第30話 妖姫様の事情
「――で、もろもろの説明はしてくれるんだろうな?」
ヴィヴィの言葉によって、佐々レイラは撤退した。
一連の戦闘は前野ケンジの交渉により正当防衛の範疇ということで片が付き、マグナ達がサルディアから追放されることはなかった。それだけケンジは“思い出屋”として獣人たちから信用されているということだ。破壊された店舗の補償も彼の懐に頼んだのから、マグナは彼に頭が上がらない気持ちだ。
と、一通りの事後処理を終えたマグナ達は、棚上げしていたヴィヴィの事情を聴くことにした。レイドも同席するということもあり、場所は屋外だ。
「もちろんですともッ! ……その前に」
そう言うとヴィヴィはエメラルドグリーン色に輝く自分の魔錬機に手を当て、何か呪文を唱えた。すると魔錬機はひとりでに地中へと沈んでいく。まるで地面が波打っているようだが、魔錬機の姿が完全に消えると地面は元の硬い大地へと戻った。
「あの魔錬機は〈翠玉聖霊〉。我がガルマーラ鎧国に伝わる、王族機とも呼ばれる古い機体ですッ!」
「王族機……! というかもう少しシリアスなトーンでくると思ったんだけど、いつも通りなんだな?」
「もちろん! 元気大事挨拶大事ですからッ! さて、何からお話ししましょうか?」
「ヴィヴィさんはえっと……ヴィヴィアンヌさんっていう王女様なんですよね? どうしてここに?」
おずおずと訊ねたのはクレアだ。マグナ達の中で一番ヴィヴィと話していた彼女は、それだけにヴィヴィの秘密に動揺していた。だからこそなぜここにいるのかという根本的理由が気になった」
「いかにも! 私の名はヴィヴィアンヌ・ラ・テール・ヴィクトワール・ヴェルディエ。ガルマーラ鎧国の王女にして正当なる王位継承権を持ちますッ! 私がここにいる理由――それは旅をしているからですッ!」
改めてマグナ達は驚く。「お姫様……」というセルマの声も聞こえた。
「旅を? ガルマーラで政争があったという話は聞きませんけど……」
王女がこんなところに一人でいる理由。いくつか思いつくが、シンプルに考えればそれは政争に巻き込まれてのことだろう。しかしそんな話をクレアは耳にしたことがなかった。
「政争ではありません! 家出ですッ!」
「家出!?」
「はい! 幼い時より大事に育てられた私は、鎧国どころか妖の森を出ることすら禁じられていました! しかし! 人の上に立つ者としてそれは甚だ見聞不足! そして何より――」
「何より?」
「妖の森には魔錬機がありませんでしたからッ! 本で読んだ魔錬機に、私は心ひかれました! そしてその想いが募る事幾数年。ついに私は森を抜け出し、魔錬機に触れることに成功しましたッ! いやあ、想像に違わぬ素晴らしい物でしたあ……!」
うっとり。まさにそんな表情でヴィヴィは語る。そんな彼女にマグナはあきれながら言葉を返した。
「お前なあ、王族なら魔錬機触り放題じゃないのか?」
「否ッ! 妖種は機械を機械としますゆえに! 特に王族なんて、もはや禁忌の領域ですッ!!」
「……? それじゃあ王族機なんてものが存在することと矛盾しないか?」
「昔は違ったのだと思います! 実際、〈翠玉聖霊〉は私が持ち出すまで封印されていましたから! 可哀そうに……、あの機体は使われている技術系統からして元は雅国の作であったと推察されるのですが! 原初の勇者が築き上げた統一王国が分断される際の混乱で――」
「ちょ、ちょっと待ってくれYO! じゃあYOUを家出から連れ戻すために、佐々がやってきたってことかい!?」
「おそらくその通りでしょう! 彼女は父上から私を連れ戻すよう依頼を受けたのではないのでしょうかッ? 鎧国の兵を動かすと、この乱世で他国にいらぬ隙を与えますゆえ!」
つまりマグナ達が襲われた理由はヴィヴィが家出したことであり、しかもその家出は単に魔錬機に触れたかっただけということだ。示し合わせたわけじゃないが、ヴィヴィを除く全員が同じタイミングで溜息を吐いた。
そんなやるせなさを察したわけではないが、ヴィヴィが先ほどよりかは幾分かシリアスな雰囲気をまとって話を始めた。
「魔錬機を見たい触れたいいじりたい。もちろん最初はそれが目的でした! ですが今は少し違いますッ!」
「……と言うと?」
「私は書物で知識を得ていただけで、実際の物事をあまりにも知らなさ過ぎました! 獣人種が先祖を大切にすることは知っていましたが、実際のその先祖は幼少の時に死別するから記憶にないなど、想像もつきませんでした! 我々妖種は寿命が長いからですねッ!」
妖種と他の種族の文化の違い、習慣の違い、思考の違い。大陸西方にある鎧国から東方の武国周辺まで旅をする過程で聞いたこと、見たこと、体験したこと。戦火に追われる避難民を憐れんで金や食料を配って歩いたら、自分の分がなくなって行き倒れたこと。ヴィヴィはそんな風なことを、宝石のような瞳を輝かせながら語った。
「私には王族という地位があります! なればこそ、多くの経験を積み、各国の考えを知り、異なる種族にも共感できるような人になれば、やがてこの無益な戦乱を止める一助ができるかと思いますッ!! ゆえに! 私はまだ鎧国へと帰るわけにはいきませんッ!! ……そんな私が皆さんとご一緒するのは、ご迷惑でしょうか?」
「……迷惑じゃない。俺はお前の事を仲間だと思っている」
珍しくしおらしく訊ねたヴィヴィに、マグナはそう答える。
イライジャ追跡に彼女の知識が必要だと言う打算はもちろんあった。しかしそれ以上に、彼女の語った理念はかつて瀬名セイラが語った争いをなくす“真の勇者”に似ていたきがしたからだ。
「私もヴィヴィさんが一緒だと嬉しいです! ヴィヴィさんは私の作るご飯をとても美味しそうに食べてくださいますから」
「私もいいよ。ヴィヴィは面白いしね」
「私も異論はない。身体をいじるのはほどほどにしてほしいが……」
「クレアさん! セルマさん! レイドさん!」
三人はひしっと抱き合い、一機は彼女の旺盛な食欲に似た感情をぶつけられ少し戸惑う。
「でもどうするんだYO? きっと佐々の奴はまた襲ってくる。あいつはしつこい女だYO!」
「それは、うーん……」
佐々レイラはしつこく、頭もきれる。それに《重力操作》を活かした戦い方は非常に厄介だ。ヴィヴィをかくまう以上、対決は避けられない難敵だ。
「そう言えばブラザーレイドは、《召喚》は王族しかできないと言ったよNE?」
「その通りだ前野ケンジよ。《召喚》の秘儀を執り行えるのは原初の勇者の子孫――つまり各国の王の血脈だけだ」
「へー、つまりあのウォルデンとかいう爺さんも王族だったんだNA。それにしてはイライジャに対して腰が低かった気がするけどNE?」
「おそらく勇者召喚専任で仕える傍系の子孫だろう。《召喚》は多大な魔力と体力を消耗するという。現代において直系王族自ら執り行うというのは少ないのではないか?」
「そんなもんなんだNA。なんにせよ拉致かますなんて迷惑なもんだYO」
まったくだな、とマグナも同意する。そもそも勇者召喚なんてものに巻き込まれなければ、戦いなんて無縁の存在だった。瀬名セイラは死ななくてよかった。川尻マサヤもああはならずにそこそこの人生を歩んでいただろう。
「って、確かバス事故で死んだからこっち来たんだっけな」
「ということはここはあの世……それも地獄がYO?」
「魔錬機なんて鬼が跋扈してるしかもな。だとしても――」
――だとしても彼の目的は変わらない。死者の為ではなく自分の為にイライジャを討つのだ。
「さてと、魔錬機関係の聞き込み協力してもらうぞヴィヴィ」
「はい、もちろんですともッ!!」




