179話 追う者、追われる者
「ロイド?」
堕天使の足を切りつけ、そのまま俺と堕天使の間に割り込んだのは、気功を纏った剣を構えるロイドだった。
「俺が、少しでも時間を稼ぐ! だから、頼む!」
その叫びを聞いて分かった。俺のためというだけじゃない。この村のためにロイドも戦おうとしている。
だからこその「頼む」だった。
村を「頼む」。みんなを「頼む」。自分の代りに「頼む」。
自分を殺し、人の言うことを聞くだけの人形だったロイドではない。この村を救いたいと願う、しっかりとした自分の意思を持つ人間がそこにはいた。
「オオォォ!」
「うおおおおぉ!」
ロイドの想いを無駄にするわけにはいかない。
雄叫びを上げて堕天使を睨みつけるロイドに背を向け、俺は再び駆ける。
「堕天――」
「ウィンドカッター! 赤熱の魔弾!」
「くぁ!」
エマが何か叫ぼうとしたが、俺の放った魔術がその言葉を妨害した。同時に行動も阻害され、再び地面に転がるエマ。
チャンスだ。俺はそんなエマに向かって、勢いのままに飛び掛かろうとしたんだが――。
「エマ嬢ちゃん!」
「だ、団長!」
馬蹄の音と共に、突如大きな影が横合いから出現していた。黒い馬に乗った中年男が、俺とエマの間に割り込んだのだ。
「おらよ!」
そして、馬が通り過ぎた後、エマの姿はそこになかった。
慌てて振り向くと、馬の騎手の前に横向きで乗せられている人間が見えた。あの男が、馬上から身を乗り出し、エマを掬いあげて行ったのだ。信じられない乗馬技術だった。
「あと一歩のとこで!」
団長と呼ばれていたからには、あの中年が傭兵団の団長なんだろう。だとすれば、並大抵の戦士ではないのもうなずける。
「くそっ! 蔦鼠召喚! あの馬を捕らえろ!」
「チュー!」
手札を確認する。幾つか新しいカードを引いている中、俺は迷うことなく蔦鼠を召喚した。出現した鼠に、間髪入れずに指示を出す。
しかしその長い尾でも、すでにかなりの距離を離れてしまった馬には届かない。俺は即座に次の手を打った。
「なら、雷鳴の精霊召喚だ! あの馬を攻撃できるか?」
「ルオオォォォォ!」
次に喚んだのは、雷鳴の精霊である。
雷鳴の精霊 モンスター:精霊
赤4 3/1 UC
アタックの代わりに、対象に2点ダメージ
期待したのは特殊能力の2点ダメージ効果だ。多分、ワフの持つ電撃の大剣と同系統の能力だろう。電撃を飛ばせるはずだった。
「ルオォォ!」
「これなら――まじかよ!」
何が起きた? 雷鳴の精霊は期待通り、電撃を放ってくれた。青白い電撃は、確実にエマたちに直撃コースだったはずだ。
だが、直前で何かが――いや、あれはエマだった。なんと言えばいいか……。団長と呼ばれる男がエマの足を掴んで一振りし、そのライフバリアを利用して電撃を弾いたのである。
あんなこと可能なのか?
電撃を見切る目と、馬上でありながらエマを片手で振り回すパワーとバランス。人間技とは思えない。
いや、今の一瞬、緑の光が僅かに見えた。気功を上手く使えば可能なのかもしれない。あとはエマの協力も必要だろう。小柄な少女であっても、暴れていてはああも容易く振り回すことはできないはずだ。
「と、とにかく追うぞ!」
「オオオオオオオオ!」
「まずい!」
ドスンという足音が聞こえた。
堕天使が再び動き出したのだ。
「ロイドは……」
ロイドは堕天使から少し離れた場所で倒れていた。原形を留めているところを見るに、メイスの直撃は避けたのだろう。
しかし余波でも十分な攻撃力はある。掠ったか何かで、弾き飛ばされたようだった。頭部からおびただしい量の血が流れ出ているのが見える。
「届けよ! 生命回復っ!」
俺は咄嗟に生命回復のカードを使っていた。
すると、カードから光が発せられ、ロイドの体を包み込む。
よかった。このカードは死んでしまっていれば効果を発揮しないはずだ。発動したということは、ロイドがまだ生きているということであった。
意識はないようだが、堕天使の注目はすでに俺に移っている。あとは周囲の村人に任せておけばいいだろう。
むしろ俺の方がピンチだ。
「雷鳴の精霊! 足止めだ!」
「ルオォ!」
「オオオオ!」
バチバチと紫電を放って光る雷鳴の精霊に、堕天使が駆け寄る。先に精霊を潰そうということらしい。
雷鳴の精霊の攻撃力は3だ。放置すると堕天使でも大ダメージだからな。無視はできないんだろう。
これでまた少し時間が稼げるが、正直打つ手がない。向こうは馬で、こっちは徒歩。しかも後ろにはどうにもならない凶悪な堕天使である。さらに、手に入れた魔力はすでに半分以上使ってしまっている。
「いや、足は何とかなるか?」
悩んでいる暇などない。俺は今引いたばかりのカードを召喚した。
「召喚、瘴気獣!」
「ギャルオォォ!」
瘴気獣 モンスター:魔獣
黒2 3/1 R
生贄に捧げると黒魔力1を生み出す。支配している限り毎日3ダメージを食らう。
それは、どす黒い霧を纏った歪な獣であった。一応は四足歩行なんだが、前足が異常に大きい。背骨も曲がり、どこか猿っぽさも感じさせる。
頭部がコヨーテで上半身がゴリラ、下半身が豹で尾がライオン。そんな感じだ。
だが、こいつなら俺が乗れないこともないはずだ。瘴気獣の首にしがみ付くように、飛び乗る。瘴気が少し怖かったが、ダメージが入るようなことはなかった。
「走れるか?」
「ギャルォォ!」
「よし! あの馬を追え!」
瘴気獣が大地を蹴って走り出す。速い! かなり揺れるが、これなら追いつけるんじゃないか?
そう思っていたんだが、彼我の距離は全く縮まらなかった。どうやら馬と瘴気獣の速度はほとんど変わらないらしい。
「仕方ない! 肉体強化の呪印! これでどうだ!」
「ギャギョルルオオォォォォ!」
全身が二回りほど肥大化し、緑色のオーラが瘴気と共に獣の体を包み込む。これで6/3だ。
強化されたことにより、瘴気獣の速度が目に見えてアップする。揺れも倍化し、正直周囲を見回す余裕もない。
俺は瘴気獣の首に手を回して振り落とされないように耐えながら、グングンと近づいてくる馬だけを見つめていた。
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