172話 敵はまだいる
「……俺の勝ちだ」
跨っていた赤のカード使いの遺体の上から立ち上がろうとするが、それも億劫に感じた。
疲れた。体力的には問題ないけど、精神的にはもう疲労困憊だ。
自分では仕方がないと言い聞かせていても、やっぱり同郷の人間を殺しておいて、何も感じないというわけにはいかないんだろう。我が心のことながら、ままならないものだ。
体を持ち上げるために膝を伸ばそうとするんだが、いつもの何倍も体力を奪われる気がした。
そうして立ち上がった俺を、恨めしそうな赤のカード使いの瞳が見上げている。
「ふぅぅ……」
自然と深いため息が漏れ出す。その直後、バインダーが強く光った。
いつもなら飛び上がって喜ぶはずの神々しい光を見ても、歓喜の念は湧いてこない。むしろ、まだ休ませてはくれないのかという、妙な苛立ちさえ感じた。
「……多分報酬の提示だろうな」
白井を倒した時と同じだ。勝利報酬が貰えるのだろう。
「やっぱり……」
バインダーを開いて確認してみると、やはりそうだった。見覚えのある文字が表示されている。
だが、今はまだ有効化しないことにした。
なにせ、貰える物は魔力やポイントだけではない。制限時間内にアンティルールで相手から奪い取るカードを選ばなくてはならない。今はそんな時間はなかった。
まだ周囲では戦闘が続いているのだ。
スライムは問題ない。赤のカード使いの死亡と共に、その姿を消していた。勝利報酬を有効化せずとも、俺が勝利したことは間違いないからだろう。
とりあえず、固まったままのチェシャ猫を拾い上げる。
「ちょりゃあああ!」
「ぎゃぁぁ!」
悲鳴が聞こえた方を振り返ると、ワフの大剣がカード使いの護衛をぶった切ったところだった。
主の死に動揺した隙を突かれたのだろう。
ワフの大剣で左肩口から右脇までを切り裂かれた男が、ゆっくりと崩れ落ちる。だが、それで終わらなかった。
「え?」
「わう?」
なんと、護衛の男の姿が薄らと消え始めたのだ。まるで透明化しているかのように。
十秒ほどで、その体は完全に消失してしまった。その様子は、つい数秒前にスライムが消滅した姿によく似ている。
だが、カードではないだろう。だったら、スライムと同時に消滅しているはずなのだ。だったら、これはなんだ?
俺もワフも首を傾げていると、目の前に横たわる赤のカード使いの遺体から、何かが砕けるような音が聞こえた。
よく見ると、腰に下げていたデッキケースが、粉々に砕けている。
「もしかして、今のってカード使いの従者だったのか……?」
そう言えば、赤のカード使いを主と呼んでいた。やはり、従者――つまり、ワフと同じカードケースの精としか思えない。
「ワ、ワフ……。すまん」
「? どうして謝るのですか?」
「いや、だって、お前の仲間を……」
「あはは! 何を言っているのでありますか!」
悲壮な表情をしているであろう俺の横で、ワフがカラカラと笑い声を上げる。
「ワフの仲間はジジ殿たち! こやつは敵でありますぞ!」
「そ、そうか?」
「近しい存在だからというだけの間柄でありますから! べつにどうと言うことはありませぬ!」
ワフは超ドライだった。さすがだぜ。
それに、俺にとっては1つ嬉しいというか、心配事が減る事実も分かった。
俺が死んだところで、ワフも消滅するとは限らないってことだ。多分、カードケースさえ無事なら大丈夫なんだろう。
ワフを残して死ぬつもりはないが、何となくホッとしたのは確かだった。
「主?」
「いや、今は他の傭兵たちだな!」
「そうでありますぞ!」
そう。村ではまだ戦闘が続いているのだ。
俺たちの周囲も、敵兵に囲まれている。コボルトやディシャル様でも、これだけの数を全滅させることはできていないのだ。
前後を挟まれた状態である。
「ば、馬鹿な……エリオ様たちが……!」
「何があった……」
「ど、どうする?」
今のところ、赤のカード使いが殺された衝撃で立ち尽くしてしまっていた。だが、すぐに動き出すだろう。
いや、すでに何人かは武器をこちらに向けている。
ワフは強いが1人で全員と戦えるわけではない。
「……よし。ここはこれだな!」
先制攻撃だ。モンスターを召喚して、兵士たちを追い散らす。
まずはバインダーを開き、対人戦勝利報酬以外の試練をタッチして有効化した。勝利報酬は後回しにするが、他にもいくつか試練を達成していたのだ。
「これで魔力をゲットできれば……!」
・対戦相手のライフバリアをプレイヤー自身の攻撃によって総計20減らす:万能魔力3、ボーナス5
・対戦相手からのライフバリアへのダメージが、5点以内で勝利:万能魔力2、ボーナス5
「は?」
ま、まじかよ。報酬がメッチャ多い。やっぱり神々は俺たち転生者が潰し合うように誘導したいのか? だが、今は好都合だ!
俺は手札から1枚のカードを掴み取り、その名を叫ぶ。
「召喚! 一枚岩の精霊・ガルフ=ナザ!」
「ゴオオオォォォォ!」
俺の声に応えて現れたのは、この世界で最初に戦った強敵。岩猪の精霊ガルフ=ナザであった。




