162話 強さと体力
「……済まないねトール」
「いえいえ、こういう時のためにペガサスを連れてきてますから」
村を出発して数時間。
以前トロールが塞いでいた谷を無事に通り抜け、俺たちは森の中を歩いていた。
洞窟までのルートは、一直線に進む最短ルートではなく、少し大回りで進むことになっている。
以前に俺たちが村に来るために使った樹海踏破ルートは、自警団の男たちでは少々厳しいと判断したためだ。ディシャル様の安全にもかかわるしな。
そこで、一度南下して森林地帯を進み、ある程度進んだところで北上して樹海に突入するという予定になっていた。ほんの少しでも樹海を歩く距離を減らそうというのだろう。
実際、森林地帯ではほとんど魔獣に出会わなかった。
それでも数度魔獣に遭遇したが、どれも雑魚ばかりだ。虎人の大剣士とゼド爺さんによって、瞬殺されている。
だが、旅路が全て順調とは言い難かった。
ディシャル様が、早々にバテてしまったのだ。
ディシャル様は運動神経もいいし、近接戦闘技能も高い。種族的に気配に敏感らしく、索敵なども可能だ。そこに2種類の魔眼と熟練の魔術まで加わるのだから、ハイスペックすぎるだろう。
ただし、体力が絶望的になかった。
最初は種族的な問題なのかと思っていた。ダークエルフは昼間に弱体化するらしいし、その細い体にスタミナがありそうには見えなかったのだ。
しかし、そうではなかったらしい。
単に鍛錬不足なせいであった。
戦闘スキルやサバイバル知識などの、何百年も修練を重ねた末に身に着けた技術は多少のブランクでは錆び付かない。
いや、錆びついていても、そこらの騎士や雑魚魔獣程度には後れを取らない程に高レベルなのだろう。
休憩の最中に軽く模擬戦を見せてもらったのだが、自警団の人間やエミルたちが1対1で戦っても全く相手にならないくらいには強かった。
魔術の知識も、記憶喪失にでもならなければ急に失われることはないだろう。
魔眼もそうだ。何らかの理由で失明するような事態にでも陥らない限り、鍛錬などせずとも問題はなかったらしい。
だが、体力だけはそうもいかない。訓練をさぼればさぼるだけ、衰えていく。長年に渡って洞窟に隠れ住み、満足な鍛錬を行なえなかったディシャル様は、他の能力に比べて体力だけが異常に低下してしまっていた。
それこそ、ハイキングくらいの移動で息を荒げてしまうほどに。
有り難かったのは、自分からペガサスに乗ると言い出してくれたことだろう。意地を張って体力を使い切られたりしたら、護衛する方だって困るのだ。
むしろ、自力で身を護る力を残す努力をしてくれる方が助かる。
ディシャル様もそれが分かっているから、下らないプライドに拘ることもなく、素直に自分で騎乗を提案してくれたのだろう。
結局その日、ディシャル様にはペガサスに乗ったままでいてもらい、俺たちはなんとか予定の場所にまで辿り着いていた。
そこは、目的地である洞窟の真南の場所だ。まだ森林地帯だが、1キロほども歩けばもうそこは樹海である。
明日はこのまま一気に北上して昼前には洞窟に辿り着く予定である。
残してきた拠点やミノタウロスたちの状況を確認したいところなんだが、今は時間が惜しい。残念だが、洞窟を調査したらすぐに戻ることになるだろう。
「ふむ……?」
そうして森の中で野営の準備を進めていると、索敵を担当していたディシャル様が何やら首を傾げた。
「どうしました?」
「いや、何かがこちらに来るのだが……」
「敵ですか?」
「それが、いまいち分からんのだ」
俺の問いかけに返すディシャル様の顔には、困惑の表情が浮かんでいる。どうやら、敵か味方か判別できないらしい。
「……人ですか? 魔獣ですか?」
「人、ではないな。魔獣だろう。だが、人型に近いようだ。精霊は、見たことがないらしい」
「コボルトではなく?」
「うーむ……。それとも違うらしい」
魔眼を使って探ってくれたようだが、やはり接近してくる相手の正体は掴めないようだ。
「そもそも、コボルトやゴブリンであれば、悪意や敵意が感じられるはずなんだ」
「つまり、こっちに敵意を抱いていないってことですか?」
「ああ」
「俺たちに気付いていないんじゃ? 偶然こちらに向かって歩いているだけで」
「いや、一直線にこっちを目指している。それは考えられない」
つまり、人型の魔獣が真っすぐこっちに近づいてきている。明らかに俺たちに気付いているのに、敵意は感じられない。そういうことらしい。
確かに、どう反応していいかわからないな。
「ゼド爺さん、どうする?」
「下手に近づくのは下策だ。迎え撃つぞ」
「了解」
最悪を想定して、敵として対処を考えているらしい。
「皆! ディシャル様を中心に固まれ!」
「はい!」
「分かりました!」
自警団の男たちも、ゼド爺さんの言葉に従って集まってくる。
さて、現れるのは一体どんな相手なのか?
そんなことを考える俺の目の前で、茂みがガサガサと揺れた。
「くるぞ」
「ああ」
ゼド爺さんも、剣を構える。
そして、繁みの奥から、見覚えのある姿の魔獣が、ヒョッコリと顔をのぞかせた。
「ブモ?」
「え? ミノタウロス?」
「ブモー!」
俺の呟きが聞こえたのか、牛頭人身の魔獣が嬉しそうに鳴き声を上げる。
そう。それは紛れもなく、俺が拠点に残してきた配下のミノタウロス・ワーカーであった。




