第12話 そして失われる
「俺が斬り込む! セイラは援護を!」
「待って! 相手の方が多いんだよ!?」
「大丈夫だ!」
マグナはそう言うと、〈マグナレイド〉となった身体を全速で敵陣へと突入させた。そうするだけの自信は、ここにくるまでにできていた。正面に〈単眼鬼〉が二、陣形を組んで〈小角鬼〉が四、そしてその奥に悠然と構えるのが、見慣れない形の“真紅の悪魔”だ。
「とりゃあああッ!」
〈マグナレイド〉の身体には、レイドの経験と技術が染み付いている。あとはマグナが勇気を出すだけだ。彼が吶喊を仕掛けると、〈単眼鬼〉は片手を掲げて魔力を集中させ始めた。
「――魔法!?」
(大丈夫だマグナ。そのまま押し切れ!)
二発の火属性魔法、《火球》の灼熱の炎が迫る。しかしマグナはレイドに言われた通り、歩みを止めずに我武者羅につっこむ。
「――チィ!」
一発目の《火球》は右腕をかすめた。ボディを焼く痛みがマグナへと伝わってくる。全身の感覚をあますところなく伝える《融合》魔法による一心同体。その強みであり弱点がこの感覚の共有だった。
(飛べ、マグナ!)
「おう!」
レイドの掛け声を合図に、迫る二発目の|《火球》をマグナは跳躍して回避。そのまま刀を構え、魔法を放つ姿勢でいた〈単眼機〉の右腕へと振り下ろし切断。動揺したそいつの腹へ一太刀入れて行動不能にし、その勢いで近場にいた〈小角鬼〉を蹴飛ばした。
(敵は浮足立っているぞ、今だ!)
「言われなくても!」
一機、二機、三機。〈マグナレイド〉がその刀を振るうたび、〈小角鬼〉がその数だけ破壊されていく。並外れた〈マグナレイド〉の膂力をもってすれば、この程度の小型機はなんの脅威にもなりえなかった。
「危ないマグナ! 《雷撃》!」
セイラの声が聞こえるよりも早く、一筋の雷光がマグナの横を駆け抜けた。パッと振り返ると、〈マグナレイド〉の背後を襲おうとしていた〈単眼機〉へ、セイラの魔法が直撃していた。
「サンキューセイラ!」
マグナは振り向きざまに、まだセイラの魔法で痺れている敵の操縦席へと刀を突き立てた。
「さあ、残るはお前だけだ」
「…………」
例の真紅の魔錬機へ挑発の言葉を投げつけるが、まるで反応が無い。
だいたい妙だ。部下だろう魔錬機は、今しがたマグナが全て撃破してしまった。だというのに真紅の魔錬機といったら、右手に盾を構え、左手に槍を持ち、ただ静かに立っている。
見慣れない型の機体だ。おそらく左利きだろう。それ以外の情報はまるでない。ただ無防備に見えて全くの隙が無く、何も言わないがこちらを逃がさないという意志は感じる。ただただ異様だ。
(気をつけろマグナ、こいつは手強いぞ。できれば逃げた方がいい)
「俺もそうしたいところだが――ッ!?」
一瞬だった。真紅の魔錬機は両手に持つ武装を放り出すと、凄まじいスピードで〈マグナレイド〉へと迫った。マグナは、そしてレイドも想像していなかった動きに惑わされ、容易く接近を許してしまった。そして一瞬のうちに組み伏せられた。
「マグナ!」
瀬名セイラは先ほどと同じように魔法でマグナを助けようとする。しかし撃てない。彼女の精度ではこれほど密着している二機の魔錬機から敵だけを射抜くなどできないからだ。
セイラが迷っている時、マグナは必死に抵抗しながら心の中に何か引っかかるものを感じていた。先ほど見せ、現在自分を組み敷いている敵の魔錬機の技術、どこかで見たことがあると。
「くそ、放せ!」
敵は〈マグナレイド〉の膂力を甘く見ていたのか、マグナは必死の抵抗により真紅の魔錬機を振り払うと、パッと機体を起こして距離をとった。
(こいつの動きどこかで……どこだ? 今夜――いいやもっと前だ。あれは、まさか――)
魔錬機と化しているマグナは汗をかかない。けれども、嫌な汗がタラりと流れた気がした。真紅の魔錬機は、槍を手に持ちこちらをうかがう。
「お前……まさかイライジャか?」
「え? イライジャってあのイライジャ?」
思ったことをスッと口に出してみた。困惑するセイラ。もちろん、そう口に出したマグナ自身困惑している。しかしそれまで沈黙を保ってきた真紅の魔錬機は、ガシャリと音をたてておどけるような仕草をした。
「おや? どうしてわかった?」
「やっぱり……!」
「そんな……!?」
聞こえてきたのは、他の誰でもないイライジャ・イオバルディその人の声だ。
「さっきの動きだ。俺を組み伏せたあの動き、あれはイッセイを取り押さえた時の動きと一緒だった」
「ほう、存外観察眼があったのだな、無能勇者。見慣れぬ魔錬機も動かしているようだし、これは評価を改めなければならないかな?」
戦場だと言うのに、イライジャは雑談のような調子で話を続ける。
「イライジャ、貴方は雅国の人間なんでしょ!? それがどうして私たちを――シュルティアを襲って! まさか反乱!?」
戸惑いのセイラが問いかける。そうだ。なぜイライジャが雅国に敵対しているような真似をしているのか。それが問題だ。マグナは探りを入れようと付け加える。
「反乱か? 待遇に不満があったとか、野心があるだとかの?」
「不満? 野心? 私はそんなものの為に戦ってはおらんよ。貴様らの想像もつかぬ、もっと遠大な目標に向けて戦っている。反乱というのは正解だな。今の私は雅国に仇なす者だ」
イライジャはそこまで喋ると、サッと突撃槍を構えた。左腕を高くかかげる射殺すような姿勢だ。前に出された右肩に、ひっかいたようなマークが見える。
「一つチャンスをやろう。我が魔錬機〈紅艶魔王〉は強力だ、貴様たちはかなわない。大人しく降伏し、首輪を繋がれると言うのなら命は助けてやろう」
「誰がお前の話を聞くもんか。今度は家畜としてって意味だろう!」
「ご名答。実験動物としてだよ欠落者」
「ふざけるな!」
マグナが叫んだのと同時だった。〈紅艶魔王〉が真紅の閃光となって向かってきた。マグナも迎え撃つべく刀を構えた。
「ぐわあああッ!?」
一瞬だった。しかし三撃が叩き込まれた。一撃で刀ははじかれ、二撃で右肩をやられた。そして三撃目は肩と腕の関節を狙われ、結果〈マグナレイド〉の右腕は斬り飛ばされて地に墜ちた。焼き切るような痛みがマグナを襲う。
「無様だな。やはり無能は無能ということか」
「くそ……」
あまりの激痛に意識が朦朧とする。仕方ないのだ。マグナにとって実戦なんて、本物の痛みなんてこれが初めてなのだ。むしろ一瞬で気絶しなかっただけ、彼はよく耐えていると言える。
「さあ、終わらせようか」
「セイラ、逃げろ!」
残った力を振り絞って叫んだ。いまイライジャはマグナへと集中している。その隙をつけば彼女だけは逃げ切れるかもしれない。元々セイラを救う為にやってきたんだ。もしそうなれば成功だ。だから叫んだ。
「マグナ!」
――セイラの声は、後方ではなく前方から聞こえた。
セイラの乗る〈単眼鬼〉は〈マグナレイド〉をかばうように前に出ていた。それも戦闘態勢をとるのではなく、ただ守るように両手を広げて。
「邪魔だ!」
「セイラ? セイラ!」
〈紅艶魔王〉の突撃槍で、〈単眼鬼〉の上半身が砕かれる。セイラの身体がゴム人形のように中空へと投げ出された。マグナは残っている左手を伸ばして彼女を掴む。瞬間、〈マグナレイド〉の掌は赤く染まった。
「くそ、くそ、セイラ、死ぬなセイラ!」
(マグナ、三つ数えたら逃げ出せ。私がやつの隙をつくる)
レイドの声も半分聞こえていない。半狂乱のマグナが逃げ道を探すと、〈マグナレイド〉の右足が勝手に動いた。
「むっ、小癪な!」
〈紅艶魔王〉の頭部目掛けて、燃える瓦礫が蹴り飛ばされた。イライジャはそれを鬱陶しそうに払う。その一瞬があれば十分だった。
(今だマグナ!)
レイドの掛け声に合わせて、〈マグナレイド〉が崩れゆく建物を突き破って逃げ出す。その左手を大事そうにかばいながら。
「む、逃がすか! ……まあいい。これもいい方向での誤算だろう。おそらくはな」
☆☆☆☆☆
どれだけ逃げたかわからない。けれど追撃はもうないようだ。ここは国都シュルティアから離れた森の中。そろそろ夜が明けようとしていた。
「くそ、くそ、血が止まらない! レイド、どうにかできないのか!?」
マグナは治癒魔法なんて気の利いたものは使えない。擦り傷ならともかく、ここまでざっくりぐっちゃりとした傷の手当てもわからない。だからすがるようにレイドへと尋ねる。
(済まないマグナ、私にはどうしようも……)
止血をしようと布を巻いた。けれどその程度ではセイラの血は止まらない。彼女の身体はどんどんと冷たくなっていく。
「マグナ……わたし……ね……」
「セイラ、喋るな! すぐに治癒魔法を使える人を呼んでくるから!」
「大丈夫、もう……いいから……」
セイラの言葉にマグナが固まる。そんな彼に、残った力を振り絞って身体を起こしたセイラの唇が合わさった。
「マグナ……ありがと……う、さい……ご、マグ……ナと過ご……て、良か……た」
「そんな、最後なんて言うなよ! 俺を一人にしないでくれ! セイラ!」
「レイド……さん、マグナ……事よろしくね」
(心得た)
レイドの返事が彼女に聞こえたか定かではない。けれどセイラは満足そうに微笑んだ
「生きて……ね、マグナ。私……の勇者さ……ま」
「セイラ? セイラ!」
生きてくれ。好きだ。愛している。一緒に生きていこう。そんな言葉をかけたいのに彼女の名前しか出てこない。そして抱きしめたセイラの身体から、完全に体温が消えた。魂の抜ける瞬間だ。
その優しい微笑みでマグナを癒した少女、瀬名セイラはこの日死んだ。享年18歳だった。
☆☆☆☆☆
新月の夜だった。この晩、示し合わせてかどうか今もってわからないが、雅国以外の五大国が一斉にアルクス雅国領へと攻め入った。それに先んじて、国都シュルティアで火が上がったと言う話しもある。
混乱に陥った雅国は、ろくな抵抗も出来ずにその領土を蹂躙された。王族は捕まり処刑され、街では数々の犯罪行為が行われた。
そして、風の女神を祀るアルクス雅国の名は、このガルダナ大陸の地図から消え去ることとなった。
第1章 了
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第2章 【1月27日】開始予定




