第20話 行き倒れ妖
「レイドさんはご飯食べなくて大丈夫なんですか?」
「その通りだクレア。しいて言えばマグナから補給する魔力が食事の代わりだ」
「それって美味しいのー?」
「ふむ、セルマ。不味くはないというのが正確な表現だろうか」
マグナたち三人と一機の旅が始まってから、しばらく経った。
当面の目標としてイライジャ一派の捜索があるが、あてのない目的地のない旅。それは過酷なものになる――と思ったが、案外平穏だった。
そもそも見えている魔錬機に喧嘩を売る馬鹿はそういない。二、三度その〈レイド〉を狙って命知らずの馬鹿が襲ってきたが、即座に撃退できた。
三人旅でかさばりがちな荷物も、使わない〈レイド〉の操縦席へ押し込んでおけばいい。つまり最強のボディガード件超性能の荷馬車付きの旅というわけだ。
「マグナ、前方に魔力反応感知。生物だ」
「了解」
レイドの警告に、マグナは腰に佩いた刀の柄へと手を当て警戒する。
行商人などの無害な存在ならいい。しかしこのガルダナ大陸の治安は最低だ。前述したように、例え〈レイド〉がいても命知らずの馬鹿はいるものだ。
セルマとクレアをレイドの影に隠れさせ、注意しながら進む。
やがてマグナの目にも見えてきた。泥まみれで地面にうつぶせになっている。
「なんだ行き倒れか……」
ふっと緊張が解ける。
戦乱の世の中で行き倒れなんて珍しくもない。
実際マグナもラッセル村にたどりつくまでに何人も見た。
明日の我が身かもしれない末路だ。見かけるといつも心の中で「南無阿弥陀仏」と唱えて通り過ぎる。この世界の人間だから信じるのは六大神を祀る宗教のどれかだろうが、死者を弔う気持ちに変わりはないからいいだろう。
だから今回も、マグナは心の中で祈りながら通り過ぎる。
近寄って見てみると、まだ年若い女性のようだ。泥にまみれているが乱暴された後はない。死後それほどたっていないのか、長い金髪は太陽を反射して輝いていた。
「……さい」
「ん? クレア、何か言ったか?」
「いいえ、言っていませんよ」
「じゃあセルマか?」
「ううん、何も」
「なんだ、空耳か」
旅疲れもあるのかもしれない。今日の昼には新しい街に到着する予定なので、少しやすもう――そう思い歩き出したマグナの足を、何かが掴んだ。
「……ご飯ください」
「――!?!?」
見晴らしの良い草原地帯。朝の陽ざしが爽やかに降り注ぐこの場所に、マグナの絶叫がこだました。
☆☆☆☆☆
「いやあ助かりましたッ! このお料理美味しいですね、クレアちゃん!!!」
「いえいえ、ゆっくり召し上がってくださいね」
クレアが差し出す料理を、【ヴィヴィ】と名乗った女は次々に胃袋へとおさめていく。見た目は長身だが細身で、いったいその身体のどこに入っているのかマグナにはわからない。
「まさか生きていたとは……」
「私は魔力反応があると警告したぞ。魔力反応があるということは生命活動をしているということだ」
「そうだよマグナ、常識だよ」
「え? じゃあセルマは気づいていたのか?」
「うん、クレアもね。助けるかの判断はマグナに任せたつもりだったけれど」
行き倒れの人間は、単に空腹や体力の関係でそうなっているわけではない事が多々ある。伝染病のキャリアや、野党の罠の可能性も多分にある。この乱世で生まれ育ったセルマとクレアは、父親からよくそのことを学んでいた。
「ヴィヴィ、一つ聞いていいか?」
「ふぁい? なんでしょう?」
マグナの問いかけに、ヴィヴィは口の中をもごもごしながら首をかしげる。美人と言って良い顔立ちだ。しかし、それよりもマグナが気になったのは彼女の耳だ。
「君は妖族なんだよな?」
そう、彼女の耳はピンと三角形で横に長い。マグナが元の世界で知っていた、そして雅国にいた際座学で学んだ妖の特徴だ。
妖族は数多あるファンタジーの例にもれず、人族よりも筋力は弱いが魔力に優れ長命だ。そして長寿であることも知られている。
「そうですよ、私は妖族ですッ!」
「その妖の君がどうしてこんな所で行き倒れていたんだ?」
妖族は五大国の一角である【ガルマーラ鎧国】に多く住む。かの国が祀る大地の女神が、妖の守護者として知られているためだ。
対してこの辺りを治める【バルディア武国】は、人族至上主義として知られている。人族以外の三種――すなわち妖族、獣人族、魔族は権利が大きく制限される。奴隷制度がある為、奴隷として扱われる者も多い。
「どうしてここにいるか……ですか。それについてはお答えできません」
「そうか」
それ以上は聞かなかった。妖族は見目麗しく人気が高いし、あらかた脱走奴隷だろうと思うからだ。辛く苦しい体験を、わざわざ根ほり葉ほり聞くつもりはマグナには毛頭ない。
「逆にお聞きしていいですか? 皆さんこそどうしてこちらに? 観光?」
「観光ではないさ。俺はある魔錬機を探している。そいつは真紅の機体だった。赤と言えば、武国の〈単眼鬼〉は赤い機体色だろ?」
イライジャについての手がかりはない。だからマグナは、いくつか当たりをつけて探してみることにした。大国の量産型魔錬機は、認識の為国ごとに異なるカラーをしている。雅国は緑、流国は青といった具合だ。そして武国のカラーは赤。
イライジャの〈紅艶魔王〉は真紅の機体だった。そしてその手下の魔錬機も、どこかしらに赤い模様があった気がする。その不確かな証拠を元に、マグナは武国周辺で調査をしていた。
「と言っても、妖のヴィヴィにはわからないよな」
妖種は魔錬機を嫌う。魔導を尊ぶ彼らにとって、魔力を機械の燃料にするには邪道であるし、そもそも機械自体嫌悪する妖種も多いからだ。話によると、妖族が人口の多くを占める鎧国でも、魔錬機乗りはそのほとんどが人族らしい。
「そんなことありませんともおおおおおッ!! わかるわかるわかります!!! 武国の魔錬機カラーは力強さに溢れていますよねッ!? 妖族の差別はNGですが、あの色のロマンっぷりはなかなか! しかし《紅艶魔王》ですか……魔族の高名な魔錬機技師が造り上げたシリーズの一機が、確かそのような名だったような……。もっとも、私も現在の所在は心得ていませんのでお力にはなれません。しかしあれほどスペシャアアアルな魔錬機! 整備するのにも特殊な部品が必要なはずです。ですので流通面から調べるのが得策――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ヴィヴィ、君は魔錬機に詳しいのか?」
「ええもちろん! 大好きですッ!!」
思わぬ彼女の返答に、マグナは考える。
マグナを始め、セルマとクレアも魔錬機は詳しくない。ヴィヴィの知識は今のマグナにとって喉から手が出るほど欲しいものだ。
「なあヴィヴィ、俺達の旅に同行してくれないか? セルマとクレアもどうだ?」
「私は良いと思います。あんなにご飯を美味しそうに食べる人に、悪い人はいないはずですから」
「私もいいよ。ヴィヴィったら面白そうだし」
二人が笑顔でうなずく。それを見ていたヴィヴィもパッと笑顔になった。
「私も喜んで! マグナさん達は命の恩人ですし、私にとっても渡りに船ですッ! ただし……条件があります!」
「言ってみてくれ」
マグナは身構える。対応可能な物であればいいが、人族と妖族は言葉が通じるとはいえ価値観が違う。彼女らにとっては当たり前の条件でも、マグナにとっては途方もない難題の可能性がある。
「〈レイド〉さんの専任整備士の権利を! 私、あのような魔錬機見たことありません。何よりおしゃべりになるとはなんという神秘ッ!!」
「いいぞ。むしろ頼んだ」
「待ってくれマグナ、彼女の私を見る目が怖いのだが……!」
「良かったな、くず鉄扱いじゃなくて熱い目で見られているぞ」
こうして三人と一機の旅路は、四人と一機(熱い視線をそそがれている)の旅路になった。




