第18話 振るうは雷光の剣
松平マグナが瀬名セイラのギフトを使える理由はわからない。突然の力に目覚めた際に生じる感情はいくつかあるが、その多くは喜びよりも、困惑であり苦悩だ。彼もまた同様だった。
彼が今こうして生きながらえているのは、間違いなくセイラのおかげだ。その上彼女のギフトを使えるようになった事実は、まるでその死肉を食らって生きているようで、彼自身を大きく悩ませていた。
「真の勇者だって? 無能のお前が?」
「ああそうさ、そう願ってくれた人がいたんだ!」
そう言いながら、マグナは魔錬機〈牛頭鬼〉へと突き立てた剣を引くと一気に操縦席目掛けて――
「終わりだ川尻!」
「舐めんなあああッ!」
「ぐおっ!?」
完全に組み伏せていたはずの〈牛頭鬼〉は、川尻マサヤの叫びと共に凄まじい力を発揮して〈マグナレイド〉を吹き飛ばした。マグナは身体中に激しい痛みを感じながらも、なんとか立ち上がる。
「終わり? 終わりだと? 何もできない、ギフトも何もなかったお前がこの俺様に終わりだと言ったのか? 舐めるなアッ! 無能のお前にも、他の誰にも俺を馬鹿にはさせねえ!」
まるで川尻マサヤの燃え上がる激情が形となって現れるように、〈牛頭鬼〉がオーラをまとっていく。赤く、そしてドス黒い、憎しみと怒りを煮詰めたような色だ。
「元の世界だと俺はしょせんそれなり止まりだ。どんなに頑張ったって勉強でもスポーツでも上には上がいる。織田なんてバケモンもいやがる。それなりの稼ぎで、それなりの女を抱く、それなりの人生しか歩めねえ。だがここは違う!」
オーラがより一層強くなり、ビリビリとした邪気が辺りを包む。
「力があればなんでも手に入る! 金も! 女も! ムカつくやつはぶち殺せばいい、そんな単純な世界は俺にとって最高に心地が良いッ!」
マグナの薄らとした記憶では、川尻マサヤは別段暴力的でもなく“普通”の男子生徒だったはずだ。サッカー部員でそれなりに活躍し、それなりに友達がいて、それなりに勉強ができる体育会系。そんな“普通”の生徒だったはずだ。
ある人から見れば恵まれた人生だろう。
しかし川尻はそれで満足してなかった。静かに劣等感を蓄積した。
それがこのガルダナ大陸という元の世界の常識やルールから逸脱した場所で解き放たれた。
「だから無能のお前なんかに邪魔されたくねえんだよ! 邪魔する奴らは全員ぶっ殺して俺様の楽園を築き上げる! 手始めはお前だッ! 《武器錬成》!」
「……っ!? 〈死食鬼〉が!?」
川尻マサヤのギフト《武器錬成》は、無から有を生み出しているわけではない。周囲に存在する物質を変換、結合させることにより自らの力とする能力だ。
通常、地属性魔法相当のその材料は大地であり地中に存在する鉱物などだ。
だが今は違う――。
マグナが斬り捨てたはずの〈死食鬼〉の残骸が、〈牛頭鬼〉へと集まっている。それはまるで出来の悪い泥人形のように、巨大で醜悪な姿を形作っている。
「お前は忘れているみたいだがな、魔錬機も武器なんだよ! ぐ、ぐわアアアッ! すり潰してやらあッ!」
「――!」
もはや異形の怪物と化した〈牛頭鬼〉が襲ってくる。マグナはすんでのところで回避するも、大地は大きくえぐられ、家屋の残骸がまき散らされる。今までよりも倍するスピード、そしてパワーだ。
「くそっ! このままじゃ村がめちゃくちゃだ! 止まれ川尻!」
「グぼアアアッ!!!」
(激情に囚われもはや理性が消滅している! 交渉は無駄なようだぞ)
「みたいだな。それなら!」
吹きすさぶ暴風のような魔錬機にマグナはあえて接近する。
速い、強い、しかし攻撃を避けられないほどではない。
「もらった!」
迫る右腕を跳躍して回避した。その勢いで一気に刀をいれる。そして――。
「――硬い!?」
いつもならすっと入る刃がまるではいらず、あまつさえ折れてしまった。
「グおらアアアッ!!!」
「うおっ!?」
完全に無防備となった〈マグナレイド〉は、大きく吹き飛ばされてしまった。マグナは全身がバラバラになるかのような痛みを感じる。
(ぐ……大丈夫かマグナ?)
「な、なんとかな。ちっ、ナマクラ刀じゃだめか……」
起き上がりながらマグナは周囲に武器を探す。
〈マグナレイド〉は驚異的な膂力を誇るが、内臓武器が存在しない。何か武装がなければ徒手空拳であのバケモノと戦うことになるが――、先ほどの川尻の《武器錬成》によって、魔錬機用の武装は〈死食鬼〉と共にあらかた吸収されていた。
「これでどうしろってんだよ……」
残るのは刀が折れた柄だけ。竹光ですらない。
川尻は未だ「グぼアアア」とか「グらアアア」みたいな意味不明な叫び声をあげながら暴れまわっている。このままではラッセル村は壊滅する。
「レイド、何か必殺技みたいなものはないのか?」
(ない)
即答だ。しかしそんな都合の良いものがあるのなら、イライジャとの戦いの際に彼が申し出ていたはずだ。そう思っていたマグナは、特にその答えに落胆しなかった。あるのは自分に対する無力感だけだ。
(だが、逆転の策がないわけではない)
「それは本当か!?」
(大きな危険が伴うがな。しかし私もセイラ嬢からマグナを頼まれた身であり、なにより君は一心同体の相棒だ。覚悟ならできている!)
レイドはマグナの覚悟を確認するような事はしない。それは融合しているゆえではなく、この本来は少し気弱な相棒の覚悟がとうの昔にできていることを、レイドは相棒として信じているからだ。
「グぼアアアッ!!!」
(時間が無い、いくぞマグナ! 刀を天に掲げろ!)
「わかった!」
なぜ刃の折れた柄だけの刀をなんて聞くようなことはしない。それは融合しているゆえではなく、この堅物で少しとぼけた所のある相棒の事を、マグナは相棒として信じているからだ。
(恐れるな! 使え、セイラ嬢の力を! やってみせろ、君が本当に勇者だと――真の勇気ある者だと証明したいのならッ!)
「雷雲よ! 稲妻よ! 頼むセイラ、俺に皆を護る力を貸してくれ!」
瞬間、それまで晴れていた空が急激に暗くなり、ゴロゴロという音が聞こえだした。雷雲だ。そして眩い青白い閃光をともなって、稲妻が〈マグナレイド〉の柄へと落ちる。
「ぐおおおおおおッ!!!」
(耐えろマグナ、そして放て! その一撃こそ君がこの乱世に揚げる狼煙だ!)
異形の〈牛頭鬼〉の巨体が迫る。まともにぶつかりあえばひとたまりもない。一撃で貫く。そう思い描いてマグナは右手を振り下ろした。
「貫け! 《雷光一閃》ッ!」
一筋の閃光が駆け抜けた。それは青白く、一瞬だった。
瞬間、その衝撃は大きなものではなかった。しかし戦いの行く末を見守っていたセルマとクレアの髪の毛はブワッと広がり、確かな稲妻のパワーを感じさせた。
(やったか……?)
そう心の中でつぶやいたレイドを、マグナはとがめようともしなかった。
彼の手には、確かに命を奪う感触があった。
川尻マサヤの身体を射抜いた感触がだ。
〈牛頭鬼〉の巨体は――動きを止めていた。その中心、操縦席の位置には一筋の穴。焼け焦げた匂いが周囲へとただよう。川尻マサヤは確かに死んでいた。
「川尻は死んだ。お前たちも観念しろ!」
マグナは〈マグナレイド〉の身体を山賊の頭目たちへと向ける。
凄まじい戦いに茫然としていた頭目たちは、その顔のままゆっくりと両手を挙げた。
こうして、ラッセル村を襲ったペラーザの山賊は鎮圧された。




