171話 赤のカード使いの最期
「くっそぉぉぉ! 出てこい、焦熱の粘体!」
「プルルル!」
赤のカード使いは、スペルではどうにもならないと感じたのだろう。今度はモンスターを召喚した。
俺の右後方から魔法陣の光が立ち上るのが分かった。
首を捻って、確認する。
そこにいるのは、バランスボールサイズの真っ赤なスライムだ。だが、スライムとはいえ侮っていい相手ではなかった。
その体から発せられる高温により、その体表からは陽炎が立ち上っている。普通の人間があのスライムに纏わりつかれたら、それだけで全身火傷は免れないだろう。
なるほど、なかなか厄介なモンスターを喚び出したな。
焦熱地獄の変異粘体 モンスター:粘体
赤2 1/1 SR
このモンスターは戦闘でダメージを受けない。
このモンスターと戦闘したモンスターは、戦闘後に1点のダメージを受ける。
このモンスターを生贄に捧げ、対象に2点のダメージを与える。
焦熱トークンが2つ乗った状態で召喚される:自ターン開始時に焦熱トークンを取り除き、トークンがなくなるとこのモンスターは破壊される。
戦闘では破壊されず、一方的に相手にダメージを与えられるモンスターだ。
一時期、赤デッキには確実に入り、カードショップで数千円の値が付いていたこともある強カードである。何せブロッカーとしても使え、一方的にダメージを与えられるうえに、最後はプレイヤーに2点も飛ばせるのだ。
俺も赤と緑のデッキで非常にお世話になっていた。
「こいつを殺せぇ! スライム!」
「プルルル!」
その溶岩のような体を蠢かせながら、ゆっくりと這い寄ってくるスライム。
ダメージ量も厄介だが、それ以上に今の状態を邪魔されてしまうのが一番嫌だった。せっかく必殺の体勢に持ち込んだのだ。
もしここで逃がしてしまったら? 次、仕留めるチャンスがくるかどうかも分からない。
「ちっ……」
どうすればいい? 赤のカード使いのマウントを取った状態で、後方にいるスライムを攻撃するのは難しい。そもそも、特殊能力のせいでまともにダメージを与えられるかどうかもわからない。
それはワフやコボルトたちも一緒だった。ワフの電撃の大剣であれば倒せる。しかし、ワフはカード使いの護衛とギリギリの戦闘を演じている最中だ。
とてもではないが、こっちを助ける余裕はない。
一縷の望みはディシャル様の使う攻撃魔術なんだが――。
ボグン!
「プル?」
ディシャル様の放った風の球の直撃を受けても、スライムには変化がなかった。この世界の魔術に対する耐性があるのか、戦闘という行為扱いなのか。
いや、多分スライムの持つ戦闘ダメージ無効は、物理的な攻撃に対する耐性ってことだろう。あのプルプルの体で衝撃を受け止めてしまうのだと思われた。
つまり、風の球の物理的なダメージが通らなかったのだと思う。
もっとこう、魔力その物をぶつけるような魔術でもあれば通用すると思うが、それを伝えて実行してもらう前にスライムが俺に到達しそうだった。
数瞬対処を考え、俺はすぐに手札のあるカードを思い出した。迷っている暇はない。俺は即座にそのモンスターを召喚する。
「……チェシャ猫、召喚!」
「ウナァー」
魔法陣から緑と紫のケバケバしい色の猫が飛び出してくる。以前に何度もお世話になったモンスター、チェシャ猫である。
「チェシャ猫、スライムの動きを封じろ!」
「ウナー!」
「プル――」
チェシャ猫の第一の力。相手の動きを封じ、硬直させる能力が炸裂した。
成功だ。スライムのプルプルとした動きが完全に止まる。
これならば戦闘ではないのでチェシャ猫へのダメージもなく、スライムをしばらくの間無効化できるのだ。
チェシャ猫も動きを止めてしまうが、俺が相手を倒す間もてばいい。
「さて……」
「ひっ!」
再びナイフを振りかざした俺を見て、赤のカード使いは短い悲鳴を上げて顔を大きくひきつらせた。
こいつがスペルでチェシャ猫を攻撃すると厄介だと思っていたんだが、どうやら今ので魔力を使い果たしたらしい。もしくは、今使えるカードがないのだろう。
万策尽きた赤のカード使いが、再び懇願の叫び声を上げる。
「やめてくれよ! なあ!」
「ダメだ」
しかし、俺はナイフを振り下ろす手を止めはしなかった。
「な、なんでもする! あんたの仲間になるからさ! お、俺があんたの仲間になれば、周りの連中を倒せるぞ! な?」
今度は下手に出たか。
まるで、凄く良いことを思い付いたとでもいうように、目を輝かせて俺を見つめる。
「つまり、俺の仲間になって、前の仲間を攻撃できるってことか?」
「そ、そうだよ!」
「そうか……」
だったら、余計に生かしておけないな。
俺は再び攻撃を再開した。
「ど、どうしてぇぇぇ!」
「命惜しさに仲間を簡単に裏切るような奴、信用できるわけないだろ? どうせ俺のことも裏切るに決まってる」
見た感じ、まだ10代だろう。力を持って、少し調子に乗ったのかもしれない。
こいつがお人好しで、傭兵に上手く丸め込まれているだけだったりしたら、違う道があったのかもしれない。だが、この男は違うだろう。明らかに自分の意思で、傭兵団の仕事に加担している。
つまりは、全く信用できなかった。だったら、ここで後顧の憂いを断つべきだ。
「や、やめてくれ!」
自らの眼前数センチのところでライフバリアに受け止められたナイフの切先を見て、赤のカード使いの顔が恐怖に歪む。
ジワジワと減っていくライフバリアを見て、改めて恐ろしさが込み上げてきたのだろう。
その気持ちはよく分かる。俺も、コボルトの時に同じ恐怖を味わったからな。
どんな攻撃も防いでくれるバリアに対する全能感。それが絶対の物ではなかったと思い知った時に知る絶望感。
こいつのように泣き喚いても無理はなかった。みっともないとは思わない。むしろ同情する。しかし、手加減はしない。
「お前! ゆるさないからな! お前みたいなクソ野郎なんて――」
赤のカード使いが涙でグチャグチャの顔で、聞くに堪えない暴言を俺に向かって叫び続ける。無駄に語彙が豊富だね。マナーの悪いネット民を思い出す。
「や、やめろ! やめろよ!」
「しっ!」
「まてまて! 俺が――いぎぃぃっ!」
「……!」
ナイフを同じように振り下ろすこと17回。俺のナイフが、赤のカード使いの顔に吸い込まれていた。
ついにライフバリアが失われ、攻撃が通ったのだ。
戦闘用に鍛造された肉厚の大型ナイフが、青年の左目を突き潰し、そのまま脳を深々と貫いている。
「いぎがぁ――……」
即死だろう。
短くも耳障りな悲鳴を上げた名も知らない赤のカード使いは、すぐに全ての動きを止めていた。
もう、反射による痙攣もない。完全に生命活動が止まっている。
「……俺の勝ちだ」




