240話 夜の烏
夜半。
俺たちはライアン爺さんの屋敷で歓待を受けた後、客間で就寝していた。
俺の部屋はワフと俺とゼド爺さんの3人部屋だ。いや、ベッドは2つだけどね。
俺とワフが一緒のベッドである。
女性部屋に行けといったんだが、新しい場所で俺のそばから離れるなどできないとワフが主張したのだ。
寝る前にはベッドの上でシャキーンとポーズを取りながら、「どのようなことが起きるか分かりませぬからな! ワフがこの身に代えても絶対に主をお守りいたしますぞ!」と、ドヤ顔で宣言していたのだが……。
「スピー……スピー……」
「熟睡してんな」
腹を出したあられもない恰好で、鼻提灯を膨らませている。
この体たらくで何から守れるというのだろうか?
そんなことを考えながらワフの寝顔を観察していると、不意にその鼻提灯が弾けた。同時に、瞼が震える。
「むゆ……む……」
やべ、起こしちまったか?
だが、ワフは俺の声に反応した訳ではなかった。
突然、カッと目を見開くと、ベッドの上に勢いよく立ち上がる。
「何者でありますか!」
寝起きでもマックステンションだ。鋭い目で、部屋の隅を睨みつけている。深夜だから小さい声ではあるが、問い詰めるような口調で何者かに問いかけた。
何かの気配を感じ取ったのか?
「何かおるのか?」
「爺さんも起きたか」
「これだけ騒げばのう」
さすがに、同室のゼド爺さんは気付くか。
「だが、儂には気配など感じられんが……」
「ワフには分かりますぞ。魔力の気配であります」
俺たちは自然と立ち上がり、ワフと同じ方向を見つめた。
数秒の沈黙。そして、変化が訪れる。
「クワー」
影から浮かび上がるように、カラスに似た鳥が出現したのだ。姿、形、サイズはカラスにそっくりだ。
ただ、色合いがおかしかった。体の右半分が白、左半分黒という不思議な姿であったのだ。あれだ、アシュ○男爵みたいなのである。
「急に現れたのう。不可思議な」
「敵でありますか?」
ゼド爺さんとワフは警戒しているが、俺は相手の正体が理解できていた。
こいつは『虚ろと空の烏』。MMMに存在する、白のカードモンスターである。
虚ろと空の烏 モンスター:魔鳥
白4 0/1 UC
飛行、透明
白1:アタックが必ず成功する
足で白い紙を掴んでいる。手紙のようだ。
「クワー」
「その手紙、ユイからか?」
「クワ!」
器用に頷くカラス。やはりそうか。俺が取りにいこうとすると、ワフが先に動いていた。
警戒するようにジリジリと近づくと、バッと手紙を拾い上げる。そして、カラスから視線を逸らさぬまま、手紙を俺に渡してくれた。
「どうぞ!」
「おう。ありがとう」
俺が手紙を広げている間、ワフとゼド爺さんが首を傾げながら部屋を見回している。
「どこから入ってきたのでありましょうか?」
「うむ、窓は開いておらぬが……」
「扉もですぞ」
侵入経路が気になるのだろう。
「気配や姿を消せるとしても、儂らに気付かれずに侵入するのは難しいはずだ」
「そうでありますなぁ」
爺さんたちの言う通り、このカラスは隠密性抜群のモンスターだ。しかも、強化されていなければ戦闘力はない。
メッセンジャーに最適だろう。
ただ、こいつの真価は、確実にアタックが成功するという特殊能力にある。何らかの手段で強化できれば、必殺のアタッカーとなるのだ。
アタックが必ず成功する。それだけでは、リアルではどんな能力なのか想像できないかもしれない。
しかし、俺には当たりが付いている。こいつは虚空を渡る烏という設定だったはずだ。多分だが、短距離の空間転移が可能なのだと思う。
ただ、魔力を消耗する特殊能力を使用するには、主の許可が必要なはずだが――。
「なるほど」
「なんと書かれていたのですか?」
「反乱に参加してるってことと、すぐ近くに来ていると。内密に話がしたいから、窓を開けて欲しいと。どうする?」
「よいのではないですか? 元々ユイ殿に会いにきたのですから」
「そうなんだが、ここって人様の屋敷だろ? 勝手に人を呼んでいいのか? というか、不法侵入じゃんか」
しかし、ユイが内密と書いてきている以上、ライアン爺さんに事情を説明するわけにもいかない。
「うむ……。仕方あるまい。かの女性の協力を取り付けることは、我らにとって最優先事項じゃからのう。なんぞあれば、儂がライアンに頭を下げる」
「俺も一緒に謝るさ」
今は時間がない。ここは、ユイの言う通りにしよう。
「では、窓を開けますぞ!」
「ああ、頼む」
ワフが窓辺に駆け寄ると、ガラスのはめ込まれた窓を開け放つ。屋敷の窓全部にガラスが使われているのは、さすが大商人の屋敷って感じだよな。
外に向かって開けられた大きな窓から、風が吹き込んでカーテンがはためく。月明かりに照らされた庭園が美しい。
その直後、闇の向こうから人の気配がした。
「おひさしぶりトールさん」
「ああ、ユイもな」
たった一人で現れたのは、白のカード使いであるユイだった。
「会えて嬉しいんだが、こんなところにいていいのか?」
「大丈夫。私のモンスターたちには、ゼバル様に従うように言って残してきてるから」
「ゼバル?」
「カルセン侯爵様のお名前よ。侯爵様って言っても、凄く気さくなお方だけどね」
どうやらリシューの私兵という扱いではなく、侯爵とも親しくできるような地位であるらしい。
さて、反乱軍の幹部に近い立場の彼女は、どこまで俺たちに協力してくれるだろうか?
「女性を迎える場所が寝室で済まないが、そこは勘弁してくれ」
「内密にしてほしいって書いたのは私だから。それで、私を探しているってことだけど、どんな用なのかな? もしかして、私たちの仲間になってくれるとか?」
「どうだろうな? 場合によってはそれもあり得るかもしれないが……。とりあえず、俺たちの話を聞いてくれるか?」




