第29話 襲い来る凶鳥
空中には一機の魔錬機――佐々レイラの〈凶鳥烈女〉がいる。翼のような両手を広げているが、飛行しているというよりもレイラのギフト《磁力操作》によって浮かんでいるというのが正しい認識だろう。
「こんな市街地で魔錬機を――それなら!」
マグナは心の中で相棒に呼び掛けた。彼とその相棒――レイドは、近い距離ならある程度相手の事がわかる。そしてレイドは自立可能な魔錬機だ。
「待たせたな!」
「よし! 前野、みんなを頼む!」
「任せなYO、ブラザー!」
「行くぞレイド、《融合》!」
即座にやって来たレイドと、マグナは《融合》する。魔錬機には魔錬機しか立ち向かえない。レイラが魔錬機を持ち出した以上、生き残るためにはこうするしかないのだ。
「融合完了、〈マグナレイド〉ッ!」
「松平、あんた魔錬機まで動かして……いいえ、もう驚かないわ!」
「佐々! お前こんな街中に魔錬機を持ち出して、馬鹿じゃないのか!?」
「ふん、おバカはどちらか身をもって知る事ね! 舞い踊れ――刃!」
レイラのその言葉と共に、〈凶鳥烈女〉は少し高度をあげて〈マグナレイド〉の上をとると、両の手の翼から何かをいくつも射出した。金属製の刃だ。
「切り刻まれないさいな!」
馬鹿なのかと叫んだマグナだったが、本気で佐々レイラの事を考えたらずだと思ったわけではない。彼女が計算高い女であることを、マグナはよく知っている。
彼女はそのギフトによって金属製の刃を自在に操る。つまり街に一切被害を与えることなく〈マグナレイド〉を切り刻むことなど容易なのだ。
「――くっ!?」
《武器錬成》の力によって今度は魔錬機サイズで作り出した〈雷切〉でなんとか攻撃を弾くが、いかんせん数が多すぎる。〈マグナレイド〉の身体を、次第に刃が削っていく。
市街地に隠れ建物を壁にすることは可能だ。だが――それをしてしまったら最後、サルディアの街の住民を完全に敵に回してしまうことになる。まだセカンダの街を訪れたという獣人種の情報を得ていない今、住民を完全に敵に回すことは避けたい。
現状ではまだ正当防衛ということで済ませることができるはずだ。マグナはどうにかして状況を悪化させないよう逆転する方策を探す。
(くっ……どうしたら!)
☆☆☆☆☆
「そんな……マグナ!」
ガンガンという金属音に混じって、クレアの悲痛な声が響いた。目には少し涙が浮かんでいる。今まさに苦境に立たされているマグナの身を案じての涙だ。
そんなクレアの手をギュッと握り占めているセルマが言った。
「ねえマッケンジー、どうにかならないの?」
「それは……オレには何もできないYO……」
悔しそうにマッケンジーと呼ばれた前野ケンジが答える。
彼のギフトは周囲の熱や温度を活かして蜃気楼のような幻影を見せる能力だ。
先ほどは手持ちの蝋燭を何本も火を灯して配置することで、日中という条件も重なり幻影を発生させることに成功した。が――、今は難しい。
現在このサルディアの街では、〈凶鳥烈女〉の放った刃がいくつも飛び回っている。それは人間からしたら甚だ大きなサイズで、そんな物が飛び回っているということは空気が切り裂かれ、かき混ぜられているということだ。そんな状況では幻影を生み出せるほどの温度は維持できない。
「そんな……」
わずかな希望を砕かれたセルマは、いつもの元気さを完全に忘れ去ってしまってうつむいてしまう。ケンジはそれを見てどうすることもできない。彼にできることと言えば、友に頼まれた通り彼女らを護る為、別動隊に気を付けて周囲を窺う事くらいだ。
――そんな無力感に苛まれる彼らを、違う気持ちで見ていた人物がいた。
(どうしよう、私のせいで……)
謝罪や自責の念、そういったものが彼女の中で渦巻く。
彼女――ヴィヴィには、佐々レイラが襲撃してきた理由について、確実に思い当たることがあった。それは彼女がハージ近郊に倒れていた理由であり、マグナ達について旅を続けている理由でもある。
(私の……責任だ)
挨拶は元気よくがモットーの彼女だが、今はただ静かに心の内で想いを巡らす。
〈マグナレイド〉は今ピンチだ。それは彼女のせいだ。彼女を護る為に戦っているからだ。
だから――彼女は秘密を明かさなければならない。
旅の間は秘していようと思っていた。だけどそう言っている時ではない。
それが彼女の生まれの責任の取り方だ。
「私に任せてくださいッ!」
「ヴィヴィさん……? いくら妖種のあなたでも、地属性魔法じゃ……」
ヴィヴィの魔法は地属性。足場を崩すなどして魔錬機の足止めを行えるが、不幸にして〈凶鳥烈女〉は浮いている。だからこそ彼女の戦闘スタイルを間近で見たクレアは、責任をとるゆえの無謀な行いだと思って止めた。
「大丈夫ですクレアさん! お腹が空いている時の私ならいざ知らず、お腹いっぱいの私にはできることがありますッ!!」
そう宣言した彼女の目には、誇りだとかそういう感情が詰まっていた。
つまり、揺るぎない意志がそこにはあった。
「一つだけ訂正をしておきます! 私は妖だから魔法が使えるのではなく、妖の中でも飛びぬけて魔法が得意なんですッ!!」
「それって……?」
妖種は豊富な魔力を持って生まれ、基本的に魔法が得意だ。
だが彼女の場合はその前提をもってなお魔法の扱いに秀でている。
いかに妖といえども、《大地網羅》のような複雑な上級魔法を扱えるのは一握りであるし、足止め程度とはいえ複数の魔錬機を生身で相手するなど勇者でも難しい所業だ。
ヴィヴィはさっと魔力を込めて地面に陣のようなものを描くと、崩壊した飲食店から転がり出た酒瓶を手に取り中身を撒いた。そして懐から何か植物の種子のようなものを取り出すと、真剣な顔になって魔力を込めた。
「こ、これはなんなんだYO!?」
感じたことのないほどの魔力の高まりを感じたケンジは混乱する。
それほどまでに濃密な魔力がヴィヴィから――そして足元の魔法陣から放たれていた。
妖種の言葉か、何か聞き取れない言葉でヴィヴィが呪文を紡ぐ。そして――。
「――我が求めに応じて招来せよ、《召喚》ッッ!!」
☆☆☆☆☆
「無様、無様、無様! さっきまでの威勢はどうしちゃったのかしら!?」
(各部のダメージが大きい。このままではまずいぞマグナ!)
「わかっている! だけどどうにも……!」
防戦一方。まさにその言葉の通り、マグナの戦いは推移していた。
〈マグナレイド〉自慢の跳躍力を活かしても、敵にはとどかない。
磁力が乱れるかと期待して《雷撃》を放つも、狙いには出力不足。
《武器錬成》で作成した武器を投げてみるも、まるで当たらない。
やれることはやった。手詰まりと言うほかない。
「佐々! お前も傭兵をして生きているのか!?」
「まあそんなところね。依頼には応えなきゃ」
「他の班のやつらはどうした? 中川が同室だったろう?」
「雅国崩壊の混乱ではぐれたわよ。それに中川? 中川ですって? 崩壊直後は一緒だったわよ。でも……あんな汚らわしい奴の名前を出すな!」
「ぐおっ!?」
話をして気をそらそうかと考えたが、どうやら裏目に出たようだ。レイラの怒りの一撃が、〈マグナレイド〉のみぞおちに直撃する。装甲のおかげで両断はされなかったが、手酷いダメージだ。
「あの男は! 何を考え違いしたのか、この私に向かって『僕がついているから大丈夫だよ』なんて言い腐ったあげく! あまつさえ私を……私を……!」
怒りが増すのに合わせてか、攻撃の速度が上がっていく。
そろそろ本気でマグナは追い詰められていた。
「私を犯そうとしたのよ! だからあいつは……!」
「殺したのか!?」
「殺すのも穢れるわ! 今頃どこかで野垂れ死んでいるでしょうよ! ああそう、男ってみんな汚らわしい! だからあんたもここで死ね!」
刃が一斉に迫る。回避できないコースだ。
マグナは衝撃を――そして死を覚悟する。
思い浮かぶのは仲間たちの無事と、セイラへの謝罪の言葉だ。
だが――その瞬間は訪れなかった。
全ての刃が一斉に撃ち落されたからだ。
「《泥濘連弾》」
エメラルド色に輝いた、見たことのない魔錬機がそこにいた。
先ほどまで影も形もなかったはずだ。
「その魔錬機、まさか!?」
「《泥濘強弾》ッ!」
「キャッ!?」
今度はエメラルドの魔錬機から撃ち出された泥の魔法が、〈凶鳥烈女〉を直接撃ち抜いた。かなりの威力だったようで、〈凶鳥烈女〉は一気にふらつく。
「お下がりなさい父上の手の物よ! この状況、あなたが不利でしょうッ!」
「くっ……」
捨て台詞はなかった。佐々レイラは発せられた言葉をすぐに受け止めたのか、いずこかへと飛び去って行った。
「もしかしてヴィヴィなのか? その魔錬機は一体……?」
聞こえた声はヴィヴィのもので、放たれた魔法も地属性魔法だった。
それを肯定するためか、ヴィヴィは金色の髪をなびかせて魔錬機から出てきた。
「この魔錬機は《召喚》しました!」
「《召喚》だと……?」
疑問を口にしたのはマグナではなくレイドの方だ。《召喚》の秘術は六大国に伝わる門外不出の奥義。それも限られた者だけが限られた場所で行うことができるものだからだ。
「私の本名はヴィヴィではありません!」
「じゃあいったい……?」
「私はヴィヴィアンヌ・ラ・テール・ヴィクトワール・ヴェルディエ。ガルマーラ鎧国の王女ですッ!!」




