205話 塔下層
スフィンクスが去った後、俺たちは樹海を抜けて塔へと到達していた。
塔の周囲15メートル程には樹木が生えておらず、そこだけがポッカリと拓けた空白地帯になっている。やはり、特殊な場所なんだろう。
襲撃を警戒しつつも、外から塔を観察する。
「門は閉まってるな。開くか?」
開かなかった場合、他の場所から侵入せねばならないだろう。だが、上層階には窓の類が僅かにあるものの、下層部には出入りできそうな場所は一切なかった。
ゼド爺さんたちが門を押し始める。
「ぬうぅん!」
「ガアア!」
門はかなり巨大だ。金属製で、高さは3メートルほど。横幅も2メートル以上あるだろう。しかし、今のゼド爺さんたちの腕力は凄まじい。
ゼド爺さん、虎人の大剣士、ワフ、エミルの4人で押せば、1トンを超えるであろう金属扉がゆっくりと開いていった。
スフィンクスが襲ってくる様子はない。まだ消耗が癒えていないのだろう。
「よし! これだけ開けば十分だ! まずは偵察要員を送り込む」
俺は手札からポルターガイストメイドを呼び出した。
「ウアア!」
「あとは、蔦鼠とフォルも一緒に中を見てきてくれ!」
「チュ!」
「わかりました」
物理透過のメイドさんと、精霊のフォル。小柄な蔦鼠であれば、罠にひっかかる危険性は低いはずだ。
周囲を警戒しながら待つこと数分。偵察部隊が戻ってきた。
「1階の入り口付近に怪しいものはありませんでした。罠もないと思います。彼女がそう言っていますので」
「ウア!」
メイドさんが物体透過で壁の中などもしっかり確認し、罠が仕掛けられていないことを確認したようだ。
俺たちは順番に塔の中へと突入する。
「なんじゃこれは……。壁その物が光っておるの」
「ああ。灯は必要なさそうだ」
ゼド爺さんの呟きの通り、塔内部では壁が僅かに発光し、内部を照らしていた。
光量自体は少ないものの、外周全ての壁が光を放っているおかげで、十分に周囲を見渡すことができた。暗めの博物館や美術館くらいだろう。
「これ、何でできてるんでしょうね?」
エミルが気になったのは、塔の材質か。外からは石材に見えていたが、内部はもっと違う素材でできているように思える。
俺も軽く触ってみた。
金属に似ているが、鉄とも思えない。分かるのは、古代エルフの技術力がかなりの水準にあったということだけだった。
「にしても、何もないな」
「そうでありますな」
1階フロアを見回しても、ホールのような広い空間になっているだけで、特に目立つ物はなにもない。部屋の中央に階段があるだけだ。
「でも、一応探索してみよう。この塔の調査が目的なんだ」
「うむ。そうだな」
「みんな! 1階を調べてくれ! 罠に気を付けてな!」
「わかりました」
「ウアー!」
フォルやメイドさんだけではなく、バルツビーストたちも1階に散っていった。
塔に入っていないのは、ワイバーンだけである。さすがに、飛べるほどの広さはないからな。樹海で待機だ。
「トールさん! これを見て下さい!」
「どうした!」
「これは何でしょうか?」
「うーん……。魔法陣みたいに見えるが……」
エミルに呼ばれて向かうと、階段の横の床に丸い円のような物が描かれていた。マンホールくらいのサイズで、その内側には見慣れない文字が規則的に書かれている。
「何かあったか?」
「ゼド爺さん。これ、何なのか分かるか?」
ゼド爺さんやフォルにも尋ねてみるが、誰もこの魔法陣の正体は分からなかった。バルツビーストたちに触れさせてみるが、特に何も起きはしない。
仮説はある。
エレベーターや転移といった、移動用の何かなのではなかろうか? 古代エルフ文明は相当進んでいたようだし、塔を登るための手段が階段だけということはないだろう。
階段の横にあることからも、これが移動手段である可能性は高いと思う。
普通の魔法陣は、外部から魔力を流すことで起動する場合があるそうだが……。
何らかの罠や、想像もできない効果が発揮されることだってあり得る。その場合、俺たちにも危険が及ぶかもしれない。
「とりあえずこの魔法陣の調査は保留だ。最上階まで行って、何もなければ改めてこれを調べよう」
「うむ。そうだな」
「私もそれがいいと思います」
ゼド爺さんやエミルも、最悪の場合を考えたらしい。俺の言葉に積極的に頷いてくれた。
ただ、ワフだけが何やら腕を組んで唸っている。
「ワフ、どうした?」
「ちょっとお待ちくだされ。もうちょっとで読み解けそうなのでありますぞ」
「え? もしかして、魔法陣の文字が分かるのか?」
「古代エルフ語でありますからな。当然わかりますぞ。ただ、かなり難しく……」
まじか! また出たよ。ワフの謎の万能スキル! 古代語の解読も、雑用扱いなのか?
「これは、塔内の転移装置であるようですな!」
「やっぱそうなのか!」
「はいであります! しかし、動いてはおらぬようです」
「壊れているということかのう?」
「というよりは、動力の一部が死んでいるのでしょうな。魔力が不足しているのだと思われます。起動するにはかなりの魔力が必要ですので、外部からの供給も難しいでしょう」
「つまり、塔を登るのは結局自力で行けってことか」
「そうでありますな」
まあ、最初から階段で登るつもりだったし、いいけどね。
それに、魔力が不足しているなら、警備システムも動いていないかもしれないのだ。
「1階にはこれ以上は何もないみたいだし、次の階に行くか」
案の定、2階、3階と、罠やガーディアンの類は一切見当たらなかった。1階と同じような、広いホールがあるだけだ。
考えてみたら、ここはダンジョンではなく、古代エルフの作った気候制御施設だ。たくさんの研究者や魔術師が働いていた可能性もある。となると、内部の人間の邪魔になる罠や迷路なんてものは、元々ないのかもしれない。
守るだけなら、兵士を配備すればそれでいいんだしな。日本だって、発電所や電波塔に、罠なんてものは仕掛けないのだ。
「このまま、楽に登れるといいんだけどな」




