248話 カルセン侯爵
ユイに案内された先にいたカルセン侯爵は、なかなかの美丈夫であった。
180センチくらいありそうな均整の取れた体に、ハリウッド俳優にでもいそうな彫りの深い顔立ち。やや長めに整えられた黒髪はエキゾチックだし、整えられた口ヒゲもお洒落だ。
ただ、その態度は想像以上のザ・貴族であった。
「その者たちが、お主の知人たちか?」
「はい」
「ふむ……」
椅子に深々と腰かけたままのカルセン侯爵が、値踏みするようにこちらを見る。
超上から目線の態度だ。
悪人だとか、性根が腐っているとか、そういう感じではない。ただ、ユイと交わす言葉の端々から、隠しきれない野心を感じる。
なんというか、他の企業を買収しまくって急激に大きくなったベンチャー企業のやり手社長に、貴族っぽい風格と優雅さを足したって感じ?
一般人から見ると、ちょっと気味悪いくらいの上昇志向と、己への自信。心を許せないというか、必要とあらば悪意無く他人を犠牲にできそうというか……。
ただ、そういった精神的な強さや態度に、頼もしさを感じて惹かれる人間はいるのだろう。ユイもそのタイプであるらしい。
ただ、俺は無理だ。どうしてもカルセン侯爵を信用できない。
侯爵はふんぞり返り足を組んだまま、俺たちを値踏みしている。
目下の者に対して、遜る必要を欠片も感じていないのだろう。立ち上がる様子もない。
それでも片膝を突いて頭を垂れろと命令してこないだけ、こちらに配慮はしているのだと思われた。
「強そうには見えんが……。それとも、お前のような力を持っているのか? ならば戦力として数えられるが」
「彼らは、私たちと共に戦いはしません」
「なに? 仕えたいという希望者を連れてきたのではないのか?」
どうやら、仕官目的だと思われていたらしい。
カルセン侯爵の勘違いをユイが指摘する。
「彼らには、やらなくてはいけないことがありますので」
「……話が見えんな。どういうことだ? ただ私に挨拶をしにきたというわけでもなさそうだが?」
「はい。侯爵様にお願いがあります」
ユイの言葉に、侯爵が鋭い視線を返す。不機嫌さを隠そうともしない。口には出さないが、ユイが調子に乗っているとでも思っているかもしれない。
どれだけ強い力を持っていても、ユイは所詮平民だ。彼にとっては貴族である自分の方が上なんだろう。
だが、ユイは怯むことなく口を開いた。もしかしたらカルセン侯爵のこういった態度に慣れているのかもしれない。
「彼らには、ある存在から課せられた使命があるんです」
「使命……ある存在……」
カルセン侯爵の表情が微妙に変化した。その目が見ているのは、ユイの腰辺りだ。そこに下げられたデッキケースである。
「お前に力を与えた存在のことか?」
「はい。そうです。彼らはその存在から混沌憑きの親玉、混沌の王を探し出し、倒すように言われているんです」
「その混沌の王というのは、どのようなものなのだ? 魔王とは違うのか?」
「魔王よりも、もっと強いらしいです」
「……それは真か?」
「はい。放っておけば、世界の危機であるそうです」
「むぅ」
カルセン侯爵が初めて驚きの顔を見せた。同時に、焦りの色も見える。
こっちの世界で魔王というのは、軍が出動するレベルの脅威として語られていたはずだ。その魔王よりも強いとなれば、国が滅んでもおかしくはない。
世界の危機という部分を信じたかは分からないが、ユイの言葉を頭ごなしに否定する様子もない。
荒唐無稽な話だが、ユイの存在そのものが荒唐無稽なのだ。
そんなユイが語る以上、嘘だと言い切ることはできないのだろう。
「混沌の王とやらは、どこにいるか分かっているのか?」
「正確な場所はまだ……。今は、それを探しているのです。彼らに、この付近での行動の自由をお与えください」
「……混沌の王は魔王よりも強いという話だったな? 見つけたとして、その者たちで倒すことができるのか?」
「勿論です!」
ちょっと待った! ユイは自信満々に頷いたが、確実に倒せるかは分からないぞ? そりゃあ、全力は尽くすつもりだが、混沌の王がどれくらい強いかも分からないのだ。
だが、ここで不安を口にしても、カルセン侯爵に不審に思われるだけだろう。俺は焦りを隠して、グッと声を押し殺した。
「使命か」
カルセン侯爵が呟き、俺たちをジッと見る。
特別な力を持っているかどうか探っているのか? それとも、どう見ても神の使徒には見えないとでも思っているのだろうか?
いや、どうすれば俺たちを利用できるか考えているのかもしれない。
その視線には、純粋な興味以外の感情が混じっているのが分かった。
魔王よりも強いという混沌の王。それを本当に倒せるなら、俺たちの戦闘力は軍隊以上ってことになる。
それを配下にできれば、凄まじい戦力になるだろう。明らかに俺たちを取り込む算段をしている顔だった。
「よかろう。私の支配地域であれば、好きに動け。通達しておく」
「ありがとうございます。私もしばらくは彼らに力を貸すことになりますので」
「わかった。その者たちの世話は任せる」
「はい」
とはいえ、混沌の王は放置できないということも理解しているのだろう。まあ、どれだけ強い戦力が手に入ったって、滅んだら意味はないしな。
とりあえず、そちらへの対処をさせようと考えたらしい。カルセン侯爵は信用できんが、とりあえず当面の行動の自由は手に入れたかな?
侯爵の部屋を退出した俺たちは、客室へと案内される。その道中、俺はフォルからカルセンの印象を聞いていた。
ああ、念話が可能なので、俺とだけ内緒話が可能なのだ。
(どうだった?)
『……ユイに対しては、利用しているだけという感じですね。悪意は感じられなかったので、能力のある部下の1人という扱いでしょうか。反乱に関しては、大義などはないですね。自分の野望のために、権力を欲しているだけでしょう』
(なるほど。俺たちに対しては?)
『やはり悪意はありません。でも、利用してやろうという感じはありました。悪意なく他人を利用できる、厄介な人間なのでしょう』
俺の第一印象はあながち間違っていないかな? 善人ではないと思っていたが、やっぱり自分の野心に忠実なタイプであったらしい。
いきなり襲い掛かられるような危険性は減ったかもしれないが、心を許してはいけないだろう。
そんなことを考えていたら――。
ドゴオオオオォォオン!
凄まじい爆音とともに、屋敷が大きく揺れた。
「なんでありますか?」
「侵入者かも! ちょっと見てくるから、部屋で待っていて!」
ユイが爆発音の方へと駆けて行く。どうやら、ゆっくりと休むことはまだできそうにないようだった。




