分岐3
私は宇津木をまじまじと見つめた。
私とキスしたいって亨君が思うって、私が口づけた時の亨君は亨君で、まだ生きていたってことなの?
宇津木は私の視線を感じると、私の頭にポンと手を乗せた。
「熊谷は亨の肉体を手に入れようとしていたんだろ?けれど、この体は亨のものでしか無いんだよ。動かせるのは亨だけ。君のキスで亨は体に一瞬戻ったんじゃないのかな。そう一瞬だけ生き返ったんだ」
「うあああああああ。聞きたくない。聞きたくない。亨君は私の為に何度死んでしまうの!何度私は彼を失わなきゃいけないの!」
「でもね、好きな女の子を守れるって、凄い幸せだと思わないかい?」
「思いません!だって亨君が私の世界なんだもの!世界が壊れちゃったなら、死んでしまいたい!私は亨君と一緒に死んじゃいたい」
私は起き上がると、よろめきながら亨君のもとへと向かった。
そして、亨君をすぐそばで跪く。
額から流れた真赤な血が彼の髪を染め、腹部の銃創でパジャマだって赤色だ。
それでも今の亨君は、私の意識の中で手を繋いで歩いた亨君だった。
私は彼の手だけを握った。
本当の亨君に戻ったね。
冷たく硬くなった手は、二度と手を繋いで歩く事の出来ないと私に教えているようだ。
悲しさにぎゅうと瞼を瞑れば、私は真っ暗闇だ。
このまま自分の意識だって消えればいいのに。
「あれは人間の血肉を取り込み、意識さえも奪ってしまうんだ」
あの時、亨君はどうして熊谷という人の名前を教えてくれなかったの?
亨君には知らない人だったの?
でも、私に見せた男の顔が熊谷そのものであったのに。
いいえ、知ってた。
だって、高杉と亨君、そしてあの熊谷が、そもそもお友達だって言ってたじゃないの。
私は両目をパッと開け、亨君の手を離しそうになった。
死んでいる亨君が、真っ赤で、真っ赤だから、あの血塗れの女性に見えたのだ。
「とおるくん」
女の人。
真っ赤な女の人。
真っ白な繭を抱いた女の人。
これも亨君が私に送ってくるイメージなの?
私は亨君の骸から顔を上げた。
宇津木は私の横にしゃがみ込んで私をずっと見つめていたようだ。
「美梨ちゃん?」
「梨っちゃんて呼んでください。私を美梨と呼んでいいのは亨君だけなので」
「あ、悪かった」
「いえ。私もお兄さんの声が亨君そっくりだったから、今まで何も言わなかっただけですし」
「そうか。それで改めて嫌だと言って来たのは、どうしてかな?」
「虫をやっつけたいから。だから、ちゃんと亨君がいないことを受け入れないとだし、だし。何もしてあげられなかった亨君に、私の名前を呼ぶ権利ぐらいあげたい」
「そっか。そうか」
私の頭は宇津木に抱えられ、彼の胸に押し付けられた。
この人は少々気安過ぎると思ったが、彼の顔を見て思った。
彼はぎゅっと瞼を閉じていた。
そうだ、彼こそ亨君の遺族なんだ。
彼こそ辛いから誰かの温もりが必要だったんだ。
「それで梨っちゃん。虫殺しのアイディアは何かな?」
「変態は私の名前を呼ぶな!!三好と呼べ!!」
私を抱えていた宇津木は吹き出し、私を彼からそっと離した。
そして彼は私の顔を覗き込んだ。
「あの」
「俺も知りたいな。虫をやっつける方法を思いついたのかな?」
私は亨君の手をさらに握りしめた。
彼と一緒に死にたいけれど、彼は私に生きて欲しいから、あのイメージを私に送って寄こすのだ。
「あの。女の人を知りませんか?亨君は名前も知らない人だと思う、だって、イメージだけだもの。赤ちゃんを抱いている真っ赤な女の人のイメージだけだもの」
「女?それがどうしたの?」
「何度も何度も見えるのは、亨君がイメージを送ってくるからだわ。真っ赤な女の人が見えるの。亨君は言っていた。化け物が被害者の意識を奪ってしまうって。だからきっとそいつがマザーよ。虫とかエイリアンとか、マザーを殺したらお終いでしょう。それがマザーなのよ」
自分で叫びながらも支離滅裂に思えたが、でも、宇津木は知っていたのか、彼はぎゅうと目を瞑った。歯噛みしているような顔で。
分岐前の亨君の遺体の状況はミイラ化してましたが、美梨が庇ったために亨君の肉体はキレイな状態です。




