177話 エマの逆襲
乗っていたケツァールの王が風読みの白鷹と相打ちになり、エマが落下してくる。
俺は無意識に腰のナイフに手を伸ばしながら、その落下地点に走った。
赤のカード使いと同じように、直接この手で仕留める。そう決意して。
ドザッ!
鈍い音と共に、エマの体が50メートルほど先の地面に投げ出される。
受け身を取った様子もなく、ライフバリアがなければ即死していてもおかしくはない落ち方だ。だが、エマは即座に立ち上がると、自らの手の甲に視線を落とす。
もしかしたら、普段から飛行モンスターに乗っているが故に、こういった状況に慣れているのだろうか? パニックに陥ってる様子は微塵もなかった。
逃げられる前に、確保する!
だが、エマもただ待っているわけがない。突進する俺をその目でしっかりと見据えながら、腰の剣を抜き放った。
もしかして、剣を使えるのか?
白井のように、地球にいた時から武術を習っている可能性もある。だとしたら、クレナクレムにきてから習い始めたような俺の付け焼刃のエセ武術、通用しないかもしれない。
どうするか? このまま体格差を生かして、肉弾戦に持ち込むか? それとも、魔力を使い切るつもりでモンスターを召喚する?
悩んだせいで足が僅かに鈍った俺の前で、エマは悩むことなく次の行動に移った。
「えっ?」
なんと、その場で剣を振り上げると、自分の腕を思い切り切りつけたのだ。しかも、1回だけではない。再び剣を構える。
「……やめろっ!」
「あはっ!」
別に、相手の体を慮って制止したのではない。そうではなく、嫌な予感がしたのだ。
剣を腕に振り下ろすエマの表情が、不吉に見えたからかもしれない。その顔に浮かぶのは、自棄になって自傷している追い詰められた女の表情ではなく、憎い相手を呪う魔女のような物騒な表情であった。
何を企んでいる?
数度にわたって、剣で自分のライフバリアを減らす行為をしたエマ。
彼女は再度手の甲を確認すると、ニタリと笑み崩れる。そして、エマが1枚のカードを取り出した。どうやら何かしらの奥の手であるらしい。少女の放つ雰囲気が、より一層凄惨な物へと変化した気がした。
今まで使わなかったということは、そのカードを使うことで、何らかのデメリットがあるのかもしれない。だが、それで確実に俺を葬れる自信があるのだろう。
「皆殺しだっ!」
俺にとっては最悪の確信の籠った声で、エマがそう叫んだ。
俺はそんな彼女に向かって全速力で走り――。
「来なさい! 復讐の堕天使ぃぃぃ!」
「くそ! よりによって!」
間に合わなかった。
俺とエマの間の大地に、巨大な魔法陣が描き出される。迂回しようと思ったのだが、魔法陣が巨大すぎた。エマに辿り着く前に、ソレが姿を現してしまう。
魔法陣の中からせり上がるように姿を現したのは、浅黒い肌の身長4メートルほどの巨人だ。
背に漆黒の翼を6枚備え、黄色い神官服のような物に身を包んでいる。手に持つのは、無数の棘が飛び出した巨大なメイスだ。
復讐の堕天使 モンスター:堕天使
5/7 SR
このターン、あなたのコントロールする飛行を所持したモンスターが5体以上破壊され、あなたのライフバリアが10点以上減っている場合、このモンスターを召喚できる。
飛行、破呪
憤怒:このターン、貴方のコントロールするモンスターが戦闘で破壊されていた場合、ターン終了時まで+X/+0強化を受ける。Xは破壊されたモンスターの数に等しい。
召喚時、対象プレイヤーのコントロールする全てのモンスターに、1点ダメージを与える。
このカードは普通のモンスターカードと違い、召喚するための魔力コストがない。そのかわり、特定の条件を満たせば無条件で召喚が可能となるのだ。
エマが自分を剣で攻撃していた理由が分かった。こいつを召喚するための条件を満たすためだったのだ。
MMMでは不可能だった、自分に自分でダメージを与えるという行為。ここがゲームの盤上ではなく、実在の世界であるということを利用できるのは、俺だけではないということだ。
特殊コストが必要なカードはいくつか存在しているが、堕天使シリーズはその中でもかなり条件が厳しく、その分強力な能力を持っているモンスターが多かった。
「よりによってこいつか!」
飛行で5/7というだけでも強力なのに、現在は憤怒の効果でさらに強化されている。
あいつを召喚できたということは、最低でも5体はモンスターが破壊されたということであり、憤怒が+5/+0以上で発動しているということでもあった。
10/7、飛行、破呪持ちだ。
「オオオオォォ!」
「くぅ……。これは……?」
巨大な堕天使が咆哮を放つと、俺の体が黄色い光に包まれた。体の自由が利かない!
攻撃をされたのかと思ったが、衝撃はなかった。だが、すぐに何が起きたのか分かった。
ドオオォォォ!
俺の視界の先にいた群狼が、俺を包んだのと同じ黄色い光に包まれたのだ。立ち上る黄色い光が収まった時、そこに群狼の姿はなかった。
さらに、同じような黄色い光柱が村内の至る所から上がる。
「そうか! ダメージ能力!」
召喚時に相手のモンスター全てに1点ダメージを与える能力。それが発動したエフェクトだったのだろう。
俺がそのことに思い至った直後、無数の小さい光が四方から飛び込んできた。
「カードが戻ってきたか……!」
それは、カードに戻った俺のモンスターたちである。群狼は全滅。他のモンスターもかなり減ったはずだ。
「堕天使! その男を殺して!」
「オオオオォォォ!」




