170話 敵
「――!」
「ぐええっ!」
急降下するペガサスの背から飛び降りた俺は、真上から体当たりするように赤のカード使いに掴みかかった。
互いのライフバリアがぶつかり合い、俺の勢いが大幅に減速する。そして、俺たちはもつれ合うように地面に投げ出されていた。
しばし地面を転がる俺たち。だが数秒後、俺は赤のカード使いの上に跨るように座っている。格闘技のマウントポジションだ。
奇襲をかけた側と、かけられて混乱する側の差がモロに出た形である。相手は何が何だか分からぬまま、見知らずの男に跨られているという状況だろう。
「はぁはぁ……」
荒い息を吐く俺を見上げながら、赤のカード使い――10代後半ほどの陰気な表情の青年が叫び声を上げる。
「な、何だよお前ぇ!」
「俺は……お前の敵だよ!」
そして、俺は腰から抜いたナイフを大上段に構えると、思い切り振り下ろした。
ガギィィ!
振り下ろしたナイフが、男のライフバリアに弾かれる。
「ば、馬鹿が! 俺にはそんな物効かねーんだよ!」
顔面に思い切り振り下ろされたナイフを目の当たりにして、恐怖に顔を歪めた赤のカード使いだったが、すぐに通じないことを思い出したのだろう。
勝ち誇った顔で叫ぶ。
ただ、それで分かった。こいつはまだ、俺が同じカード使いだと分かっていないらしい。まあ、俺が急降下して来たことなど知らないだろうし、後ろから飛び掛かられたとでも思っているのかもしれないな。
「無駄なことは止めて、どけよ!」
だが、相手にライフバリアがあることなど最初から分かっていた。
「――しっ!」
「や、やめろっていってんだろ!」
「ふっ!」
「やめろぉ!」
俺は相手の言葉を無視して、連続してナイフを振り下ろし続ける。1発で1点のダメージだったとしても、最大20回振り下ろせば殺せる計算なのだ。いや、さっきの激突で少し減ったはずだから、18、17回くらいか?
「くそぉ! このっ!」
男が暴れるが、俺を押しのけることはできない。こいつは特に武術の心得があるわけでもないらしく、体を捻ったり、足をバタバタさせる程度しかできていない。
対して俺は、クレナクレムにきたときよりも大分筋肉が付いたし、ゼド爺さんに武術の訓練もしてもらっている。
この相手なら、絶対に逃さない自信があった。地道に鍛えてきた成果が出たな。
「主! 今助け――く!」
「主の邪魔はさせませんぞ!」
「な、なんでこんな幼女がこんな強い! それにその巨大な剣は……」
「隙ありですぞ! ちょりゃあああ!」
護衛らしき相手は、ワフが抑えている。俺から見てもかなり強そうなんだが、ワフと互角であるらしい。まあ、ワフは散々強化されているからな。
しかも今はツリーアーマーの能力でさらに+1/+1強化中である。見た目に反して、かなりの強さを秘めていた。
高速で動き回りながら、大剣を連続で繰り出す、犬耳幼女。
見れば見るほど不思議な光景だ。
相手も同じ気持ちであるらしく。混乱して動きが鈍くなっているらしい。むしろその状態で今のワフと互角ってことは、相当強いってことだろう。ただ、相手が悪かったな。
他の兵士は、上空に戻ったペガサスから、ディシャル様とコボルトの狙撃弓兵が牽制してくれている。しばらくは邪魔が入ることはないだろう。
仲間の援護が期待できないと理解できたのか、赤のカード使いが焦った表情を浮かべる。やはり戦闘経験は少ないらしい。
「お、俺は神に選ばれた人間なんだぞ! 俺を殺したら、天罰が下るからな! 俺は勇者なんだ!」
自称勇者かよ……。まあ、神によって転生させられたし、そう思いたくなるのは仕方ないのかもしれない。俺だってこっちの世界に来てからの過ごし方では、こいつのような思い上がり野郎になっていたかもしれないのだ。
だが、残念だったな。俺も同じ転生者。自分が勇者なんぞからは程遠い存在だと、分かっている。本当に勇者だったら、村をこんな危機に陥らせることもなかっただろうしな。それに、白井を殺しても、天罰なんぞなかったよ。
「しっ!」
「やめろ!」
その後、ようやく自分の力を思い出したのだろう。すぐに手札を確認し始めた。そして、俺の8回目の攻撃の直後、切羽詰まった顔で叫んだのだった。
「狐の妖火!」
赤魔力1で使える1点ダメージの魔術である。確か、相手の種族が鬼や天狗だと、3点になるという効果があったはずだ。
「ひゃはははは! 俺様の命令を聞かないからこうなるんだ! クズが!」
耳障りな笑い声を上げる青年。しかし、すぐにその表情が凍りつく。
炎に包まれたはずの俺は、平然とした顔で再びナイフを振り下ろしたからだ。焼けている部分もなく、一見するとダメージがないように見えるだろう。
実際、ライフバリアが1減っているだけだ。普通の人間であれば、何か特殊な魔道具で守ったとでも考えるかもしれない。
しかし、俺たちカード使いであれば、すぐにその理由に気付けるはずだ。赤のカード使いも、俺の正体をようやく理解したらしい。
「え?」
「しっ!」
「お、お前……もしかして!」
驚きの顔のまま、固まっているな。
「はっ!」
「ちょ、ちょっと待て! なんで! 俺たちは同じ……! どうしてだよ!」
「お前が敵だからだ」
「て、敵! お、同じ地球人同士じゃないか!」
その言葉が出るのは、分からないでもない。俺が逆の立場なら、同じことを言っているかもしれない。だが、それで俺の手が緩むことはなかった。
俺はこいつの仲間を殺したし、こいつは俺の仲間を殺した。つまり、完全な敵同士。しかも、村を攻められている。
ここで俺が少しでも手心を加えれば、それが原因で手痛い反撃を加えられるかもしれない。また村に被害が出る可能性が高い。
そんなことになったら俺は自分が許せないし、死んだ村の仲間にも申し訳が立たない。
だから、俺はここでこいつを殺す。
「お前は敵だ」
「ああああああ! なんでだよぉぉぉ!」




