193話 ハーピー撃退
黒い光に包まれたハーピーリーダーが、一際甲高い声を上げる。
「キイィィィィ!」
「成功したか?」
その直後、俺達はハーピーに発見された。俺がリーダーに何かをしたのは分かるのだろう。怒りの表情でこちらに向かってくる。
まだ俺のライフバリアは2までしか回復してないんだぞ!
「リ、リーダー! 他のハーピーに攻撃止めさせろ!」
「クキィィィィィィ!」
俺がそう叫んだ直後、ハーピーリーダーが俺に突っ込んできた。他のハーピーの数倍近い凄まじい速度で、あっと言う間に俺の目の前にいる。
「こ、混沌憑きか!」
遠目では黒い体毛に見えていたが、半分ほどは混沌のオーラだった。元々黒い体毛だったため、分かり辛かったのだ。
「は、迫力があるな……!」
胸の膨らみがあることで何とか女性型だと分かるが、それ以外はオーガにしか見えなかった。少なくとも美しさとは無縁である。
しかも身長は3メートルを超えていた。
「だが、精神完全支配の――」
「クケェェェ!」
漆黒の巨大ハーピーは地上数十センチでホバリングしながら、まるでバレリーナのように長い右足を振り上げる。
「え?」
「主! 危ない!」
「クッケェェェ!」
直後、それまで俺が立っていた場所に、ハーピーの足の爪が突き立てられていた。ワフがタックルしてくれなかったら、まともに直撃を受けていただろう。
「なんで! おい! 言うことを聞け! そのまま動きを止めろ!」
「クッケェェ!」
「ぎぃぃ!」
ハーピーリーダーは止まらない。さらに蹴りを放ち、追撃をしてくる。
その蹴りの一発が、俺の左腕を直撃していた。
灼け付くような熱。そして、俺は絶叫を上げた。
痛い。そう、痛かったのだ。
「ぐがあぁぁ!」
ライフバリアは絶対にまだ残っていた。そのはずなのに、左の二の腕からは大量の血が溢れ出している。ハーピーの足の爪が、俺の腕を深々と切り裂いていた。
痛みっていうのは、こんなにも恐ろしいものだったのか?
血を流すっていうのは、こんなに恐ろしいことだったのか?
言葉にならない。
仲間たちは、こんな恐ろしいことに耐え、戦っていたのか……。
俺は荒い息を吐き出しながら、傷口を押さえることしかできなかった。自分の目に涙がにじむのが分かる。
「くぅぅぅ……」
「クッケケケェェェェェ!」
「があああぁぁっ?」
再びの激痛。今度は脇腹だ。やはり、ライフバリアが発動しなかった。
先程以上の熱と痛みが、脇腹から発せられている。
しかし、俺はそれすらも一瞬忘れるほどの、激しい衝撃を覚えていた。
「バ、バイン、ダー……!」
セルエノンから貰ったカードバインダー。今まで自分以外には触れられたことがないその神器にも等しいバインダーが、なんとハーピーの爪によって真っ二つに引き裂かれてしまったのだ。
目の前で破損し、そのまま虚空へと溶けて消えてしまうカードとバインダー。そう、俺が所持していたはずのカードまでも、消え去ってしまっている。
「……え?」
慌てて腰を見た。カードデッキはある。手の甲を見る。そこに、ライフバリアと魔力を表す数字は描かれたままだ。
しかし、バインダーとカードはない。
「ツリー、バインド」
俺は手札にあったはずのカードを使おうとしてみた。普段なら、これで発動するはずだ。しかし、何も起きはしなかった。魔力も減らない。
「な、んで……」
精神的な衝撃と、再びぶり返してきた激痛のせいで呆然とする俺の前で、ハーピーリーダーが再び足を振り上げる。
「うあぁ……」
恐ろしい。それに、痛みのせいで思うように体が動かない。しかし、それがどうした! 仲間たちは、散々大怪我をしてきた。俺はそれを見てきたのだ。
その時、みんなはどうだった? 泣いて立ち止まって、無力だったか? 違う、みんな、それでも立ち上がって、抗っていた。
今までライフバリアに守られてきた俺が、この程度で諦めてどうする!
俺は脇腹から大量の血が流れ落ちる感覚に耐えながら、なんとかその場から飛び退いた。ギリギリ、ハーピーの攻撃を回避する。
ハーピーはそのまま追撃をしようと身構えたが、その前に俺と奴の間に立ちふさがる小さい影があった。
「主! 大丈夫でありますか!」
「ワ、ワフ……」
その小さな背中が、なんと頼もしい事か。
ワフが俺に振りかけてくれたポーションのおかげで、痛みは大分和らいだ。これがポーションの効果なのか。
クレナクレムにきてから、本当にちゃんとその効果を味わったのは初めてだ。なるほど、これがポーションで傷が治る感覚なんだな……。
「ちょりゃあぁぁ!」
「クケェェ!」
電撃を纏う大剣を警戒したのだろう。僅かに下がるハーピーリーダー。そこをエミルとゼド爺さんは見逃さなかった。
「トールさん! この!」
「ぬりゃああ!」
「クギャァァ!」
エミルの白い槍が右の翼を貫き、ゼド爺さんの黒い長剣が左の翼を深々と切り裂く。相当強靭であるはずのその翼が、まるで紙でできたハリボテのようであった。
翼を失ってバランスを崩したハーピーリーダーは、そのまま地面へと落下する。尻餅をつくような格好でこっちを睨んでいるが、それだけだった。
「ちょりゃああああ!」
「クケェェ――」
そこへ、ワフの大剣が炸裂だ。堕天使も倒してみせた、投擲攻撃である。
巨大な大剣で頭部を潰されたハーピーリーダーの死骸が、ゆっくりと後ろへ倒れた。強力な混沌憑きにも、たった3人で対処できるほどに仲間が強くなっていたことに改めて驚きだ。
「ハーピーが逃げてきます!」
「リーダーを失ったからな」
エミルとゼド爺さんが見つめる方を見ると、俺達に向かってきていたハーピーたちが、慌てた様子で逃げ出していくのが見えた。何とか襲撃を退けたってことだろう。
だが、俺は喜び半分、困惑半分であった。
「ワフ、なんともないか?」
「何がでありますか?」
ワフに影響はないらしい。だが、何度念じても、バインダーが復活することはない。
「カード、使えなく――」
「やあやあ、久しぶりだねぇ」
「え?」
俺がワフに相談しようとした直後、目の前の景色が唐突に変わっていた。何の前兆もなく、本当に一瞬だ。
真っ白な不思議空間。見覚えがある場所である。俺が転生をした時、セルエノンと出会った場所だからだ。
そんな場所に一瞬で俺を連れてきて、声をかけてくる存在は一つしかないだろう。
「セルエノン」
「へぇ。なかなか逞しい顔になったじゃないか。さて、色々と言いたいこともあるだろう。ただ、まずはバインダーを修復しちゃおうか?」
「な、直るのか?」
「当然さ。その為にここまで喚んだ訳だしね。ま、直す間は暇だし、ちょっとお話でもしておくかい?」




