第19話 旅立ちの朝
「マグナ……!」
「親方! 立って大丈夫なんですか!?」
山賊の一団を縛り上げ、村の消火と瓦礫の撤去を終えた頃にはもう辺りは暗くなっていた。疲れ果てたマグナを迎えたのは、娘たちに支えられたシミオンだった。
「魔錬機……お前のか?」
「はい」
「あの動き、お前は勇者だな?」
「はい」
シミオンの髭面がどういう感情を表しているかはわからない。けれど真剣で真摯な問いだ。だからマグナも、余計な言葉を付け加えず真剣に答える。
すると、それまで殺気に似た緊張感を漂わせていたシミオンの表情が「ふっ」と和らいだ。
「まあ察しがついていたさ、お前が勇者だってことはな」
「え……?」
「礼がまだだったな。村を、皆を護ってくれてありがとう。お前のおかげで俺は命拾いしたし、命より大切な娘たちも護ってくれた。感謝してもしきれねえ」
そう言ってマグナの肩を抱く。セルマとクレアもばっと左右に抱き着いた。
「マグナ、すごいすごい! かっこよかった!」
「ありがとうマグナ、貴方のおかげでパパも私も助かった!」
その光景を見て、少し遠巻きに見守っていた村人たちも駆けつける。怪我をした人間もいる、家族を失った人間もいる。けれど今はみんな笑顔だ。
沸き立つ「ありがとう」の大合唱。「あんたは村の大恩人だよ」という女性の声も聞こえる。マグナは今まで経験したことのない量の感謝の言葉と、興奮する村人たちにもみくちゃにされながら、湧き上がる勝利の実感に疲れが消えていく。
そんな人に埋もれるマグナを、シミオンの太い腕がひょいと引っ張りだした。
「来いマグナ。明日からこのラッセル村は新しい道を歩む――いや、歩まなきゃならねえ。だから今日は死者の弔いと祝勝の宴だ」
「弔い……わかりました!」
「良い返事だ。……そうだ、もう一人にも降りてきてもらえ」
「もう一人?」
「いるんだろう? 確かレイドとか言っていた魔錬機を持ってきてくれた奴さ。警戒してまだ魔錬機に乗っているのか?」
一瞬何のことかわからなくて聞き返したマグナは、すぐに察する。
けれどどう話すか、この話をしていいものかと考えた末、頭を整理してから口を開いた。
「実は――」
☆☆☆☆☆
「意志のある魔錬機〈レイド〉……こうして実物を見ても信じられん話だな。しかもこいつと《融合》するとは……」
宴も終わり、マグナはシミオンと二人で〈レイド〉のもとへ来ていた。
元は雅国の勇者であるという話は村の皆にはしたものの、〈レイド〉や《融合》について話をしたのは、結局シミオンにだけだ。
「無理のない話だ。私とて同種の魔錬機に出会ったことはないのだから」
「そういうもんか。お前を造り上げたのは誰だ? 時期は? 見事な造りだし、名のある技師の作だとは思うが」
「悪いが覚えていない。……正確には、忘却するほどに過去のことなのかもしれないが」
〈レイド〉の存在はこの世界から逸脱している。雅国にいたのだから雅国の作だともマグナは思ったが、シュルティアの書物庫で調べてもそれらしき記録は見つけることができなかった。結局なぜ彼が“くず鉄”として倉庫の片隅にいたのかは謎のままだ。
「親方、ご領主様の軍はいつ頃到着しますか?」
「明日の昼ってところだろうな」
このテイラー自治領はそれほど大きくない。しかし、大きくないという事は軍備も僅かだということだ。山賊襲来、それも魔錬機ありという報を得て、それに抗するだけの戦力をもって辺境のラッセル村へたどり着く為には、どんなに急いでも一日はかかった。
「わかりました。でしたら俺は明日の朝一番に村を出ます」
「村を出る? 領主に勇者として利用されるのを警戒してんのか? だったら今まで通り魔錬機を隠せばいい。みんなでお前をかくまってやる」
「それもありますけど、俺には目的があってその為に村を出ます」
「その顔、なすべきことを見つけたって顔だな?」
「はい」
川尻マサヤを討ったことで思った。
瀬名セイラはなぜ死んだのかと。
川尻が死んだ理由は明白だ。
自分の欲を満たそうと暴力を振りまこうとし、出来ずに死んだ。
けれどセイラは違う。
イライジャの目的も行方もいまだ不明だ。もう自分には関係ない、復讐で人生を食いつぶさずひっそりとこの村で生きていくことも可能だと思う。いやむしろ最も容易い道だ。
けれどイライジャの起こした行動のせいでセイラは死んだ。
それは事実だ。変えようのない過去だ。
だからマグナは疑問に思う。イライジャが行動を起こした理由はなんだったのかと。
それがわからなければ、セイラを真に弔うこともできない。
もしかしたら理由のない狂人の暴挙なのかもしれない。
けれどマグナは知りたいのだ。復讐ではなく、弔いのために。
それこそがセイラの言った“真の勇者”へと続く道だと信じているから。
「わかった。俺から村の皆に伝える」
「ありがとうございます」
「いいってことさ。……ところで出て行くってんなら頼みがあるんだが?」
「……頼み? 何ですか?」
「セルマとクレアを連れて行ってやってくれ」
「な――」
思ってもみないことだった。なにせ目の前の髭面は何より娘たちを溺愛していて、それは目の中に入れても痛くないという言葉以上なくらいだからだ。けれど彼の顔は真剣そのものだ。冗談を言っている風ではない。
「クレアは外の世界を見たがっている。セルマもあのお転婆ぶりだ。こんな小さな村に収まる器じゃないってわけよ。可愛い子には旅をさせよって言うだろ?」
「……それだけが理由じゃないでしょう?」
マグナの問いかけに、シミオンはふうと息を吐きだし、頭をかいた。それから「お前ばかり秘密を喋るのはフェアじゃないよな」と前置きをして語りだした。
「昔、俺と死んだ妻は、ウェルザー流国に仕える騎士だった」
「……! どうりで」
その言葉でマグナは、シミオンがやたら刀の扱いに手慣れていたことに納得がいった。ウェルザー流国と言えば、水の女神を祀る五大国の一角だ。そこの騎士だというのなら当然だ。
「随分昔に政変があり、巻き込まれた俺達は国を出てこの村へとたどり着いた。産まれたばかりの二人の赤子を連れてな」
「それがセルマとクレア……」
「そうだ。いくつか理由があって、あいつらには外の世界を知ってほしい。外の世界でいろいろな物に触れて、成長してほしいんだ」
「二人は親方の元から離れたくないと思いますよ?」
「……わかっている。けれど泣いてもわめいてもふん縛って連れて行ってくれ。俺も心を鬼にする」
「そこまで言うのなら……」
恩人であるシミオンがそこまで言うのなら受けるしかない。マグナの旅は安全ではない。きっと戦いがついて回る。それを踏まえての頼みだ。
了承したことを伝えると、シミオンはもう一度「二人を頼む」と深々と頭を下げて去って行った。きっと彼が語った以外にも理由はある。マグナはそう思ったが、深く詮索するのをやめた。
「さて、レイド。寝る前に確認しておきたことがある」
「……あの件だな。今回は《融合》していたからか、私も感じた」
レイドの返答にマグナはうなずくと、少し距離をとって集中した。右手を構え、魔力の流れを意識する。そして唱えた――。
「《武器錬成》!」
闇夜に響いたその掛け声と共にマグナの右手に土くれが集まり、変化して刀を形作る。造形はまだまだ甘い。けれど月の光を照り返して輝く刀身は、刀以外の何物でもない。
「新たな力、か……」
なぜできるようになったかわからない。けれど確かに川尻マサヤの命を奪った瞬間、力が流れ込むような感じがあった。ただ存在する事実を前に、マグナは月に向かってつぶやいた。
☆☆☆☆☆
「わけわかんないよー! パパは私たちの事嫌いになっちゃったの!?」
マグナ達の出発は夜が明けるか明けないかくらいの早い時間だった。村のはずれで見送るはシミオンただ一人。極秘の旅立ちだ。
「お前たちを嫌いになるわけないだろう」
「ならどうして!?」
「必要だからだ。セルマ、クレア、旅をしろ。そして多くの事を学ぶんだ」
「それではお父さん、行ってきます。どうかお元気で。ほらセルマ、あまりお父さんを困らせちゃだめよ」
「だってー!」
泣き叫ぶセルマと対照的に、クレアはそう言って静かに頭を下げただけだった。
結局セルマも、クレアとシミオンの説得によって最終的には旅立ちに同意した。
最後に三人はギュッとハグをして、別れを偲んだ。
「それではマグナ、二人をよろしく頼む」
「はい。命に代えても」
「馬鹿野郎、お前も生きて帰ってくるんだよ」
「……! はい!」
「それからレイドも、よろしく頼んだ」
「心得た」
ゆっくりと、ラッセル村が遠くなっていく。
小さくなっていくシミオンの影は、いつまでも手を振っている。
こうしてマグナは心地よかったラッセル村を出た。




