第23話 雷を切る刀
「クレアちゃん! 私お腹が空きました! ご飯にしましょうッ!!」
「待ってくださいヴィヴィさん。マグナとセルマが帰ってきてないじゃないですか」
ハージの街郊外、街道から少し離れた場所。
その窪地で少し影になったところに、彼女たちはいた。
「マグナさん達はいつ帰ってこられるのやら!? 私のお腹と背中は今にもくっついてしまいそうですッ!!」
「もう少しだと思いますよ。それまで待ってくださいね」
声の大きいヴィヴィをなだめるように話しながらも、クレアは少し考える。マグナは夕刻には戻ると言っていた。しかしもう既に日が沈んで時間が経っている。少し遅くはないだろうか?
「レイドさん、何か感じたりはしますか?」
「すまないがわからない。近くにいればなんとなくわかるのだが」
レイドとマグナは近くならお互いを感じるようだ。つまり彼の言を逆に考えれば、マグナはまだ近くまで帰って来ていないことになる。
「私、迎えに行ってみようかな?」
「――! 待ってください」
窪地から出ようとしたクレアを止めたのは、先ほどとは打って変わって声を押し殺したヴィヴィだ。片手を出して制止し、半身で周囲を窺っている。
「どうしたんですかヴィヴィさん?」
|妖〈エルフ〉族のヴィヴィが街へ行くと目立つ。魔錬機のレイドは論外だ。ならば自分が行こうとしたのに、先ほどまで年甲斐もなく駄々をこねていた張本人に止められる。それを疑問に感じながら尋ねた。
「周囲に変な動きをしている人たちがいます。魔錬機も何機か」
「魔錬機が?」
「はい。あれは……〈小角鬼〉ですね」
言われてみれば闇の中で蠢く何か黒いのがいるくらいにはクレアにもわかるのだが、機種なんて到底わからない。けれど長い耳をピコピコと動かしている、この妖族の女性にはわかるようだ。
「何をしているんでしょう? 武国の騎士団?」
「わかりません。統率はとれていますが、正規軍ではないように感じます。この感じ……何かを探している?」
魔錬機を引っ張り出してまで探しているが何か。そんな事はクレアには見当もつかない。振り返ってレイドを見ると、何か思案しているようだった。
「――! 近づいて来ています」
「近づいて!? まさか彼らの狙いは――」
☆☆☆☆☆
夜のハージの街を、マグナはセルマを連れて疾駆する。
門を抜け、平原を駆け、矢のように走る。
「ねえマグナ、いったい何がどうなっているの!?」
「話は後だ。早く行かないとクレアが危ない!」
彼抜きでのレイドは、その稼働時間に制約がある。魔錬機であるとことを考えると単独行動可能なだけで驚きなのだが、この切羽詰まった状況では気休めとしか言いようがない。
「とにかくセルマ、合流したらお前はクレアとヴィヴィを連れて逃げろ。できるだけ敵はひきつける」
「わかった!」
ようやく目が覚めたセルマも、わからないなりにマグナの必死さを感じ取る。
「見えたよ!」
「――戦闘が始まっている!」
ようやくクレア達が隠れているはずの窪地が見える位置まで来た。
状況としては中の下だ。既に発見され戦闘が始まっているようだが、レイドらはなんとか耐えているようだ。激しく響く戦闘音がその証左だ。
「行くぞセルマ!」
「うん!」
他に気の利いた手段が思い浮かばないので、一刻も早くレイドと合流するために走り出す。レイドの足元に隠れるようにクレアとヴィヴィがいるのが見えた。
「うおおっ! 《雷撃》!」
後ろから不意打ちを食らわせる形で、奴隷商会の人間だろう男たちに魔法を浴びせる。そして〈小角鬼〉の足元を避け、一気に駆け抜ける。
「マグナ!」
「クレア無事か!?」
「ええ、ヴィヴィさんが魔法で」
「《泥沼》ッ!」
クレアに言われてヴィヴィを見ると、ちょうど彼女が魔法で〈小角鬼〉の足元に泥沼を発生させているところだった。ある程度の魔法を唱えられる者であれば、小型の魔錬機相手ならこういう時間稼ぎもできる。
「ヴィヴィ、お前魔法が使えたのか?」
「はい! これでも妖族のはしくれですからッ!! お腹がペコペコでこれくらいしかできませんけれども……」
「上出来だよ。ありがとう、後は任せろ。レイド!」
「待ちわびたぞ!」
そう言うレイドに詫びて、マグナは《融合》の魔法を発動させる。瞬間、マグナの意識が〈レイド〉へと溶け込んだ。
「〈マグナレイド〉ッ! ここからが本番だ!」
起死回生。マグナはそのままヴィヴィの魔法で泥沼にはまっている〈小角鬼〉を蹴り飛ばす。動きの変化を察した他の機体が少し距離をとった。
「思ったよりも数が多いな――けれど!」
「な、なんだこいつ! うお!?」
刀を引き抜いて跳躍。少し距離をとった程度では、〈マグナレイド〉の膂力からは逃れられない。そのまま一刀のもとに斬り伏せる。
(マグナ、まずいぞ! 囲まれている!)
「何!?」
魔法の使えるヴィヴィがついているとはいえ、セルマとクレアを気にしながらの立ち回りだった。元より敵は大軍。気がつけば〈マグナレイド〉は、周囲を敵機に囲まれていた。誘い込まれたのだ。
「野郎共、キツイのを食らわせてやれ! 《雷撃》!」
「ぐおおおおおッ!?」
複数の〈小角鬼〉から《雷撃》の魔法が放たれる。それはまるで漁師の使う投網のように〈マグナレイド〉を絡めとる。
「騎乗者を焼き殺せればそれでいい! 続けろ!」
指揮者らしき男の声が聞こえる。相手はもちろん《融合》の事を知らない。単純に騎乗者を始末し、魔錬機だけいただこうという算段だろう。
しかし彼らの作戦は、彼らの想像以上にマグナにダメージを与えていた。全身が焼き千切れそうなほどの痛みに、意識が飛びそうになる。
(ぐうっマグナ、先刻手に入れた力を使うんだ……!)
「クッ、わかって……いる!」
囲まれる前に教えろとか、もっと有効な指示をしてくれとか、言いたいことはいっぱいある。しかしマグナは、強烈な痛みの中集中し、イメージする。
この力に必要なのはイメージだ。
イメージこそが、絶大な力を生み出す。
マグナは歴史にあまり詳しくない。
せいぜいテスト勉強の前に覚えて、テストが終わったら忘れ去る程度だ。
しかしこの刀の名前は、妙に印象に残っていた。
もちろん授業ではなくゲームかなにかで覚えたものだが。その刀の名は――。
「《武器錬成》! 〈雷切〉ッ!」
〈マグナレイド〉の手に長刀が握られた。月に照らされたその刀身は美しく、刃文はまるで名工が打ったように鮮やかだ。
当然、にわか知識のマグナが作り出したこれは、本物の雷切とはまるで違うだろう。しかし、彼の心に残ったエピソードのイメージこそが重要なのだ。
「雷を斬り裂け、〈雷切〉!」
マグナがその刀を振るった瞬間、それまで彼を縛めていた《雷撃》の網が、嘘みたいに断ち切られた。
(この刀、魔力が通るぞ。《融合》を使うんだ)
「わかった! 《融合》!」
別に刀と腕とが一体化するわけではない。ただ刀身の先まで血液が流れるような感覚がマグナの中にはあった。
「今度はお前らがシビれる番だ! 《雷撃》、スパークッ!!」
マグナが〈雷切〉をかかげると、そこに魔力の紫電がともり四方八方へと撃ち出された。それは〈小角鬼〉だけではなく、展開していた歩兵さえも一網打尽にした。
☆☆☆☆☆
「くそっ! くそっ! なんだあいつは!?」
ハージの裏社会を取り仕切りドンの敬称をつけられる男は、怒りのあまり手にした杖を折った。
簡単な仕事だと思っていた。
昔馴染みに頼まれた、美味いサイドビジネスだと思った。
それがこの結果だ。このザマだ。
彼の商会の社員たちは、為すすべなく獲物に逆に狩られている始末だ。
「到着しました」
「遅いぞイオ! だがまあ、これであいつも終わりだ」
闇夜の中、彼の切り札が魔錬機と共に到着した。
小型の〈小角鬼〉なんかとはわけが違う。対魔錬機用魔錬機だ。
「行って始末をつけてこい。それで遅刻は不問にしてやる!」
「はいドン。この私と〈毒蔦花弁〉にお任せを」




