第15話 襲撃
何事もなくマグナの日々は過ぎていく。
太陽が昇る前に起き、仕事に出かけ、昼にクレアが作ったご飯を食べる。そして午後も働き、夕暮れには帰宅。夕食をとると疲れをとるために早めに床に入る。休みのに日は洞窟で待つレイドの元へと出かけ、行商人から聞いた話をいくつかする。イライジャの情報はまだつかめない。
変わらない毎日だ。こういうのを本当の意味で日常と言うのだろう。変化と言えばセール家の夕食へ招待される頻度が増えたくらいだ。
上司であり恩人でもあるシミオンは元より、セルマとクレアの姉妹ともかなり深い信頼関係を築けているとマグナは思う。いや、彼らだけではなくラッセル村の皆とだ。村人たちは「素性の知れぬ放浪者」だったマグナを、セール家の人々や彼の仕事ぶりを見て、受け入れ始めていた。
家族のような関係。
そんな陳腐だが心地よい言葉がマグナの頭に浮かぶ。
元より記憶を奪われた勇者であるマグナには、元の世界の家族についてもうほとんど思い出せない。召喚直後は幾分ましだった気もするが、もはや忘却の彼方と言っていい。
(ここが俺のゴールなんだろうか?)
手に握るチープなハートのネックレスへと問いかける。
新しい生活、築き上げた関係。この村で得たものを大切に生きたらどうだろうか?
元の世界なんて完全に忘れてしまって、自分が勇者であることを隠して、この戦乱のガルダナ大陸で可能な限りの幸せを享受したらいいんじゃないだろうか?
そもそも彼女は復讐なんて望んでいるんだろうか?
セイラはマグナに「生きて」と言った。その通り彼はこうして生きている。彼女の願いは成就している。セイラの死は不幸な出来事だった。そう自分の中で片づけて、彼女を忘れないように弔う。それでいいじゃないか。
「――グナ」
だってそうだろう、仕方ないじゃないか。
本当はただの高校生だったんだ。それを戦い――殺し合いだなんて、どだい無理な話だったのだ。マグナが平凡に生きることに、なんの罪もないじゃないか。
レイドの事は……今まで通りたまに会いに行くくらいで良いだろう。もしマグナの元を離れたいと言うのなら、彼の自由に過ごしてもらえばいい。
(そうだ。それが良い。それが正解なんだ)
自分に言い聞かせるように、心の中で何度もそう唱える――。
――唱える自分の声とは、別の声が内から響く。
『だからさ、私はマグナこそが案外“真の勇者”なのかもしれないって思うよ。マグナみたいに、心が強くて、力を持たない人の苦しみを知っている人が戦いを終わらせる』
あの日の彼女の眼差しが、温もりが、唇の感触があふれ出す。
瀬名セイラはマグナに願った。それは――。
「――マグナ! おいマグナ!」
「え? 親方……?」
「他の誰に見えるってんだ。さっきから呼びかけてんのに、上の空でちっとも反応しねえ」
ハッとすると、マグナの眼前にはシミオンの険しい顔があった。仕事中だと言うのに考えにふけっていたことに気がついたマグナは、ビシッと背筋を伸ばす。
「す、すみませんでした! 考え事をしていて!」
「昼休憩にはまだ早い。ぼーっとしてると危ねえから気をつけろ」
「はい! 気をつけます!」
シミオンは「お前が気を抜いてるのも珍しいもんだな」と付け加えると、特に怒ることもなく作業に戻った。それを見てマグナも、資材を運ぶために担ぎ上げる。
今日はラッセル村からやや離れた、小高い丘の上の現場だ。昼休憩まではまだ小一時間ほどあるだろう。マグナは「よし」と気合を入れなおすと、作業に戻ろうとした。その時だった。
「親方あッ!」
造りかけの建物に登っていた大工の一人が大声をあげた。小柄だが腕が良く、普段は寡黙な男だ。そんな男が、マグナが聞いたことないような大きな声でだ。その異常さに気がついて、シミオンは即座に聞き返す。
「どうした!?」
「村が燃えてます! ラッセル村が!」
「何ィ!?」
村が燃えている。そんな言葉に大工たちはある者は建物へ登り、ある者は木に登って村の方を見る。もちろんマグナもだ。
「本当だ……村が……」
「火事か? いいや、この規模は……」
黒煙がもくもくと上がっている。それも一筋や二筋ではなく幾筋もだ。
この光景にマグナは見覚えがあった。そう、あの夜の光景と同じだ。
ざわりとマグナの中に悪夢のような記憶が蘇る。
「これは……戦闘だ!」
誰かがそう叫ぶ前には、全員手に武器代わりの工具を持って走り出していた。
「親方! いったい誰が!?」
「わからねえ、けど山賊かもしれん。ペラーザの山賊が最近急に力をつけてきたって噂を聞いたことがある」
マグナもその噂を行商人から聞いていた。ペラーザ地方はラッセル村があるテイラー自治領からは山を二つ越えたところにある。その辺りを根拠地にしていた山賊が、急速に勢力を拡大しているという話だ。
「山賊がこの規模の襲撃を?」
「わからねえ。けどこの時間ならセルマとクレアはまだ村のはず――来やがったか!」
マグナ達が進む正面、いかにも山賊ですと言わんばかりの風体の数人の男たちが手に武器を持って立ちふさがっていた。
「殺せ!」
おそらく集団のリーダー格であろう男が命じると、男たちが一斉に襲い掛かって来た。しかしこうなることは最悪ではあるが想定内だ。マグナ達も手にした工具を片手に応戦する。
「大工舐めんなよ!」
「ぐぼっ!?」
刀を片手に斬りつけてきた男の頭を、先頭を行くシミオンが金槌で叩き割る。そしてそのまま刀を奪って、鋭く一閃。もう一人山賊の頭が胴体からサヨナラした。
「親方がやったぞ! 続け!」
その鮮やかな手並みに見とれている大工たちではなかった。そのまま勢いに乗ると、山賊たちを次々と蹴散らす。元より普段から鍛え上げている身だ。野盗山賊の類にそう簡単に負けない。
「親方、村の方は俺達が! 親方は娘さんたちを!」
「すまねえ! マグナはついて来い!」
「はい!」
☆☆☆☆☆
「くそ、ここらにも来ていやがるのか!」
シミオンはそう吐き捨てながら、慣れた手つきで刀を振るう。
村の中心部から少し離れた位置にあるシミオン家へと向かう道中、もうかなりの山賊を倒しているが、いっこうに数が減っている気がしない。いったいどれほどの集団なのか全容すらわからない。
「セルマ、クレア、どうか無事でいてく――むっ!?」
「危ない親方! とりゃあああっ!」
物陰からシミオンを斬りつけようとした山賊を見つけ、マグナは叫びながら刀を振るう。
「ぐおっ!?」
「くそ! 済まねえマグナ、助かった」
「いいえ、お安いごようです」
体勢を立て直したシミオンが一撃をいれ、返り血を浴びながら山賊の首を刎ねた。
「一人旅をしていただけあって戦いには慣れているな?」
「そう言う親方こそなかなかの腕前で」
「物騒な時代だからな……ついたぞ! セルマ! クレア!」
セール家は燃えていなかったが、扉はこじ開けられ中は荒らされていた。青ざめながらも娘の名を呼び始めたシミオンに続いて、マグナも呼びかける。
「セルマ、クレア! 俺だ、マグナだ! いたら返事をしてくれ!」
返事がない、どこかへ避難してくれたか? そう思い外へ探しに行こうとしたタイミングで、洋服棚がゴトゴトと動いた。
「「パパ! マグナ!」」
「二人とも無事だったか!」
「うん、隠れていたの」
「それでね、怖くて怖くて」
セルマとクレアが棚から飛び出し、シミオンに抱き着く。恐怖からか安堵からかあるいはそのどちらもか、二人とも涙でべしょべしょだ。
「親方、早く逃げましょう。援軍が来たら大変だ」
「ああ、そうだな。さあ二人とも、早く――」
――瞬間、何が起こったのかマグナにはわからなかった。
何か光を感じたと思ったら、天地も前後左右もまったくわからなくなった。
「くっ……痛……」
痛む身体を確認しながら、瓦礫の中でゆっくりと起き上がる。その段階になってやっと自分は家ごと何かに吹き飛ばされたのだと理解した。
「パパ! パパ!」
「しっかりしてパパ! 死なないで!」
二人の泣き叫ぶ声に反応して振り返ると、倒れたシミオンにセルマとクレアがすがりついていた。シミオンの腹部は返り血ではない血で赤く染まっている。かなりの出血だ。早く治療しないとまずい。
そんなマグナの思考を邪魔するようなドシンという振動を感じ、再び振り返る――いや、正確には見上げた。
「魔錬機……だと……?」
間違いない。自分達を家ごと吹き飛ばしたのはこいつだ。そう直感で思った。
鋼鉄の巨人が、その凶悪な眼でマグナを見下ろしていた。
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