第26話 獣人エンカウント
「よし、これで大丈夫だな」
「待ってくれマグナ、この姿は戦士としてあまりにも……」
「わがまま言うなよレイド、これが最良の選択だ」
「むう……」
機械ゆえに表情は変わらないのだが、マグナに言いくるめられてレイドはいかにも不承不承といった感じに返事をする。そのボディはいつもの鮮やかなレモンイエロー……ではなく、泥と土にまみれた手入れのされていない農機具のような状態だ。
「これでレイドさんも街に入れますねッ!」
レイドをこの状態にした張本人であるヴィヴィが、えっへんと胸を張り腹がぐうと鳴る。朝食をとったのはつい先刻だが、どうやらこの魔法が達者な妖はとことん燃費が悪いらしい。
彼女の魔法をもって〈レイド〉を汚したのにはわけがある。
これは偽装だ。ハージの街を根拠地とする奴隷商会の追撃を振り切ったとはいえ、いつまた同じような輩が狙ってくるかわからない。それほどまでに〈レイド〉――いや、正確には〈マグナレイド〉は、耳聡い者に知られる存在となってしまったのだ。
それは強さの証明でもあるが面倒な事この上ない。マグナ達はイライジャと言う男を追う側であって、決して追われる側になりたいわけではないからだ。
だからこうして、せめてもの努力として外観の偽装工作を行う。
そうすることで〈レイド〉を街の中へ入れてしまい、ハージの街での一件のような分断状態に陥ることを防ぐ意味合いもある。
「私たちを護ってくれた時も思いましたが、それにしてもヴィヴィさんの魔法はすごいですね。どこで学ばれたのですか?」
「いろいろありまして! 乙女の秘密というやつですッ!」
妖族は魔法が得意だ。それを踏まえてもなお、ヴィヴィの魔法の腕は高いとマグナも思う。ただの脱走奴隷にしては異常だ。クレアもそこのところが気になるのかたびたび訊ねているが、ストレートに話を逸らされてしまう。そうマグナが考えを巡らせていると、サルディアへの入場許可を貰いに行っていたセルマが戻って来た。
「四人と魔錬機一機、入城許可貰ったよ」
「おうセルマ、サンキューな。さあ入ろうか」
☆☆☆☆☆
「おお……」
自治都市サルディアは立派な城門を兼ね備えた街であり、獣人諸国の入り口として賑わっている都市だ。雅国の国都シュルティアには及ばないまでも、獣人を始めとした多様な人々が行きかう様子は見る人を楽しませる。
マグナ達一行はサルディアへと入城すると、宿近くにあった魔錬機の駐機場にレイドを待たせ、聞き込みと散策を兼ねて市街へと繰り出していた。
「おおお……!」
獣人とは、このガルダナ大陸における文明を持ち知的種族とされる四種――すなわち人、妖、魔、そして獣人の一角だ。他種よりも強靭な肉体を持つ彼らはその反面、魔力が低く魔法の扱いを苦手としていて、魔錬機を扱える者などごくわずかだ。
そのような理由からかつては人を凌ぎこの大陸の支配種族だったとも伝わるが、魔法学の発展した現代においては辺境に獣人諸国と呼ばれる国々を築いて部族間抗争に明け暮れているという。
「うおおっ……!!」
「どうしたんだよマグナ、そんなに興奮して……ああそうか、マグナは獣人を見たことなかったんだね」
マグナの興奮ぶりに怪訝そうな顔をしていたセルマだったが、彼が勇者であり流れ者であるという事情を思い出し一人納得する。
雅国は別段多種族を排斥していたわけではないが、多くの雑用を押し付けられていたマグナはあまりシュルティアの街をうろついたことはなかった。砦にいるのは人間種ばかりで、獣人妖人魔人といった異種族にはお目にかかるタイミングがなかった。
だから彼は彼なりに、そういった異種族の見た目を思い描いていた。妖は想定通りだった。細長い耳にきめ細やかな肌、透き通るような翠色の瞳をもったヴィヴィは、まさに彼が元の世界で得たエルフ像そのものだった。しかし獣人は――。
「うおお、想像の数段獣!」
せいぜい猫耳がついて尻尾がある程度の、人間とそう変わらない見た目を想像していた。しかし実際の彼らはより獣寄り。マグナの知識からしても、むしろ犬や狼の類が二足歩行で立っていると表現した方が早い。
「ちょ、ちょっとマグナ、獣人の人たちに獣って言っちゃ……」
咎めるように言ったクレアの続く言葉は「ダメ」だろう。事実、先ほどのマグナの言葉に反応してか、行きかう獣人種の耳がピクピクと動かし、あるいは不快感を示すように耳を伏せている者もいる。
「獣の人だから獣人って呼ばれているんじゃないのか?」
「バカ野郎、それはお前ら人種が勝手に呼んでいるだけだ!」
異世界人ゆえに思わず訊ね返したマグナに答えたのはクレアではなく、セルマでもヴィヴィでもない男の声だった。振り返ると、マグナの前に一人の獣人が立っていた。見た目は紺色の毛をした犬が二足歩行といった様子で、ズボンをはいている。年はわからないが、声と体格からして中学生くらいじゃないかとマグナは思う。
「えーっと、君は?」
「偉大なるハウ族の勇者ゴルの血を引く者にして族長ギルの長子、【ハウ・ラ・ゴル・グ・ギルナ・ガル】だ! いいか! 心の広い俺達はお前ら人種に合わせてやって獣人種と呼ばれることを受け入れてやっているだけだ! 言わば妥協だ。だからお前たちしょせんは毛無しの猿共に獣呼ばわりされるのは納得いかねえ!」
ギラギラと光る牙を輝かせ、すごい剣幕だ。怒っているというのは、長い名乗りの名前に混乱しているマグナでもさすがに理解できる。
「す、すまない。なにぶん獣人種を見たのは初めてで、疑問に思っただけなんだ」
「ああん? いったいどこの田舎者だ? 金輪際獣呼ばわりはすんなよ。俺達は自然と共に生きはするが、れきとした文明種族だ。断じてお前たち人間どもに劣った存在じゃねえ!」
「ほ、本当にすまない。知らなかったんだ……」
「無知で済ませるのは乳離れするまでだって母ちゃんに習わなかったのか? 獣人は本来部族名で呼ぶもんだ。俺がきっちり無知なお前に教えて――」
ガルの怒りはおさまらない。いかに獣人種が誇り高い種であるかという話が始まる。横からヴィヴィが「私が言い聞かせますからッ!」と止めに入るが、とどまるところをしらない。どんどん騒ぎが大きくなっていき、人の目を引き始めた所で乱入者があった。
「おーいおい、こっちはミーのブラザーなんだ。そこまでしておいてくれYO」
「――でだな、ハウ族というのは……ん? なんだ“思い出屋”か」
ガルに“思い出屋”と言われた人物は、身長2メートル近くで金色や銀色が散りばめられているド派手な上着を羽織って、これまたド派手なカラーサングラスをしている。ただでさえ大柄なのに髪はもさっと広がり、余計に大きく見える。はっきり言って怪人物だった。
「後はこのミーに任せて、矛を収めてくれYOガルちゃんYO!」
「……ちっ、わかったよ。“思い出屋”に免じてここは引き下がるぜ。だが覚えとけ、俺達の種の誇りを汚すことは許されない!」
不満を隠さずそう言うとガルは立ち去った。残されたマグナ達は、助け舟を出してくれた謎の怪人物“思い出屋”に向き直る。
「あ、ありがとうえーっと……」
「気にするなよブラザー、お前とこの俺――マッケンジーの仲じゃないかYO!」
「マッケンジーさん……? 知り合いなのマグナ?」
「いや、知らん」
一生懸命に思い出そうとするが、マグナはまるで心当りがない。喋りながら長い手足をくねくねと動かすこの奇妙な怪人物なんて、一度見たら忘れようがないのに。
「OHブラザー、忘れてしまったのかYO? 俺はしっかりYOUの事を出席番号14番松平マグナだって覚えているのにYO!」
「出席番号……? 待てよ、その背丈……お前まさかケンジか!?」
「イエースッ! 久しぶりに会えて嬉しいぜブラザー!」
感極まったようにマグナへと抱き着いたのは【前野ケンジ】。マグナと同じくこの世界に召喚された、クラスメイトの一人だった男だ。




