176話 ケツァールの王
「増殖しなさい! ケツァールの王!」
「やっぱそうするよな!」
エマが叫ぶと、彼女が乗っているケツァールの王が虹色に輝いた。直後、その光が弾けるように周囲に散らばると、次第に凝り固まって形を成していく。
数秒もすれば、ケツァールの王にそっくりな新たな虹色のハチドリが生み出されていた。
あれが増殖か。
増殖で生み出されたケツァールの王のコピーは、一見すると全く同じ様に見えた。
「まだよ! もっと増えるの!」
再びエマが叫ぶ。どうやら増殖は1回1回発動させねばならないようだ。
俺の目の前で、ケツァールの数が増える。
ある意味無防備だが、こっちに空を攻撃する方法はない。向こうもそれに気付いたのだろう。余裕を見せつけるように、俺たちの目の前でケツァールの王の増殖を続けていた。俺を焦らせようというのだろう。
だが、このまま時間をかければかけるほど、相手が有利になり続けてしまうのは確かである。どうにかして奴を地上に引きずり下ろさねばならなかった。
とにもかくにも、魔力だ。魔力がなければ何も始まらない。
「魔力……そうだ!」
俺は即座に、思い付きを実行に移す。
まごまごしている暇などないのだ!
バインダーを開き、勝利報酬をタッチして有効化する。
『おめでとうございます。転生者同士による、対人戦に勝利いたしました。報酬として、万能魔力12、各色魔力3。ポイント50が与えられます』
例の声が聞こえ、前と同じように――ではないな! 前は万能魔力10、ポイント30だったはずだ。報酬が増えていた。
『特別アンティルールを適用。呉井衿緒のデッキカードから8枚、柳木透様に所有権が移ります。カードをお選びください』
こっちも増えていた! いや、どっちにせよ今は選んでいる暇はない。放置するとランダムで選択されてしまうが、最初からそれは覚悟のうえだった。
奪ったカードを使うには、ここで生き延びなくてはならないのだ。カードに拘っていて危機に陥っては、本末転倒である。
俺は、減っていくカウントダウンが表示されたバインダーを勢いよく閉じると、自らの手の甲を確認した。
「これだけ魔力があれば!」
俺が保有している魔力は、万能魔力14、白3、青3、黄3、赤3、緑3、黒5だ。手持ちのカードをすべて使うことができた。
今必要なのは、とにもかくにも飛行戦力。
「ならば、こいつを再召喚だ! 幻影の竜、出てこい!」
「ガオオオォ!」
魔法陣から再び現れた幻影の竜が、一気にエマに襲いかかった。
だが、相手も有名なカードプレイヤー。一筋縄ではいかない。
無防備に見えても、俺が何かをした際に対処するためのカードをキッチリ用意してやがった!
「反動の烈風!」
「まじかよ!」
再び強風が発生し、その直撃を受けた幻影の竜が手札に戻されてしまう。まさか同じカードを手札に持っているとは思わなかった!
だが、考えてみれば当然かもしれない。モンスターを手札に戻すのも、相手の手札を捨てさせるのも、対人戦用の効果だ。
それが利かないクレナクレムの相手に対しては、ただの強風の弾丸を叩きつけるだけの魔術である。使い所は少ないだろう。
手札にこの手のカードが溜まっていてしまうのは仕方ない事だと思われた。
まあ、そもそもそんなカードを何枚もデッキに組みこんでいるのかという疑問はあるが……。赤と黄のカード使いは、自分以外にカード使いがいることを互いの存在によって知っていた。
いずれ出会うかもしれない同郷の敵に備えて、デッキに組み込むことは考えられた。
「幻影の竜は――無事か!」
捨てたのはツリーアーマーだ。助かった!
「幻影の竜召喚!」
「まだくるのか……!」
俺が幻影の竜を召喚した姿を見て、エマが歯ぎしりする。確かに、向こうからしたら俺がかなり大量に魔力を保有しているように見えるだろう。
「こうなったら仕方ない……。天空に渦巻く惑わしの風よ、その――」
詠唱か! さすがに詠唱を聞いてカードを当てるような真似はできない。だが、確実に幻影の竜に対処できるスペルなのだろう。
「先に潰せ!」
「ガアアアア!」
向こうは俺の魔力が続くことに憤りを覚えているようだったが、それは俺も同じだ。どれだけスペルを使ってくるんだよ!
俺の指示を聞いた幻影の竜が、三度空へと飛び出す。
しかし、さすがに向こうの詠唱完成の方が早かった。
「もう遅いわ! キャプチャー・タービュランス!」
キャプチャー・タービュランス 黄5 R スペル
詠唱、対象プレイヤーがコントロールする全ての飛行、浮遊を所持するモンスターをターン終了時まで行動不能にする。
相手の飛行モンスターを無力化するカードだ。幻影の竜が、竜巻のようなものに飲み込まれ、動きが封じられるのが見えた。
使う前に僅かに躊躇して見えたのは、こっちの飛行戦力が幻影の竜しか見えないからだろう。全体に効果がある大規模カードを、たった1体に使うのを勿体なく感じたに違いない。
だが、幻影の竜の厄介さを考えて、封じにきたようだった。
これで向こうが消費した魔力は、スペルや増殖を合わせて15を超えているはずだ。どんだけ溜めこんでいたんだ?
だが、これで俺の手持で空を飛べるモンスターが1種類しかいないくなってしまった。
「ダークアイズか……」
ダークアイズ モンスター:デーモン
黒3 1/1 C
浮遊、毎日開始時、対戦相手の手札を1枚確認する
戦闘力はあまり期待できないだろう。ただ、手持には肉体強化の呪印が2つもある。これを使えば一気に7/5までは強化できるはずだった。
だが、それで勝てるのか? それよりも低コストのモンスターを召喚して、飛行持ちを狙った方がよくはないだろうか?
「……よし、まずはこいつだ」
ハウリングドッグ モンスター:獣
緑2 1/1 C
このモンスターがフィールドに出た時、デッキの1番上を確認する。それがモンスターカード、スペルカードなら手札に加え、違った場合はデッキに戻してシャッフルする
これで飛行モンスターを引けたらそいつを召喚して、ダメだったらダークアイズだ。そして、俺が引き当てたのは狙い通り飛行モンスターであった。
たまにある、この絶妙な引きがあるからカードゲームは止められないのだろう。
「風読みの白鷹、召喚!」
風読みの白鷹 モンスター:魔鳥
黄1 1/1 C
飛行
「また飛べるのを……! 緑のくせに!」
どうやら、傭兵団の本隊を襲ったバルツビーストたちを見て、俺のデッキの基本色は予測されているらしい。だからこそ、俺が飛行能力を持ったモンスターを何体も呼び出せることに驚いているようだった。
「肉体強化の呪印! 白鷹! ケツァールを減らせ!」
「クケェェ!」
「くそくそくそくそ! 邪魔ばかりぃ!」
強化され、緑のオーラを纏ってケツァールに襲いかかる白鷹。その嘴の一撃が、あっさりとケツァールのコピーを葬り去る。
その様を目の前で見せつけられたエマは、憎々し気に絶叫した。
「減らされる前に、喰らいなさい!」
「ピイィィッ!」
虹色のハチドリが耳をつんざくような甲高い鳴き声を上げた直後、周囲にいた全てのコピーが宙に溶けるように消え去った。
そして、本体であるケツァールの王が、その全身から緑色の光を発する。巨大化などではなく、気功による強化としてその効果があらわれたのだろう。
俺が見ている限り、消えたコピーは3体。現状では3/4となっているはずだ。強化された風読みの白鷹は4/3。相打ちに持ち込めるはずだった。
「やれ!」
「迎え撃ちなさい!」
「クケェェ!」
「ピィィィィ!」
そして、2匹の鳥がもつれ合う様に空中で団子になる。互いに嘴と爪で攻撃し合っているのだろう。エマはハチドリの背にしがみ付いている。
そのまま数秒ほど経過した直後――嘴で首を突き刺し合った2匹の鳥は、同時に光の粒となって消えていくのであった。相打ちだ。
「……っ!」
宙に投げ出されたエマが、少し離れた場所に落下してくる。
「チャンスだ!」




