209話 他の侵入者
様相の変わった30階から上の層を、俺たちは再び進み始めたのだが、今度は仮眠室の並ぶフロアが延々と続いているだけだった。
私物の持ち込みが禁止されていたのか、どこの部屋にもリネン類が風化した埃以外に、発見できるものはない。
だが、見落としがあっては大変と、全ての部屋を覗かなくてはならないのだ。何の成果も上がらない探索を続けることにより、体力よりも精神的に疲弊してきた。
その後、新たな発見があったのは、すでに塔を3分の1は登ったと思われる、40階でのことだった。
「おいおい、こりゃあ……」
「す、すごいですね」
階段を上がったすぐ脇の壁に、大きな穴が空いていたのだ。確実に上の階にも影響が出ているだろう。直径7、8メートルほどはありそうだ。
穴の周辺には泥が大量に付着している。雨が吹き込んだのだろうか?
「こんな景色、始めて見ました」
「おー、凄いな」
思わず、エミルと一緒に外を眺めてしまった。
遠くには夕日に照らされて、燃えるように赤く色付く山々が見える。
下に目を向ければ、そこに広がるのは生命力に溢れる緑の絨毯だ。数多の魔獣が生息する地獄のような樹海も、こうして上から眺めると美しさしか感じなかった。
高さは200mを優に超えているだろう。東京タワーの展望台から下を見た時の高さに近い気がする。ああ、上にある方の展望台な。
「しかし、こんな穴、空いてたか?」
外から塔を見た時に、これほど巨大な穴を見落とすことはあり得ないと思うが……。
「我らがやってきた南側からは、死角になっていたのでありましょう」
「そういうことか」
今この穴から見えている山は、樹海の北にある竜が棲んでいるという山脈だ。南側から一直線に塔へと向かってきた俺たちからは、完璧に死角になっていたらしい。
「うーむ、それにしても……」
穴の周囲を調べていたワフが、唸り声を上げる。
「いくつか分かったことがありますぞ」
「さすがワフちゃん。それで、何が分かったの?」
「まず、この穴は外から空けられております。瓦礫の飛散具合から見ても、間違いないでしょう」
確かに、このフロアの中には壁だった物の残骸が散らばっている。外からかなり強烈な衝撃が加えられたのだろう。
「隕石か何かがぶつかったのか?」
この塔の建材は相当強固である。バルツの森の主たちが総がかりで、ようやく破壊できるレベルである。
そんな塔にここまで巨大な穴を開けるとなると、隕石か、ドラゴンのブレスか、そのレベルの攻撃が必要となるだろう。
「いえ……。穴の周辺や瓦礫に、焦げ跡などが一切ありませぬ。隕石でもドラゴンブレスでもないでしょう」
「じゃあ、スフィンクスか?」
奴の巨体から繰り出された一撃なら、可能性はあるだろう。
「さて……。しかし、この穴から、この塔へと入り込んだと思われる足跡がありますな。スフィンクスではなく、その侵入者が開けたと考える方が自然でありましょう」
「何? 侵入者?」
「そうでありますぞ。ここに人の足跡があり、こちらには何やら獣の足跡のようなものが残っております」
ワフに言われるがままにその場所を見てみるが、俺には泥っぽいものが付着しているようにしか見えなかった。
だが、ゼド爺さんには理解できたらしい。
「なるほど。確かに人間の足跡だな。しかもこれは、それほど古くないのではないか?」
「さすがジジ殿であります! ワフの見立てでは、1ヶ月以内のものと思われます」
「え? マジか?」
「マジでありますぞ! 場合によっては、1週間程度しか経っていない可能性もありますな」
つまり、俺たち以外にも直近で侵入者がいたって訳か。
しかも、この塔に大穴を開けるだけの力がある。
「何者ですかね?」
「うーん、正直分からんが……。そもそも、人と獣は一緒に行動しているのか?」
穴を開けた奴と侵入者たちが同一の存在かも分からないのだ。
「いや、俺以外にカード使いがいれば……」
カードの中には、これができそうな攻撃魔術がいくらでもあった。獣を従えていることにも説明が付く。
しかし、その可能性は低い。もう、俺以外のカード使いはユイしか残っていないはずなのだ。
セルエノンの言葉によれば、この世界に干渉している神は4柱。
嘆く他の神様に対して使徒の再召喚を許可した時にセルエノン自身が一緒に再召喚したとしても、俺を含めて最大で5人までのはずだ。
セルエノンも、使徒は何人も召喚できるものではないと言っていたし、1柱につき1人で間違いないだろう。
最初のカード使いである俺。黒のカード使い白井光樹。赤のカード使い呉井衿緒。黄のカード使い山吹絵馬。そして、白のカード使い鳩村由依。
可能性があるのは、移動手段である空中戦艦を持つユイだが……。
「ユイはここの事を何も言っていなかったしな。それとも、情報を隠している?」
「今それを考えても仕方なかろう。それよりも、ここからはさらに慎重に進まねばならんぞ。この足跡の主が、この塔を出たとは限らんのだからな」
「そうだな。爺さんの言う通りか」
敵か味方か分からないが、敵だと思っておいた方がいざという時に対処しやすいのだ。
「できれば、敵じゃないとありがたいんだがな……」




