第32話 異種会談
「グルルルル……!」
鋭い犬歯をむき出しにし、耳は絞っている。唸り声なんて地の底から響くような恐ろしさだ。警戒というものを少しも隠そうとしていない。松平マグナの正面に座る獣人種の少年――ガルはそういった状態だ。
「まあまあ、ガル落ち着きなYO~」
「俺は“思い出屋”――お前の顔を立てて来てやったが、この人間種の事はちっとも信用してねえ!」
セルマが子どもたちから聞いた情報によって、マグナの中でのガルは、顔を合わせたくない人物上位から一度情報の共有をしたい人物1位へと華麗に転身した。だからこうして前野ケンジの仲介により、顔を合わせているわけだ。
しかしガルはすっかり前述のような態度で、隣に座るケンジがいくらなだめても話が円滑に進む雰囲気はちっともない。
「まずはお前に誤りたい! 本当にすまなかった!」
だからマグナは再び頭を下げることから始めた。元はと言えば自身の不用意な発言が引き金となったいざこざだ。だから謝る。
「謝るのは俺に対してじゃないんじゃないか?」
「ああ。獣人種という種族について俺は知らなさ過ぎた。この数日サルディアで過ごしてわかったよ。見た目は違うが俺達人種と何も変わらないって」
情報を集める道すがら、マグナはこの街に多く住む獣人種の生活を確認した。
子どももいれば老人――と言っても寿命が短いためせいぜい五十歳程度だが――もいる。毛深いためわかりづらいが、男女の区別も当然ある。教えてもらえばわかる程度に、部族によって毛色やアクセサリーが違う。
「文化や習慣、違うところもあれば同じところもある。そういう色々な事を、これからも学んでいくつもりだ」
かつて瀬名セイラが彼に語った“真の勇者”とは、人種に平和をもたらすような存在だっただろうか? ――いや違う。彼女が望んだ“真の勇者”は、このガルダナ大陸へ戦いの道具として召喚された勇者が、本当にこの大陸の戦乱に終止符を打ち、そこに住む人々全てをあまねく平和の光で照らすことだったと思う。
だからマグナは知らなければならない。自分と違う種族――すなわち妖族、獣人族、魔族について。
妖の森から出て世界を学ぶ決意をしたヴィヴィと同じく、彼もまたこの世界のお客様である勇者としてではなく、この世界に根差す一人の人間として。
そう言って誠心誠意頭を下げるマグナに対して、最初は険しい顔をしていたガルだったが、困ったように頬をかいて表情を崩した。
「……わ、わかったならそれでいいさ。俺も道端で突然恫喝して悪かったよ。それじゃあ気を取り直して本題といこうや。松平マグナ、今日俺を呼び出した理由はなんだ?」
ガルの瞳の色が変わった。警戒から信頼の色へとだ。
獣人種の寿命は短い。だからこそ彼らはその短い生涯の中で、深い絆を作り上げようとする。マグナは謝罪し、ガルは受け入れた。争いの多い彼らの種族にとって、対立を乗り越えて盃を交わすというのは何よりの信頼関係の表れだ。ガルから本題を切り出したのはそういう意図があった。
その質問に答えたのはヴィヴィだった。
彼女たち妖種は強靭な肉体をもつ獣人種を尊重し、獣人種もまた自分たちに乏しい魔力を豊富に持って産まれる妖種を尊重していた。
「ハウ族の次期族長、ハウ・ラ・ゴル・グ・ギルナ・ガル殿へお尋ねしたいことがありお呼びたて申し上げましたッ!!」
☆☆☆☆☆
ハウ・ラ・ゴル・グ・ギルナ・ガル。彼ら獣人種の長い名前には意味がある。
まず「ハウ」はハウ族の者であることを表す。人種風に言えば姓にあたるが、獣人種で言えばどこら出身かくらいの意味合いだ。
次に「ラ・ゴル」は、獣人種の伝説的英雄ゴルの正当なる血統であることを示す。つまりは自身の血族の祖を表す部分になる。
続く「グ」は獣人種の言語で数字の1を表しこの場合長子の意味だ。多産である獣人種において、この数字は大きな意味合いを持つ。
そしてその後の「ギルナ」、つまりギルの息子という意味と合わせて、ギルの息子であり長子であると表す。ちなみに女子の場合は親の名前の後に「マ」をつけるので、ギルマとなる部分だ。
つまり、ハウ・ラ・ゴル・グ・ギルナ・ガルという人間種からすると不思議な名前は、英雄ゴルの正当なる血統にしてギルの後継者たる長子の男子、ハウ族のガルという名乗りそのものを表すのだ。
これは祖先やルーツを大事にする獣人種の文化が現れた名前であり、きっちりと名前を読み上げることは相手への敬意の表れとなる。そういった獣人種の文化を理解して話し始めたヴィヴィの言葉を、獣人種の少年ガルは静かに聞いていた。
「――なるほどな。謎の魔錬機に、それを操る謎の軍団か」
「そうです! 聞くところによるとガル殿も魔錬機関係の事柄をおってこの街に来たとか! お互いに情報を開示しあえたらと思いますッ!」
ヴィヴィの言葉に、ガルは頷いて了承を示した。
「お前たちも知っての通り、ここは諸部族国家群に近い。そして俺達獣人種は部族間抗争が絶えない。ここまではいいか?」
「ああ、続けてくれ」
今度はマグナが頷く。サルディアは獣人種の領域――いわゆる諸部族国家群に近い自治都市だ。獣人種はいくつもの部族に分かれて生活しており、部族国家同士の抗争は絶えないと言う。
「戦いが絶えないというのはまあいいんだ。人や妖には理解されないが、俺達は戦うことで絆を深める。祖先の血を証明できる。問題はその戦いに魔錬機が紛れ込んでいることだ」
「魔錬機が?」
「ああ。知っての通り、俺達獣人種は魔力をほとんど持たずに産まれる者が多い。魔錬機を使いこなせる奴なんて十年に一人の天才だろう。必然、戦いは剣や槍といった武芸によるものになる。部族間抗争と言っても、実際はそういった武芸自慢の意味合いも含むんだ。だがそういった戦いを、妨害する魔錬機がいやがるんだ」
ガルの話を要約するとこうだ。
神聖な意味合いのある部族間抗争の最中に、魔錬機が暴れる事件が多発している。相手方が雇った傭兵かと思い問い詰めるも、知らないと言う。詳しく調べると、魔錬機は特定の部族を攻撃するのではなく、ほとんど全ての部族へ攻撃を仕掛けているそうだ。
おかげで疑心暗鬼となった各部族間の対立は、ますます激化しているという。
そこでガルは次期族長として、このサルディアの街に魔錬機の出回り元を調査しにやって来たと言うのだ。
「この街に来て調査をして、魔錬機のパーツを諸部族国家群に輸送している獣人種と人種の一団があるところまでは調べがついてんだ。俺としてはエナ族の連中が怪しいと思っているんだが、どうにも尻尾を出しやがらねえ」
「獣人種と人種の一団か……」
もしかするとイライジャの所属するなんらかの組織とつながりがあるのかもしれない。しかし意図が不明だ。エナ族を支援して他の部族を滅ぼすのなら、もっと大軍を送ったほうが早い。
「なあガル、その魔錬機に特徴とかなかったか?」
「と言ってもな。機種もバラバラで複数あって、倒して鹵獲した機体も、騎乗者は自死していたし……あ、そうだ! こんなマークが書いてある機体が多かったぞ」
ガルはそう言って紙に何かを書いていく。
できあがったのは、漢字の「災」に似た文様だ。
「これは漢字かYO? いや、まさかNA……」
「このマーク、どこかで――」
マグナの記憶がフラッシュバックする。
あれは――そう、あれはあの夜だ。
燃え盛るシュルティア、立ちはだかる真紅の悪魔。
その肩に……何かがあった。あの時は必死で気にも留めていなかった。
もしかしてあれは――。
その時、彼らが話しをしている部屋のドアが開け放たれた。
入ってきたのはセルマとクレアだ。そして二人を連れた――。
「佐々レイラ!」
「お久しぶりね。今日こそ目的を果たさせてもらうわよ」
「ごめんなさいマグナ……」
「捕まっちゃって……」
佐々レイラの両側には、浮遊する刃を首に突きつけられた二人がいる。




