194話 バインダー修復
「まずは――ほい」
「うぉ!」
セルエノンが軽く指を鳴らすと、周囲の光景が一変した。
それまでは何もない白い空間に浮かんでいるだけだったのだが、今は柔らかい革張りのソファに座っている。
相変わらず周りが白い空間なことに変わりはないが、その謎空間に浮かぶように、壁のないリビングスペースが生み出されたのだ。
六畳ほどの黒い床に、ソファやテーブル、小型冷蔵庫やテレビまでもが配置されていた。観葉植物もある。
「飲み物はコーラとかでいい?」
「あ、ああ」
「ここ? 君がリラックスできるようにイメージした空間さ。落ち着くだろ? ああ、普段からここで寛いでるわけじゃないからね?」
セルエノンが冷蔵庫から瓶入りのコーラと、グラスを取り出して俺の前に置いた。自身は俺の対面に腰かける。
「あー、派手に壊れたねぇ」
いつの間にか、セルエノンの前には壊れたバインダーが置かれていた。ハーピーリーダーに破壊された時のまま、真っ二つに引き裂かれている。
「直すのはすぐ終わるけど、少し弄ってみるかね……。君の感覚だと30分くらいはかかるから、楽にしていていいよ? あ、戻る時はさっきの瞬間に戻るから、仲間のことは心配しなくていい」
「そ、そうか……。なあ、バインダーはなんで壊されたんだ? 俺、実体化させてなかったんだが……」
「簡単に言っちゃえば、あれが混沌憑きだったからだねぇ」
「混沌憑きは、ライフバリアを無視したり、バインダーを直接攻撃できるのか……」
いや、それはおかしい。以前にコボルトの混沌憑きと戦った時、ライフバリアは確かに作動していた。
もし混沌憑きがライフバリアを無効できるのであれば、俺はあの時に死んでいたはずだ。
「ただの混沌憑きじゃなくて、より濃いと言えばいいのかな? 多くの混沌を取り込んで侵食が進んだ、上位の混沌憑きだったんだよ」
混沌憑きにも、力の大小があるらしい。元になった魔獣の力というよりも、混沌そのものの強弱が重要であるようだ。
「……混沌憑きって、なんなんだ?」
以前、大精霊から混沌について聞いたことがある。別の世界からやってきた、病原菌のような存在で、混沌を取り込み過ぎると暴走する。
だが、こんな力があるとは思ってもいなかった。
「以前、君が聞いたことが全てだよ? ただ、君が思う以上に厄介と言うだけさ。奴らは世界を侵食する力を持つ。混沌の力が増せば、この世界の理さえ捻じ曲げるんだ」
「魔法とかとは違うのか?」
あれも、大概物理法則を捻じ曲げていると思うが?
「地球生まれの君にはそう見えるかもしれないけど、魔法も君に与えた力も、この世界の理に則った力だ。そうできるように、僕らが世界を調整している。でも、上位の混沌憑きはそういった世界の法則を無視することがある」
神様ですら想定外の、規格外の現象を起こす力を得るってことらしい。ただ、個体差が大きく、一概にどんな力とは言えないそうだ。
「君を襲ったハーピーリーダーは、攻撃力全振りタイプだったみたいだ。どんなモノでも狩ることができる力を、本能で望んだんだろうね」
それゆえに防御面は普通のハーピーとそれ程変わりはなく、俺たちでも倒せたそうだ。
「上位混沌憑きを狩った報酬は、結構大きいよ」
「報酬か……」
そこで、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「なあ、セルエノンは、俺にどうしてほしいんだ?」
「どうとは?」
「混沌憑きを倒したら、報酬がたくさんもらえるよな? 魔力も、ポイントも。つまり、セルエノンは混沌憑きを倒させたいんじゃないか? だが、人間同士でも、報酬が高いだろ? その、俺をどうしたいんだ?」
ずっと気になっていたことだ。混沌憑きを倒した際の報酬だけが大きいのであれば、実は俺をこっちの世界に連れてきたのは、混沌憑きに対応させるためだったのだと思える。
しかし、同じ転生者を殺して、莫大な報酬がもらえる理由が分からない。むしろ、転生者同士で連携させる方が、効率はいいだろう。
「ふむ、そうだね……」
セルエノンの瞳が、俺を見つめる。まるで全てを見透かすかのような、鋭い視線だ。ヘラヘラと笑っているイメージのセルエノンがこんな表情をすると、かなり迫力があった。
俺は息を飲んで、見つめ返すことしかできない。
「……」
「……ふむ。今の君になら、教えてもいいかな?」
「今の、俺?」
「うん。かなり成長したじゃないか。転生した時の君に、『使命があるんだ、キリッ!』なんて告げてたら、どうだった? 転生止めますって言ってなかった?」
「……言ってただろうな」
他の世界に転生して、神に使命を与えられて俺Tueee。読者として楽しむならともかく、自分がその立場になると言われたら……。絶対に嫌がっていただろう。
「でも、大事なモノができた今の君なら、きっと大丈夫さ」
色々な気持ちが湧いてくる。だが、今はセルエノンの話を聞こう。
そして、見たことないくらい優しい微笑みを浮かべたセルエノンが、語り出す。俺たちが、こっちの世界に転生させられた本当の理由を。
「好きに生きればいいと言ったのは本当さ。でも、混沌の王を倒してほしいという想いもある」
「混沌の王?」
「全ての混沌の根源。この世界を侵食する、混沌憑きたちの大元となる存在だ」




