。娘の家出なんて恥だから、近衛じゃなくて傭兵の私にって……」
「じゃあなんDA!? 用済みの佐々ごと娘を葬ろうってことかYO!?」
「まさか……、お父様とお母様は私を殺そうと……?」
ヴィヴィはショックを受けて立ち尽くす。
だがそうじゃない。殺すなら最初からレイラに殺させればいいはずだ。つまり娘を連れ戻そうとしているヴィヴィの両親の動きと、この攻撃は別の意図だ。だとすれば――。
「目印か」
「はあ?」
「お前はていのいい目印にされたってことだよ! この攻撃を仕掛けてきている連中は、お前がヴィヴィを追っていることを知っていた。それでヴィヴィを始末したいと思った連中は、〈凶鳥烈女〉目掛けて攻撃をしかけているんだ! 国王夫妻とは別の意志で!」
王位継承権争いか、それとも外国勢力か。一国の王女をどうにかしたい連中なんて、履いて捨てるほどいるだろう。そんな連中に、密命を受けて動いていた佐々レイラの動きは読まれていたのだ。
「ケンジ、この街の戦力は?」
「この攻撃はたぶん魔錬機の大部隊。それにかなうレベルじゃないYO! この街は細かい違い関係と、獣人種との外交ルートの為に成り立っているからNA!」
「そうか……じゃあ」
何かを決断したマグナは、佐々レイラへと手をのばした。
「この手は?」
「一時休戦だ。まずは生き残るぞ」
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