159話 理由と塩
ライトの報告を聞き終えたディシャル様が、難しい顔で腕を組んだ。
「では、フィーナン伯爵がこの村にこだわる理由は、ナール国にあると?」
「どうもそのようです」
ライトは、トーロ国のフィーナン伯爵領に潜入している、村の諜報係と繋ぎを取っていたらしい。そこで、色々と情報を仕入れてきたようだった。
フィーナン伯爵がソルベス村に騎士を送り込もうとした理由は、隣国のナール国にあるらしい。
何らかの理由でナール国のフール伯爵がソルベスの村に目をつけ、それを知ったフィーナン伯爵が妨害目的で先にソルベスを手に入れようとした。
それが、今回両伯爵が同時に動いた理由であるようだ。
下らない政争なのだが、巻き込まれる方はたまったものではない。それに、フール伯爵がソルベスを手に入れようとしている理由も分からなかった。
理由がハッキリしなければ、今後とも狙われ続けるだろう。何とかして、フール伯爵の行動の理由を知りたい。
「エドワードがいつ戻ってくるか、だね」
「そうでございますな」
エドワードは、フール伯爵領で情報収集をしている青年であるそうだ。フール伯爵領で最も大きい領都フーラで、冒険者として活動しているという。
俺たちは、ワフを捕らえた男爵の本拠地であったゼニディアの町しか知らないが、フーラの方がゼニディアよりもかなり大きいそうだ。しかも、この村に近いらしい。
そもそも、ゼニディアはゼニドー男爵の拠点で、フーラはフール伯爵の拠点である。伯爵の居住地であるフーラの方が栄えているのは当然だろう。
イメージ的には、男爵が町長や村長。伯爵は県知事みたいなものだ。ゼニドー男爵も、フール伯爵配下の貴族の一人でしかない。
そう思うと、凄く強大な敵に思えてきた。いや、あの時は特務騎士がいたせいで激戦になったが、本来のゼニドーの配下だけだったら、もっと簡単に勝てていたか?
まあ、油断してはいけない相手だと言うことは分かった。
「エドワードを迎えに行った方がいいかね?」
「そうでございますな」
俺が迎えに行ってもいいかと思ったが、顔が分からないんだよな。俺たちが谷を塞ぐトロールを排除した直後には、フーラに向けて出発してしまったらしいのだ。
そのせいで、話したことも無ければ顔も知らない。
そのエドワード青年の仕事は、情報収集と伝達だ。フール伯爵領で大きな事件が起こったり、村に影響を及ぼしそうな情報を得た場合に、村へと戻ってくるらしい。
「今回の情報を掴んでいれば、そろそろ戻ってきてもおかしくはないのだが……」
その時だった。
「あ、いや。大丈夫だ。迎えに行く必要はなさそうだよ」
「戻ってきましたかな?」
「ああ」
ディシャル様が、不意に視線を上げた。当然ながら、そこには天井しかない。だが、彼女にはしっかり見えているのだろう。
村長も心得たもので、すぐにディシャル様の言葉の意味を察したようだ。何人かの自警団員に、エドワードを迎えに行くように指示する。
精霊がエドワードの帰還を教えてくれたんだろう。
それから5分。
自警団員たちが見知らぬ青年を連れて戻ってくる。
「ディシャル様、ただいま戻りました」
「お帰りエドワード」
やはり、この金髪の青年がエドワードか。美形というわけでもないが、不細工でもなく、どこにでもいそうな顔だ。こういう顔の方が、町に溶け込んで活動しやすいんだろう。
「あー、初めまして、かな?」
「そうですね。お話しするのは初めてです」
俺はエドワードと軽く挨拶を交わす。向こうは俺の顔を知っていたらしいが、挨拶をしたことはなかったようだ。よかった、これで実は軽く話したことがあるとかだったら、メチャクチャ失礼だしね。
ともかく、俺がここにいることを不審には思われていないようだった。
そして、エドワードの報告が始まる。
「フール伯爵領で、塩の流通が減っています」
「塩かい?」
「はい。南部との関係が悪化した関係で、海塩の輸出を制限されてしまったようで」
フール伯爵の所属するナール国で海があるのは南部だけなので、塩のほとんどが南部で作られる海塩に頼っているそうだ。
「だが、塩は生活必需品だろ? 確か国内では一定以上の塩を流通させるような法律があったはずだが?」
「それがですね……」
元々仲が悪かったナール国の南部と北部であるが、ここ近年でさらにその関係が悪化していた。
それでも、さすがに塩を止める程の破綻は訪れていなかったのだが……。
経済的に追い詰められた北部の領主の一部が、手勢を使って南部の商隊を襲ってしまったのだという。
結果、両者の間でいさかいが発生し、その対立は南北全体を巻き込んだ。
結果、一部の馬鹿な北部領主が資金援助しなければ攻めると言い出し、負けず劣らず馬鹿な南部領主の数名が謝罪して領主を交代させない限り塩を止めると宣言してしまった。
貴族は面子を守るためには何でもする生き物だ。前言を軽々しく撤回もできず、結局塩の流通が滞ることとなってしまった。
「そこで、フール伯爵が思い出したのが――」
「我らがソルベスというわけだね」
「はい」
「どういうことですか?」
「ああ、トールにはまだ見せたことがなかったね」
実は、ソルベスの村の近くには岩塩の取れる場所があるそうだ。採掘量は多くないものの、味は非常によく、隣国では高級品として出回っている。
ただ、今まではそれで何の問題もなかった。隣接しているトーロ国もナール国も、海に面しているからだ。塩の供給は十分で、ちっぽけな岩塩の生産地など気にも止められなかった。
「でも、フール伯爵は僅かでも塩が欲しい、というわけだ」
「つまり、塩の流通がマシになるまで、フール伯爵はこの村を狙ってくる?」
「ついでに、その邪魔をしたいフィーナン伯爵も、諦めはしないだろうね」




