第11話 真紅の悪魔
「すごい……!」
思わず口から出た。厳密に言うといまマグナは魔錬機と一体化しているので口などないのだが、どういう原理か周囲に音が響いた。
(マグナ、感動しているところ悪いが敵が来ているようだ。動けるか?)
「敵が?」
(ああ。数は二、おそらく別動隊だな)
レイドの声は元々脳内に直接響いてくるようだったが今は少し違う。
まるでマグナ自身の胸の奥から聞こえているようだ。
マグナはレイドの忠告を受け、巨大になった自身の身体――〈マグナレイド〉の身体を動かしていく。
右手、左手、そして屈伸。指の先までまさしく自分の身体そのものとして自在に動く。
先ほどまでは錆びていたボディも、今は滑らかな動作だ。
(大丈夫なようだな。……来たぞ)
レイドの警告通り、黒いボディカラーの敵魔錬機が現れる。〈マグナレイド〉や〈単眼鬼〉よりも頭一つ小柄な機体。名前は確か〈小角鬼〉と言ったはずだ。
もう魔錬機は出払っていると思って乗り込んできたが、〈マグナレイド〉の姿を見つけて動揺したのだろう。こちらの出方を慎重に窺っているようだ。
(そうだな。〈小角鬼〉、それも隠密仕様が二機だ。初戦にはうってつけだな)
「うってつけって……。こっちは素人、相手はプロだぞ。手練れだってお前も言っていただろう?」
〈小角鬼〉がゆっくりと大振りのナイフを構える。
低い姿勢で、素人のマグナの目から見ても隙がないように感じる。
片や彼は申し訳程度に戦闘訓練を受けただけだ。それに実戦の恐怖に震えが止まらない。
(大丈夫だ。君だって勇者だろう?)
「大丈夫なもんか。なあレイド、一心同体なら操縦はお前に変われないのか?」
(忘れているようだが、私は魔錬機で騎乗者は君だ。そこにある刀を掴め。話はそれからだ)
レイドに指摘されて足元を見ると、魔錬機用の刀があった。マグナは敵を警戒しながらもそれを掴んだ。重い、武骨な一品だ。
(構えろ、来るぞ――)
心の中を整理する暇もなかった。マグナがぎこちなく刀を構える姿を見て素人だと看破した二機の〈小角鬼〉が、ギュンと加速して突っ込んできた。
もはや彼らにとって〈マグナレイド〉は警戒すべき未知の魔錬機ではない。
素人くさい動きをする獲物なのだ。
「クソッ!」
マグナはそう短く吐き捨てるのが精一杯だった。
こちらを獲物と認識してはいるが油断はしていない。手練れの動きで迫る狩人に、とっさの素人ができる事は多くない。せいぜい当たることをお祈りして手に持つ刀を振るうくらいだ。実際マグナもそうした。
――不思議なことが起こった。
マグナの行ったことは、例えるなら野球未経験のずぶの素人が、サイヤング賞投手の剛速球に対してバットを振るうようなもので到底当たりようがないのだ。
しかし、結果は違った。
マグナの振るった刀は構える時こそぎこちなかったものの、その太刀筋は綺麗なものだった。
スッと迫る〈小鬼機〉の右肩へと入ると、そのまま袈裟懸けに両断してみせたのだ。
本来、魔錬機用の刀は「斬る」のではなく「叩く」為のものだ。
魔錬機のフレームは強靭で、切断するのは至難の技だからだ。
なので近接戦闘で刀を振るうのは、相手のフレームひいては操縦席をへこませるための鈍器として使い方が通常である。
しかし、斬ってみせた。
「うおおおッ!」
マグナは無我夢中で、迫るもう一機に対して刀を振ろうとする。
すると明らかにマグナの意識とは違う動きで見事に刀を返し、今度は下から両断してみせた。
――戦闘は一瞬で終わった。しかし結果は絶大だった。
声なく転がるのは、両断された二機の〈小角鬼〉。
立つのはカナリアイエローの〈マグナレイド〉ただ一機だけだ。
「なんだ……何が起こったんだ……?」
一番混乱しているのは他ならぬマグナ自身だった。
彼は追い詰められて無造作に刀をふるったにすぎない――が、まさに玄人の技で迫る脅威を払ってみせたのだ。
(操縦はできないと言った、しかし技術を伝えることはできる)
「どういう意味だ?」
(君の神経一本一本と私の神経一本一本は、一心同体な以上同一だということだ。私の身体に染み付いた経験が、君を熟練の戦士にさせる)
「そうか、それで……」
(行けるか、マグナ?)
「ああ……! 行こう、セイラを助けに!」
☆☆☆☆☆
「うおおおおッ!!!」
雄叫びと共に、マグナは〈マグナレイド〉となってシュルティアの街を疾駆する。通常の魔錬機と違い脚部には人間の裸足のように指があるが、その走破性能は高いようだ。
もうかなりの距離を移動し、数度の戦闘をこなしている。
しかし今のマグナに疲労という言葉は感じられない。
どういう原理か不明だが、少なくとも経戦能力という意味では問題ない。
「どけえッ!!!」
立ちふさがる敵の魔錬機を両断する。〈小角鬼〉や〈単眼鬼〉、もう何体もの敵を撃破してきた。
けれど戦況は以前雅国側が不利なようだ。既に戦線は崩壊している。逃げ出す兵士は国境から大軍が迫っていると言っていた。早くセイラを助けで逃げなければいけない。
(マグナ、あそこだ!)
「セイラ!」
〈マグナレイド〉となった今、マグナ自身も魔力反応をいくらか感じ取れるようになっていた。
路地の奥、セイラの温かな魔力反応を見つけた。複数の敵魔錬機に囲まれながらも、たった一人粘っている。
「セイラ、無事か!?」
「マグナ!? その声マグナなの!? その魔錬機は一体……?」
「話は後だ。もうシュルティアは陥落する、逃げるぞ! 他の連中は?」
「川尻は逃げた。後は……」
言葉に詰まったセイラの反応を見て、マグナは察して周囲を見渡す。
柴田ショウタの機体は操縦席がガッポリとへこんでいた。流れ出る大量の赤い血は、彼が無事ではないと静かに語る。金森カナコの機体は魔法だろうか、ひどく焼け焦げていた。脱出しようとしたのか半開きになった操縦席からは、黒い何かが手を伸ばしていた。平手リカは機体から投げ出されていた。その首はあらぬ方向に曲がっており、とっくに命は尽きている。
「そんな……」
どうでもいいと思っていた。けれどいざ顔見知りが死んでいるのを見ると、こみ上げてくるものがあり、マグナの心に恐怖心が蘇ってくる。
「あいつらもギフトはあったんだろ? それで……」
「私たちは戦った。結構善戦したんだよ? でもあいつが――」
セイラ機が指し示した方には一機の魔錬機がいた。街を焼く炎に照らされる真紅のボディ。明らかに他の機体とは違うオーラを放つ一機だ。
「みんなあいつにやられたんだ。それで怖くなった川尻が私を囮に逃げ出して……。マグナ、あいつをどうにかしないと、逃げることもできないよ」
「そうみたいだな……!」
真紅の機体の二つの眼がマグナ達をギラリと睨む。決して逃がさないという悪魔の瞳だ。
燃え盛るアルクス雅国の国都シュルティア。マグナとセイラは、真紅の悪魔と対峙する――。




