244話 地脈汚染の実態
混沌憑き騒ぎの後、俺たちはその場を逃げ出していた。
兵士に取り調べなど受けては、ユイとの待ち合わせに遅れる恐れがあるからだ。
混沌憑きになっていたとはいえ、この町の住人だった相手を殺したことに変わりはない。すんなり解放とはいかないだろう。
そこで、俺たちは警備兵とかち合わないように大通りを避けて移動すると、その足で町の出口へと向かった。
フォルの感覚によって人の接近が分かるので、意外に簡単だったね。
騒ぎの報は届いていなかったらしく、町の出入り口で止められることもなかった。その時が一番緊張したのだ。
俺なんかカチコチで挙動不審なのに、ワフはいつもの調子で門衛さんと世間話をしていた。頼もしい反面、ボロを出さんかとハラハラもしたのだ。だって、余計なことを言いそうじゃないか?
「ふぅ……。なんとか脱出できたな」
「これも、ワフの日頃の行いの良さのおかげでありましょう!」
「……へいへい、そうだな」
「ふふーん!」
ドヤ顔のワフは適当に頭を撫でておいて、俺は地図を広げてゼド爺さんたちとこの後の動きを相談する。
「普通に移動しても平気だと思うか?」
「街道を離れて移動するのが良いと思う。最悪、あの町の兵士たちが儂らを追ってきたとしても、まずは街道筋を重点的に捜索するだろうからな」
「じゃあ、この丘陵地帯を突っ切って移動するか?」
「うむ。並の馬ならば難しいが、お主の大犀ならば問題あるまい」
「決まりだな」
俺たちはあえて、道の整備されていない丘陵地帯を進むことにした。このルートならば、兵が俺たちを追ってくるのも一苦労だろう。
ただ、その道は想像以上に危険だった。ワフが何度か死にかけたほどである。
最初、丘という言葉のイメージから、坂が少し多いくらいを想像していた。北海道の富良野とかのイメージだ。
だが、実際は岩と崖とクラックが無数に存在する、危険地帯であった。
ワフがクラックに落ちて飛行によって事なきを得たり、ワフが落石を槍で砕いて礫の雨に襲われたりと、一瞬たりとも気を抜けない。
こういった場所こそ、飛行モンスターに乗って通過したかったな。
イオリの手札にある島食い蟹辺りを召喚して、上に乗っていくという方法もあるが、さすがにここでは無理である。目立って仕方がない。
「む……。少々待ってください」
「どうしたんだフォル?」
「……近くで混沌の気配があります」
「ここでもかよ」
狭い範囲で2体も混沌憑きが生まれている。俺の想像以上に地脈の汚染が速いようだ。
「それで、その混沌はどの辺にいそうだ?」
「この先です。ただ……位置が妙ですね」
「妙っていうのは?」
「この感じですと、地面の下にいるかもしれません」
まあ、地面の下にだって生物はいるしな。モグラや昆虫などが、混沌に憑かれたのかもしれない。
ただ、その場合は討伐するのがかなり難しいことになりそうだった。さすがに、地面を深く掘るような時間はないのだ。
ゼド爺さんたちなら、時間を掛ければ掘ることはできるだろうけどね。
その時間がないんだから仕方がない。
そう思っていたら、意外にもすぐに混沌憑きの姿を確認することができていた。
「あれです! あれが混沌憑きで間違いありません!」
少し歩いた場所にある深い地面の裂け目の奥に、件の混沌憑きが潜んでいたのである。反応したフォルに手招きされ、一緒に地裂の底を覗き込む。
「あれは、何の混沌憑きだ?」
地割れの幅は3メートルくらいだろう。そこから入り込む程度の光では、底をハッキリと見通すことはできなかった。
黒い靄が蠢いていることは、なんとか理解できる。しかし、その内にいるはずの本体までは確認できない。
「たぶん、地虫の一種でしょう。小型の魔獣です」
オケラやコオロギに似た、昆虫型の魔獣であるらしい。戦闘力は低く、混沌憑きになりたてなら簡単に倒せそうだという。
「地面の中じゃなかったことは嬉しいが、手が届かないことに変わりはないな……」
スペルを使って攻撃するか? 俺の手札は肉体強化の呪印、赤熱の魔弾、ラーヴァショット、大爆炎、ストーンキャノン、ウィンドランスと、スペルばかりだ。
混沌憑きを倒せるなら、使うのはやぶさかではないが……。
「いますね」
「は、はい。私のカードじゃ、どうしようもありません」
俺の横では、エミルとイオリが仲良く並んで、地割れを覗いている。
エミルやワフでも、底までいけば身動きが取れなさそうだし、イオリの手札には使えるカードがないだろう。
「うーん、フォルたちで仕留められるか?」
「はい。任せてください」
「メメー!」
ここは、姿形を変えられる精霊コンビに任せることにした。
フォルとメーが飛び出していってから3分後。崖の底で、魔力の光が煌き、黒い靄が消えるのが見えた。
やはり、生まれたての混沌憑きなら案外簡単に対処できそうだ。
ただ、問題は混沌憑きの強さではなかった。
「1つ分かったことがあります」
「なんだ?」
戻ってきたフォルが、神妙な顔をしている。メーもプルプルと震え、何かを訴えかけているようだった。
「この土地の地脈は、こちらの方角に向かって流れています」
「北か」
「はい。そして、混沌の王の居場所と言われているのは、こちらですね?」
「ああ。ここから南の場所だ」
「混沌の王により、地脈への混沌の流入が加速しています。多分、ここから南へと近づくほど、混沌憑きの数は増すでしょう」
「メメ!」
「すでに、被害が出ているかもしれません」
混沌憑きが暴れている可能性があるというのは、確かに見過ごせない。だが、フォルたちが真に危惧しているのは、そこではなかった。
「北にある樹海。そして、竜の住む山。もし、混沌の汚染がそこまで及べば……」
「樹海の魔獣や、竜が混沌憑きになる?」
「はい。私の宿る樹が混沌を浄化していますが、間に合わなくなれば北へと流れて行くでしょう」
今はまだ、大精霊の座が防波堤になってくれているらしい。だが、その北は、恐ろしい魔獣たちがウヨウヨと潜んでいる樹海の深層だ。そこからさらに北に行けば、竜が無数に住む山脈がある。
竜の混沌憑きなんて、まさに魔王と呼ばれるような存在だろう。それが大量に生み出されたら、本気で世界が危機に陥るかもしれない。
「いや、1体だけでも生まれたら、甚大な被害が出るか……」
「あの山の竜が最初に襲うのは……。シ、シーカー国が、危険ということですか?」
シーカー国に友人が住んでいるイオリは、愕然とした表情だ。遠く離れた北の国が実は非常に危険な状態にあるなんて、思ってもみなかったのだろう。
「トールさん。急ぎましょう!」
「まあ、待て。俺たちが急いだところで、ユイが早く到着するわけじゃないんだ」
「そ、そうでしたね。すみません」
被害をできるだけ少なくするためには、意外と時間的猶予がないのかもしれなかった。




