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160話 ディシャル様のおでかけ


 エドワードの報告が終わった室内には、重苦しい雰囲気が漂っている。


 何せ、この村が目を付けられた理由が塩不足だ。それが解消されるまではフール伯爵は諦めないだろうし、いつ塩不足が解消されるかも分からない。


 この村の塩を提供したらダメなのか? そう思ったのだが、国の流通を賄えるほどの採掘量も埋蔵量もないそうだ。


 そもそも、ソルベスは外部から塩を購入している。そうしなければ、あっと言う間に岩塩を掘り尽くしてしまうからだった。埋蔵量がそれくらい少ないのだ。


 しかも、脅しに屈して塩を融通したとなれば、今後は両国から従属したとみなされかねない。


「塩の流通さえ元通りになれば、交渉できるかもしれないんだが……」


 フール伯爵はどちらかと言えば事なかれ主義なので、戦争と交渉なら後者を選ぶはずだという。


「正直、ナール国はかなり混乱しており、流通が正常に戻るのはいつになるかは……。現在の国王の力も弱く、貴族たちがかなり好き勝手しているようです」


 塩か……。塩がなきゃ人は生きていけない。これは簡単には解決しないだろう。


「うん? 塩?」


 あれ? 俺たち、樹海で岩塩を発見したことあったよな?


「ゼド爺さん。樹海のあの洞窟……。あそこって、まだ掘れそうだったか?」

「トールもあそこを思い出したか?」

「ああ、俺たちの分を確保しても、まだ埋まってそうだったよな?」


 三眼虎の巣穴で、結構な量の岩塩が掘れたはずだ。俺自身は岩塩の掘削にはほとんど手を貸していなかったので、直に確認したゼド爺さんに尋ねる。


「専門家ではない故、詳しくはわからん。だが、まだ相当掘れたと思うぞ?」

「だよな? あれ、使えないかな?」


 村を狙っている伯爵にあの洞窟の場所を教えて、村に手出しをしないように交渉するとか? いや、樹海の中の洞窟じゃ、まともに掘り返すのは難しいかもしれない。


 もしくはあそこから大量の岩塩を掘り出して、それをフール伯爵とやらに回してやるとかでもいいかもしれなかった。


 まあ、相手の出方次第だけど。


 とりあえず、俺たちが以前に見付けた、岩塩が採掘できる洞窟の話をディシャル様に教えてみた。


「なるほど、樹海の中にそんな場所があるのか」

「ええ、あそこを交渉に使えないですかね?」

「……いいのかい?」

「え? なにがです?」

「岩塩が採掘できる場所なんて、今の情勢じゃ相当な価値がある。それこそ、この情報をフール伯爵側に売ればかなり儲けることができるだろう」

「あー、確かにそうかもしれないですね」

「正直、村にはそこまでの対価を払うことはできないが……」


 この岩塩洞窟は俺たちしか知らない以上、ある意味で俺たちの個人財産的な扱いなわけだ。国の管轄下にない、樹海の中の洞窟なわけだしな。


 それを村に差し出すとなれば、村はその対価を支払う必要があるということだった。


 俺がゼド爺さんに視線を向けると、優しい顔で頷いてくれる。俺と同じ気持ちだから、好きにしろと言いたいのだろう。


「対価いりません」


 俺やゼド爺さんに、この洞窟の情報を売るようなつもりは欠片もなかった。


「気にするなって言ってくれたけど、やっぱり少し責任は感じてますし……」

「儂らのような素性の者たちを受け入れてくれたこの村には、恩義も感じております。それに、村がなくなって困るのは儂らも同じこと。こんな時にやれ対価だ、やれ報酬だと、下らんことは言いませぬよ」


 エミルやワフも、きっと分かってくれるだろう。むしろ金を支払ってもらうために交渉するなんて言ったら、愛想を尽かされてしまうかもしれない。


「俺たちも、村の一員ですから。ディシャル様が迎え入れてくれたんですよ?」

「そうだった……。君たちを村の仲間に迎えたのは、私が相談役になってから一番のお手柄かもねぇ。分かったよ。じゃあ、その洞窟の場所を教えてもらえるかい?」

「わかりました」


 俺たちは地図を見ながら、詳しい場所を教える。


 改めて地図で場所を指し示すと、自警団の男たちから呻き声が上がった。


「さすがトールさんだ。こんな樹海の深部でも活動できるなんて」

「お前、行けるか?」

「行けと言われたら、行くさ」


 考えてみたら、樹海は魔境扱いなのだった。そこにある洞窟なんて、気軽に行ける場所ではないだろう。


 採掘なんかも、俺たちが向かう必要があるかもしれない。少なくとも、試掘の護衛はする必要があるだろう。


 そして、地図から顔を上げたディシャル様が妙に楽し気に口を開いた。


「ふむ……。トール、ここに案内してもらうことは可能かな?」

「え? ディシャル様をですか?」

「そうだ」

「いや、でも、村から出ていいんですか?」

「今回は、それが必要だからね」


 この村の岩塩の埋蔵量を調べたのはディシャル様であるらしい。精霊眼で大地の精霊と交信し、教えてもらったそうだ。


 俺たちが情報提供した洞窟についても、ディシャル様しか詳細を調べられる者はいないということだった。


「なに、数日村を空けるだけさ。それに、私はこれでもそれなりに強いんだ。トールたちの足手まといにはならんよ」


 足手まといというか、俺たちの方が足を引っ張りそうだ。何せ、伝説の種族である。


 だが、伯爵と交渉をするにも洞窟の詳しい情報は確かに必要だろう。場所ももっと正確に把握しておきたいし、埋蔵量もキッチリ調べておく方がいい。


 つまり、危険さえ考えなければ、ディシャル様を洞窟に連れて行く方がいいということになる。


 俺は村長とカグートを見つめた。彼らが反対するのであれば、俺もディシャル様を説得するつもりだったのだが――。


 どちらも諦めた表情であった。


「いいんですか?」

「言い出したら、引かぬお方ですからの」

「ディシャル様が必要だと仰られるのであれば、必要なことなのだろう」


 この2人が反対しないのであれば、俺も反対する理由はない。


「……わかりました。案内します」



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