第16話 一瞬の勝機
「逃げ……ろ。魔錬機に人は……、勝て……ない」
マグナの耳にシミオンが呻く声が聞こえた。
彼の言う通りだ。例えマグナがなんらかの攻撃魔法を放ったとしても、魔錬機の強靭な装甲の前にはダメージを与えられないだろう。それほどまでにこの鋼の巨人は、戦場の圧倒的強者なのだ。
「そんなパパを置いてなんていけないよ!」
「しっかりして、パパ!」
泣き叫ぶセルマとクレア。正直マグナだって叫び出して今すぐにでもここから逃げ出したい。けれど恩人であるシミオンとその娘――流れ者のマグナを家族同然に受け入れてくれた人たちを見捨てるほど、彼は非情ではない。
(こいつは……〈死食鬼〉か)
一つ呼吸をいれて冷静になり、マグナは立ちふさがる敵を観察する。
敵は〈死食鬼〉と通称されるタイプだ。〈単眼鬼〉や〈小角鬼〉のパーツを戦場から拾い集めて組み上げられた物で、画一的な機体ではないが、この戦乱のガルダナ大陸ではよく見られるのでそう通称されている。
寄せ集めとはいえ、魔錬機は魔錬機だ。右手に持つ刀を振るうまでもなく、マグナ達を踏みつぶすなんて容易い話だ。しかし〈死食鬼〉はセール家を吹き飛ばしてその姿を現したあと、まるでマグナ達を観察するように動きを止めていた。
(……遊んでいるのか?)
その不気味な沈黙を、驕りだろうとマグナは推察する。
戦力差は絶対的。幼い子どもが虫を殺して遊ぶようなものだ。後はどのタイミングで、どのように殺すことが面白いのか、ニヤニヤしながら考えている。おそらくそんな所だろう。
(状況を打開するためには、そこをつく!)
驕りそれは油断である。
絶対的な強者に隙をつくりシミオンを助け双子と共に逃げるには、その油断に付け入るしかない。
だから彼は静かに待つ。
その油断を最大限に利用できる瞬間を活かす為に。そして――、
(来た!)
――その時は来た。〈死食鬼〉は空手の左腕を双子の方へぬっと伸ばした。まるで虫を掴むような動作だ。マグナの方なんて目もくれない。それがチャンスだった。
マグナは双子をかばいにいくわけでもなく、ましてや逃げるでもなく前方へダッシュした。〈死食鬼〉の腕が双子を捕えるよりも早く懐へと入り込む。そして、右手を〈死食鬼〉の頭部へと向けた。
「――力を貸してくれセイラ! 《雷撃》!」
瞬間、雷が眩い光をともなって〈死食鬼〉へと放たれる。ダメージはない。この程度の魔法攻撃でダメージを受ける魔錬機ではない。――しかし、完全に不意を突かれた形で放たれた魔法は、その眩い光そのものが騎乗者への衝撃となった。
「今だ!」
〈死食鬼〉がよろめく。それを見たマグナは、セルマとクレアへと呼びかける。自分自身も風より早い気持ちで走り抜け、シミオンを背負った。
「マグナ、あなた魔法が使えたの?」
「少しな。いいから走れ。少しでも距離を稼ぐんだ」
マグナ自身なぜ魔法が使えるようになったのかわからない。
ただ、セイラが死んだあの日から数日経った頃、彼の中で何か電流が走ったような感覚があった。そのインスピレーションに従って試してみると、セイラと同じ《雷撃》の魔法らしき雷が手から放たれた。
それ以降、日に数度であるが《雷撃》の魔法が使えるようになった。結果から言えばそうなる。他の魔法も試してみたが使えなかった。
だから、疑問と驚愕でいっぱいという表情のクレアの問いに彼は短く答えると、双子を連れて走り出す。背中のシミオンの呼吸はどんどん弱くなっていく。早く治療をしなければ助からない。
「マグナ!」
セルマが叫んだ。軽く目を後ろにやると、〈死食鬼〉が体勢を整えて追いかけてきていた。当然ながら巨大な魔錬機の一歩一歩は人間のそれよりはるかに歩幅が大きい。せっかく引き離したのに、すぐに迫ってくる。
「大丈夫だ」
それは怯える二人を勇気づけるように。
「大丈夫だ」
それは自分を奮い立たせるように。
「大丈夫だ!」
奇跡を望むのではない。可能性としての勝算を確かめるように。
〈死食鬼〉があと数歩の所へと迫る。今度は油断がない。怒りに震える騎乗者は、マグナ達を肉片にするために追ってきているのだ。それしか考えていない。
怒りのままに右手に構えた対魔錬機用の刀が振るわれる。マグナ達は一瞬で薙ぎ払われ――
「もうダメ……!」
「いいや、来た!」
――そうはならなかった。森の中から飛び出した黄色の影が、〈死食鬼〉に体当たりをかまして吹き飛ばしたからだ。ガシャーンと、巨大な金属の塊が倒れ伏す音が響く。
「レイド、待ちわびた!」
「済まないマグナ。異変に気づくのが遅かった」
黄色い影――〈レイド〉が振り向いて答える。
これがマグナの勝算だった。レイドの隠れる洞窟までマグナの足で三十分ほどの距離だと考えれば、異変に気づきさえすればすぐに駆けつけてくれるだろうという算段はあった。
しかし打合せしていたわけではないので、そこは〈レイド〉の単独行動可能時間と、彼自身の判断力に任せた賭けだった。
「マグナ、この魔錬機は?」
「大丈夫、味方だ。セルマ、俺が援護するから水を汲んでくるんだ。クレアは清潔な布を集めろ。親方の出血を少しでも防ぐんだ。できるな?」
「わかった……! マグナは?」
「俺か? 俺は……戦う! レイド!」
「ああ!」
レイドが応え、右腕を差し出す。マグナはぴょんと飛び乗ると、そのまま駆け上がって操縦席へと身体を潜り込ませた。
「稼働時間もギリギリだった」
「みたいだな。だがここからは俺がバッチリ魔力を注いでやる。だからやるぞレイド!」
「心得た!」
「《融合》!」
マグナとレイドの意識が溶け込んでいく。腕は鉄に、足は鋼に。マグナ自身の身体が、強靭になっていくかのような感覚。村を焼く炎に、レモンイエローの装甲がド派手に輝いた。
「融合合体〈マグナレイド〉! 覚悟しやがれ!」
倒れていた〈死食鬼〉は起き上がり始めている。しかし〈マグナレイド〉が動いた方が早かった。マグナは大地を蹴って加速すると、〈死食鬼〉が落とした刀を掴んで構える。
起き上がった〈死食鬼〉は突然の魔錬機の登場に動揺して、またワンテンポ動作が遅れた。それが命とりだった。〈マグナレイド〉は一気に加速すると、操縦席へ刀を突き立てた。
「とりゃあああッ!」
おそらく操縦者は即死だろう。〈死食鬼〉はすぐに動かなくなった。
あまりにもあっけない決着に、マグナは力が抜けるのを感じる。
(油断するなマグナ、次が来ているぞ!)
「次!?」
レイドの警告にハッとし見てみれば、新たな〈死食鬼〉が村の入り口に現れていた。しかも二機。棍棒構えた機体と、大振りの刀を構えた機体だ。おそらく領主の軍を警戒して、街道を守らせていた別動隊だろう。
「魔錬機三機って、山賊の戦力かよ!?」
魔錬機の運用には金がかかる。それは継ぎはぎの〈死食鬼〉だって同じはずだ。山賊にそれだけの規模と設備を用意できるのか疑問に思う。
(逃げ出すか?)
「馬鹿言うな。とっくに腹はくくってる、やるぞレイド!」
(心得た! 〈マグナレイド〉まかり通る!)




