186話 鳩村由依の目的
塩を求めているという、白のカード使い鳩村由依。たかが塩とは言えない。塩が主な原因となって、戦争が起きることだってあるからな。
「クラウドローズで、海に行けばいいんじゃないのか?」
「ですが、そう簡単な事ではないんです」
鳩村の説明を聞いて、なるほどと思ってしまった。まず、魔力の問題。クラウドローズで遠い海まで行くには、往復でかなりの魔力がかかるらしい。何度も往復するのは無理だった。
それに、発見されれば当然騒ぎになるだろうし、北部の所属だと分かればそれが原因で戦争が始まるかもしれないのだ。
この世界、飛行戦力は非常に珍しいが、空を飛ぶ魔獣などもいる。その監視のために、上空を警戒することは珍しくはないらしい。
その監視網を搔い潜るために、夜は飛んで昼は隠れるとしても、敵地で着陸するのは危険があった。
また、往復が可能だとして、それで塩が手に入るかも分からない。
敵地で大量に買い付けることなど不可能だし、海水を大量に持ち帰ったってそこから取れる塩などたかが知れているだろう。一時しのぎにもならないのだ。
「だから、近場で手に入る岩塩か……」
「はい。そうです」
そうやってカード使いである鳩村由依の話を聞いていると、幻影の竜がカード化し、戻ってくるのが見えた。
召喚していられる制限時間を越えてしまったのだ。
俺は緊張しつつ、鳩村の反応を待った。こいつらからも、幻影の竜が消えたのは分かっただろう。ある意味、こっちの切り札の1つが消えたのだ。
もし武力制圧するチャンスを狙っていたのであれば、今が絶好の機会であろう。
しかし、鳩村は目立った反応を見せなかった。それどころか気付いていない様子で、ディシャル様に塩不足の悲惨さを訴えている。
「……君たちの目的は理解した。少し話し合いをさせてもらっていいか?」
「無論です」
ディシャル様に手招きされた俺たちは、鳩村たちから少し離れた場所で輪になった。
「ディシャル様、どうするんです?」
「一応、信用していいと思う。少なくとも、彼女は全く嘘をついていないし、言葉も全て本心だろう」
覚心眼を持つディシャル様が言うならば、そうなんだろう。鳩村は本気で人々のために塩を求めているらしい。
まあ、仕えている貴族とやらに騙されていなければ、だが。
「……トール。樹海の岩塩洞窟。彼女に預けてみたらどうだろうか? フール伯爵よりは信用できると思うが?」
「なるほど……」
元々俺たちは、樹海で発見した岩塩を、ナール国へと流通させるつもりだった。塩さえあれば、フール伯爵が村を狙うこともなくなると考えたからだ。
ただ、具体的な方法は考えてはいなかった。場合によっては俺たちで掘り起こして、闇塩として商人に密かに売るような形になっていただろう。
非常にリスクが高いうえに、手間がかかる作業だ。
それを誰かに委託できるのであれば、してしまいたかった。
「リシュー子爵っていうのは、信用できるんですか?」
「さてね……。だが、リシュー子爵の父親はカルセン侯爵だ。悪いことにはならんだろう」
カルセン侯爵は、腐りきった北部の領主たちの中で、それなりにマシな人物として有名であるらしい。
ゼド爺さんも、その名前を憶えていた。王家に贅沢をし過ぎだと苦言を呈し、疎まれて要職から遠ざけられた人物だという。
「領民のために様々な施策を実施するお方だ。塩を預けるには適任だと思うぞ? それに、侯爵家の後ろ盾があれば、どこかの馬鹿が塩を独占しようとしても、防ぐことができる」
「私も同意見だ。場所を教えて、恩を売るのが良いと思う。その代わりフール伯爵に対し、この村に手出しをしないようにと釘を刺してもらうんだ。どうだい?」
「それは、確かにいいかもしれないですね」
樹海の中で、大量の岩塩を掘り出すのは俺たちだけでは難しいだろう。村人の力を借りようにも、大勢で樹海に入るのは危険だ。
俺の力を使えばどうにかなるかもしれないが、絶対できるとは言い切れない。
「そもそも、我らだけで一国の流通量の半分に匹敵する岩塩を掘り出すなど、難しい話だったのだ」
「そりゃ、そうだよな」
「ならば、できる者に託す方が上手くいく」
結局、俺たちは対価と引き換えに、岩塩洞窟の場所を教えることにした。対価はある程度の物資と金銭。それと、村の自治権の承認と、今後ナール国からの手出しをさせないように尽力することだ。
特に、隣接するフール伯爵家をしっかりと抑えるようにと要求した。
貴族家同士の関係を悪化させかねない話だ。少しは悩むかと思ったが、鳩村は即座にそれでいいと頷いたのであった。詳細は詰める必要はあるが、それも鳩村やその配下がこの場で行えるらしい。
俺の想像以上に権限があるのか? それとも考えなし? 子爵と親しい間柄ということも考えられるが……。どちらにせよ、信じて任せるしかなかった。
あとは、約定を細かく設定するだけかな? そう思っていたら、鳩村が1人でこちらに近寄ってきた。
どうやら、護衛をあえて離したらしい。
「えーっと、カードの力を持っている方、ですよね?」
「ああ」
「実は、個人的にお願いがあるんです。2人だけでお話をできませんか?」
他の人間には聞かせられない話ってことかね? だが、それに物言いをつけたのは、うちの犬耳幼女である。
「い、いけませぬぞ! どこの馬の骨かも分からぬ女子と2人きりなど! ワフも付いていきますぞ!」
「構いません。ワフちゃんと言うんですね? あなたの聖霊さん、ですよね?」
「ああ。それと、俺はトールだ」
「私はユイです。どうしても、あなたに教えてほしいことがあるんです」
「……分かった」
ここで断って、敵意を抱かれる必要もないだろう。
俺はゼド爺さんたちに断って、少し離れた場所へと移動した。半径20メートルほどの範囲内には、俺とワフとユイの3人だけだ。
「それで、教えてほしい事とはなんなのですか?」
さすがワフ。俺の代りにグイグイと聞いてくれる。
ユイはそんなワフをじっと見つめている。柔らかい視線だが、どこか悲しげでもあった。そして、俺に向き直り、真剣な顔で口を開いた。
「……私に、デッキケースの聖霊を復活させる方法を教えてはもらえないでしょうか?」




