分岐2 高杉
熊谷を、亨君を撃ち殺した高杉は、私の血で塗れたマスクを剥ぎ取った。
あの病院の屋上でしたみたいに、全てから解放されるようにして。
「君! 君は私達と違って感染をしていないはずだ。そうだろう? 脱いでは駄目だ!」
宇賀神が珍しく真剣な声で高杉を止めているようだが、未来も何もない私には彼が感染しようとどうでもいい事だ。
亨君は死んでいる。
それなのに私は彼に縋りつく事も出来ない。
私に許される事は、床にへばりついて殺されたばかりの亨君の遺体をただ眺めるそれだけだ。
中身が違う人であっても、生きて動く亨君が消えてしまった事が辛い。
こんなにも辛いなんて。
私は今日、何度彼の死を目の当たりにしなければいけないのだろう。
「抱きしめたいなら抱きしめてあげな。ようやく死ねたあいつなんだ」
「また無理矢理起こされたら?私のせいで。もう見たくない。もう二度と亨君が死んでいくのは耐えられない。私のせいで彼が痛めつけられるなんて、私にはもう耐えられない!!」
「そんなに嘆く必要もないよ。明日には東京が焼かれる。VS-SAT隊員は全滅。守るべき無感染者もこの病院には残っていない。俺達を助けに来るヘリも来ないだろう」
「え?」
「――課長が言うにはね。言っていた、かな。お偉いさんが京都に全員移動したならば、東京浄化作戦が開始されるってね。逃げろって言われなかったから、俺にもここで死ねって言う事なんだろうね。だったら、こいつを殺さずに殺されれば良かったのかもしれないが。ごめんね。俺は糞野郎は我慢できないんだ。親友だったら尚更ね」
「お前は凄いな、俺よりも状況を知らされていたのか」
高杉は大きく後ろを振り向いた。
そこは暗闇。
だが、真っ黒の制服を着た男が歩いて来ていた。
彼もマスクは剥ぎ取って、その精悍な顔を晒していた。
「宇津木さん!」
「あんたは首を折られて殺されたはずだ!」
私は自分の声に重なった高杉の言葉に驚いていた。
え?殺されていた?
宇津木はあはっと言う風に笑顔になると、うなじに手を当てた。
「ああ。俺も折られたはずだと思っていた。なんで生きているんだろうね」
「そうか、その研究か」
私達は宇賀神を一斉に見つめた。
「何の、研究、ですか?」
「新種の寄生虫をナノマシンや人工多能性幹細胞の代わりに見立てたんだよ。レーザーメスでも届かない人体の腫瘍などを除去したりする研究か、失われた細胞組織の代りにする、いや、首を折られたという宇津木君の復活を見れば、破損した神経組織の再構築が目的かな。ヒヒ、そうだろう。だから熊谷君の身体をばらしての研究だったんだよ。それぞれの部位で虫がどのように神経の代りに動くのかとね、きっとその研究だ。だからあんなに派手派手しく発光細胞も添加されていたんだ。観察しやすいようにね」
「と、言う事は、俺は首を折られたからオランダ獅子頭にならずに済んだって事か」
高杉は宇津木の出現によるものなのか、今まで纏っていた怖い雰囲気をすっと消した。
それどころか、軽くてお馬鹿な若者っぽい口調にも戻ったのだ。
「なんですか?そのオランダ獅子頭って」
「え、金魚だよ。知らない?頭に瘤がいっぱいの」
「知りませんよ。そんな不気味な金魚」
「かわいいのに。俺の死んだ祖父はこんな大きさの奴を飼っていたよ」
宇津木はソフトボールぐらいの大きさを両手で作って見せた。
「それは化け物じゃないですか!」
「そう、化け金だって喜んでいた。金魚の瘤は脳みそが膨らんでいかないから破裂はしないしさ、人慣れして可愛いものだったよ」
「あ、そうか。だから生きていた人間は死ぬんだね。ヒヒヒ、過剰な虫による脳細胞の増大、いや、脳細胞になろうとする虫達の混乱か。ヒヒ。で、死んだ人間、あるいは脊髄や神経を損傷していた人間は、虫がそこの治療に専念するから虫をコントロールできる。でも、あの亨君の復活だけは意味が分からない」
宇津木は自分のうなじに手をやったまま、頭を軽く回した。
「うん。ちゃんと自分の頭と首という感触はある。これなら好きな女の子にキスをしたりしたいと思っていしまうかもしれないね」




