185話 鳩村由依
クラウドローズの上部に、ハッチでもあったのだろう。そこから何かが浮上していくのが見えた。
そして、ある程度の高さに達すると、今度は高度を下げてくる。
「魔法の絨毯か……」
魔法の絨毯 無色4 R オブジェクト
無色1:ターン終了時まで、飛行を持った、0/2の無機モンスターとなる。破壊された場合、手札に戻る。
ゲームでは、ハズレレアと言われていたカードだ。だが、クレナクレムではかなり使えるカードだろう。空を飛べるうえ、常に手札に戻ってくるのだ。
徐々に高度を下げつつ、近づいてくる魔法の絨毯。
一番前には、黒髪の女性が乗っていた。あれがカード使い、鳩村由依なのだろう。その後ろには、武装した金髪碧眼の男が2人いる。護衛だろうか?
こちらの自警団が弓を構えるのを見たのか、男たちが警戒を示す。空中にいる間に攻撃されたら、全てを無防備に食らうことになるからな。
だが、それを抑えたのは鳩村だ。軽く振り返ると、首を振って男たちを諫める。その言葉に素直に従ったところを見るに、鳩村はかなりの信頼を得ているらしい。
互いの陣営に凄まじい緊張感が流れたままその距離が近づき――そして絨毯が俺たちの10メートルほど手前に着陸した。
鳩村だけが数歩前に出て、敵意がないと示すかのように両手を左右に軽く広げる。
「こちらに、戦うつもりはありません。まずは、対話を」
こっちの世界にきてから初めて、まともに会話が成立する同郷人に出会った瞬間だった。とは言え、まだ油断はできないが。
「まずはこちらをお納めください」
「……ポーションか?」
「はい。それほど多くはありませんが、怪我をした人に使ってあげてください」
鳩村の後ろにいた男が、ビールケースほどの木箱を自分たちと俺たちの間程に置く。その中には、10本ほどの瓶が入っていた。結構な量がある。
「……感謝する」
俺は、受け取ったポーションを虎人の大剣士に使ってみることにした。毒とは思えないが、一応だ。
すると、大剣士の傷が完全に癒える。間違いなくポーションだった。
「カグート、これをみんなに」
「ああ! どこの誰かは分からんが、感謝する!」
「いえ、困ったときは助け合いですから」
感謝の気持ちはある。だが、やはり胡散臭さが先に立った。この後の交渉事を有利に進めるために、好印象を与えようとしているだけではないんじゃなかろうか?
正直、こっちの世界にきてから大分マシになっていたはずの人見知りが発揮され、多少ネガティブに考えてしまっていることは間違いない。それに、問答無用で襲ってこないだけましだと思う。それでも、どうしても裏があると感じてしまうのだ。
ただ、話を聞くくらいはしてもいいだろう。
「それで、その……。目的は?」
「お願いしたいことがあります。そのために、この村にやってきました」
鳩村が自分たちの目的を語り出す。
彼女は、ナール国の貴族の1人に仕えているそうだ。なんと、こっちの世界にきたのは俺よりも大分後だというのに、すでにある貴族のお抱え魔術師になっていた。今回の交渉でも、全権を与えられているらしい。
俺が驚いていると、運が良かったのだと語る。そもそも、彼女が出現した場所がその貴族の領地にある森だったのだという。そこで、狩りにきたその貴族――リシュー子爵に保護され、そのまま雇われることになったらしい。
良い貴族に拾われただけだと謙遜するが、十分に凄いと思う。身分証もなく、常識や価値観が異なるこの世界で貴族に近づくなんて、お手打ちにされてもおかしくはないだろう。俺なら絶対に逃げ出していた。
それが配下に収まって、交渉の責任者に抜擢される? カードの力があるとしても、かなり信頼されていなくては不可能だ。
もの凄い行動力とコミュ力だった。
「そして、私たちは今、かなり困ったことになっています」
「困ったこと?」
「はい、お塩が足りていないんです」
結局、こいつらの目的も塩だったか。
鳩村たちが仕えているリシュー子爵は、ナール国の北部に領地を持っており、南部と北部の対立の煽りをもろに食らってしまったそうだ。
方々手を尽くして塩を買い求めたが、上手くはいかない。ただ不足しているだけではなく、塩の購入を邪魔してくる貴族たちがいるそうだ。
そいつらは、この塩不足を利用して自分たちの権力を高めようと画策しているらしい。クラウドローズがゼニドーの屋敷を破壊したことからも分かる通り、北部の領主の間でも戦いがあるようだ。巻き込まれたくないからあまり突っ込んでは聞かなかったけど、三勢力ほどにわかれているらしい。
そんな中、リシュー子爵がこの村の岩塩の話を思い出し、買い付けの交渉を任されたのが鳩村であった。
「この村で戦いが起きているのは分かりました。でも、敵と味方の識別もできず、介入はできませんでした。堕天使にも手が出せず……」
「主砲は?」
「これを見てください」
なんと、鳩村が自分から手の甲を見せてきた。そこには、0と表示されている。つまり、魔力がないということだった。
「堕天使を撃てればよかったんですが、魔力が2しかありませんでした。その魔力も絨毯につぎ込んだので、今はスッカラカンです。これで、少しは信用してもらえますか?」
こいつ、俺に少しでも警戒心を抱かせないために、わざと魔力を使い切ったのか? 思った以上に大胆な相手だった。
「なんとか、北部領に岩塩を融通しては貰えないでしょうか?」
「あー、それは……」
「ダメですか?」
言い淀む俺に、鳩村がすがるような目を向けてくる。だが、俺には答えることができなかった。
そもそも、俺にはそれに答える権限がないのだ。困っていると、俺の後ろから援護が現れた。
「今、北部領と言ったね? 自分たちの領地の分だけじゃないのかい?」
ディシャル様だ。ただ、今は布を巻いて顔を隠している。ダークエルフであることを隠すためだろう。しかし、そのせいで完全に不審人物だった。
鳩村たちも戸惑っている。
「ちょっと、人様に見せられる顔じゃなくてね? こんな姿で失礼するよ?」
「そ、そうですか」
「それで? 塩が欲しいってね?」
「は、はい。今、ナール国の北部では、多くの人が困っています。そんな人たちのためにも、塩が必要なんです!」
「自分たちだけが塩を得たら、恨まれるしねぇ?」
「確かに、それもあります。でも、それだけじゃありません!」
どうやら、フール伯爵の領地を含む一部地域では、暴動寸前まで混乱が広がっているらしい。このままでは、内乱になる恐れさえあった。
「フィーナン伯爵に雇われている傭兵が村に襲いかかってきたのは、それが理由か?」
「うむ、そうかもしれん」
ゼド爺さんと小声で確認し合う。爺さんも俺と同じ考えであるようだ。
ソルベス村を先に制圧し、フール伯爵領に僅かな量でも塩が流れることを阻止する。そうすることで、暴動を誘発させようとしたのではなかろうか?
結局、塩不足が問題の根底にあるということは間違いなさそうだった。




