243話 人の混沌憑き
ユイを見送った翌日。
俺たちは準備を済ませ、ライアン爺さんの屋敷を出発していた。ユイとの合流地点へと向かうためだ。
「世話になったな、ライアン」
「この程度では、恩など返しきれておりませんぞ。また寄って下され」
爺さんたちがガシッと抱き合って、互いの背中をバンバンと叩き合っている。
俺たちの荷物は少ない。ライアン爺さんに用意してもらった大容量の拡張袋のおかげだ。
食料に魔道具に薬類。3つの背嚢に全てが仕舞いこまれている。
さすが大商会だ。金を出せば手に入るってもんじゃないと思うんだけどな。欲しいと伝えて、たった1日で手に入れてくれていた。
このまま町を出て、モンスターたちを待機させている森まで戻ることになっている。そこでモンスターたちを拾い、夜まで待ってユイと合流する計画だ。
そうして、俺たちは町の出口へと向かっていたのだが――。
ドガアァン!
「きゃああああぁ!」
「うわあぁぁぁ!」
何かが破壊されるような音とともに、人々の悲鳴が聞こえた。最初は喧嘩か何かかと思ったが、どうやら違っているらしい。
人々の悲鳴は一向に止まず、破壊音も連続して聞こえてくるのだ。同時に、獣のような咆哮が轟いていた。
「ウガアアアアァ!」
住宅街へと続く路地の方だ。魔物でも町に入り込んだのか?
「ゆくぞエミル!」
「はい!」
「ワフたちはここでトールを守れい!」
「了解でありますぞ!」
ゼド爺さんがエミルを連れて駆け出していく。元騎士として、見過ごすことができないんだろう。
「ワフ、ポーションを用意しておこう。怪我人が出てるかもしれない」
「そうですな!」
「イオリ、周囲を警戒していてくれ。何が起きたか分からないし」
「わ、わかりました!」
うちの奴らは、遺憾ながらこういった突発的なトラブルに慣れている。ワフもエミルも、即座に動き出したしね。
ただ、仲間になったばかりのイオリに、そこまで求めるのは酷だろう。目を白黒させながらも、慌てて周囲に目を走らせている。
そもそも、慣れるのがいい事なのか分からないし。それだけ、トラブルに巻き込まれているってことだからな。
しばらくすると、ゼド爺さんたちの叫ぶ声が聞こえた。
「皆の者! 逃げよ!」
「逃げてくださーい!」
「ガアアアアア!」
「かかってこい! 化け物め!」
さほど離れていない場所で接敵したらしい。様子見で済まなかったか。
俺たちも現場へと向かうべきかどうか悩んでいると、数人の人影がこちらへ走ってくるのが見えた。
正にこけつまろびつ。誰の顔も恐怖に染まっている。
「おーい! 大丈夫か? 何があった?」
「ば、化け物が急に……。人が、化け物になって……!」
「人が化け物?」
それって、もしかして……もしかしちまうのか?
「ど、どんな様子だったのかわかるか?」
「お、女の人が、急に黒い煙みたいなのに覆われて、それでデッカくなって……!」
黒い煙。間違いない。混沌憑きだ!
人間の混沌憑きが、遂に出現するようになっちまったってことかよ!
「フォル?」
俺が視線を送ると、フォルが硬い顔で頷いた。残念ながら間違いないらしい。
「イオリ、ここで荷車を見ていてくれ! けが人がいたら、ポーションを飲ませてやってほしい!」
「は、はい」
「我らはジジ殿たちへの加勢ですな!」
「ああ! いくぞ!」
ゼド爺さんたちだけで混沌憑きとやりあうのは無茶過ぎる! 早く加勢に入らないと!
そう思っていたのだが――。
駆け付けた俺たちが目にしたものは、予想外の光景であった。
「たあああ!」
「グガァ……!」
エミルの突き出した槍が、まるで巨人のような姿の混沌憑きの胸を貫いてる。混沌憑きの上げる咆哮は、先程と違って悲壮感が漂っていた。明らかに、断末魔の悲鳴だ。
どうやら、手助けをするまでもなかったらしい。
「大丈夫かっ!」
「トールか。なに、この程度の相手、我らだけで十分よ」
「でも、混沌憑きなんだぞ?」
「やはりそうだったか。だが、以前戦った者たちよりも、大分弱かったぞ?」
「そうなのか?」
「うむ。儂が手助けするまでもなかったのう」
なんと、ほぼエミルだけで倒してしまったらしい。足や手に穿たれている傷も、彼女が戦って付けた傷であるそうだ。対して、エミルは無傷である。
「エミル、大丈夫か?」
「はい! 頑張りました!」
本当に一撃も貰わなかったらしい。いくら強化されているといっても、混沌憑き相手に無双できるのか?
「エミル、こいつは弱かったか?」
「はい。動きも遅いですし、単調で……。以前の私が、体だけ大きくなったって感じでしょうか」
「なるほど」
もしかして、素体が弱いから、混沌憑きになっても大したことがないってことか? 身体能力はアップしても、戦闘技術がないのだ。
だから、エミルやゼド爺さんからすると、デカイだけの鴨なのだろう。
ただ、これが大量に出現するようなことになれば、大きな被害が出るはずだ。町中に急に出現する人の混沌憑き。その厄介さをようやく理解できた気がした。
申し訳ありません。
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