154話 ワフの大剣
「ふむ。それにしても、これではっきりしたね」
「え? 何がですか?」
フール伯爵の配下が立ち去り、ディシャル様の小屋まで戻る道中。ずっと何かを考え込んでいたディシャル様が、小さく呟いた。
「この村の何かに、貴族に狙われるほどの価値があるってことさ。今まではこの村を無視していたフィーナン伯爵、フール伯爵。両者が同時期に動き出した。偶然だと思うかい?」
「それは、確かに……」
「裏で繋がっているのか、いないのか……。これはいよいよ、本当に私の存在が露見したかな……?」
その可能性は、なくはないと思う。伝説の種族であるというダークエルフには、いくらでも利用価値はありそうだ。
ディシャル様がどこか悲し気に微笑む。ディシャル様が何を考えているのか、俺にはピンときてしまった。先程の自分と同じことを考えているのだろう。
しかし、俺が何かを言う前に、カグートが口を開いていた。
「村を出て行くなどとは、絶対に言わないでくださいよ?」
「……カグート」
「さっきはトール殿に、色々と仰ってましたよね? 仲間を見捨てないことが、この村の流儀、でしたっけ? 自分たちの誇りと、仲間のために、曲げられないものがあるとも言ってましたなぁ?」
「……でもね……」
カグートに続き、村長も声を上げる。
「その言葉、我々も同意しますぞ。誇りにかけて、村の仲間は見捨てない。当然ですな。ディシャル様にとって、我らは頼りない子供のように見えることは承知しています。ですが、我らは守られるだけの存在ではない。必ずディシャル様をお守りいたします。だから、我らを信頼してください」
「……ふふ。まさか、君たちに諭されるとは」
「も、申し訳ありませぬ」
「ふふふ。この村の一員であることが誇らしいよ。みんな、迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね?」
「は! お任せください!」
ディシャル様が後ろめたさなど微塵も感じさせない満面の笑みで、村長やカグートたちに頭を下げた。
ちょっとうらやましい。俺はまだ、自分のせいでという想いが残ってしまう。
ディシャル様の姿は、この村の人間を完璧に信頼し、信頼されているからこその姿だ。迷惑をかけても許してもらえる。その信頼があるからこそ、あんな風に笑えるのだろう。
いや、それも当然だ。年季が違うのだからな。俺も、いつかあんな風に笑い合えるように、頑張ろう。
そんな風に考えていたら、ワフたちがやってきた。
「主! お帰りなさいませ! 戦果はいかがでしたか?」
「ワフ。お前、完全に戦う気だな」
「無論ですぞ! 悪人は、ワフがこの大剣でバッサバッサとなで斬りにしてやりましょうぞ!」
ワフが電撃の大剣を取り出して、振り上げる。
「あーあー、わざわざ剣を抜かなくていいから!」
「ワッフー!」
「危ないって!」
電撃の大剣を与えられたのが余程嬉しいのか、ことあるごとに振り回すんだよな。
ただ、電撃の大剣は取り出すのがなかなかに面倒だ。
拡張袋を鞘代わりに使っているんだが、ワフの手の長さではここから自力で大剣を引き抜くことができない。どうしても途中で引っかかってしまうのだ。
そこで、まずは拡張袋を小さく畳むために結ばれた紐をほどき、その後は剣の柄を握って思い切りぶん回し、袋を遠心力で飛ばして剣を抜くのである。
剣を拡張袋に納める時も、普通の方法ではない。
地面に落ちている袋に、大剣を切先からツッコむのだ。
その後は剣で袋を持ち上げれば、袋が剣を飲み込みながら滑り落ちてくるというわけである。刃が全部仕舞えた時点で袋を縛り、小さく畳んで腰に吊るすのだ。
毎回飽きずにこれをやらないといけないのに、ワフは毎度剣を抜きたがる。やり過ぎて、最近は抜刀納刀が異様に早くなっていた。まあ、普段から訓練していると思えばいいか。
「トール、何やら悩んでいる顔だが?」
「ゼド爺さん……。そんなに分かりやすい顔してるか?」
「うむ。大方、引き渡しの話を聞いたのだろう?」
「ああ、知ってたか」
「自警団の者が、追い返したと報告してくれたからな。だが、あまり気に病むなよ? あれは、お前の身柄が目的ではない」
「それもディシャル様から聞いたよ」
でも、なかなか割り切れるものじゃないのだ。この気持ちは、どうしても残るだろう。
「若い内は、悩むものだ。いくらでも悩め。それに、『あー、なんだー、自分のせいじゃなかったのかー』などと言って安心するような人間、信用ならんからな」
「今の、俺の真似かよ?」
「似ておっただろう?」
「似てないわ! なんだよ今の軽薄そうな男は」
「ふはは。それはすまんな。だが、悩むのはいいが、悩みに振り回されてはいかんぞ? やるべきことをやれなくなるのも、逆に自棄になって暴走するのも、周囲に迷惑がかかるのだからな?」
「ありがとう。心に留めておく」
カウンセリングというか、悩み相談みたいになってしまった。ちょっと恥ずかしいな。
そんな話をしながら歩いていると、あっと言う間にディシャル様の小屋の前に辿り着く。コボルトたちがちゃんと頭目を見張ってくれているな。
「トールよ。その男は?」
「こいつは、盗賊共の頭目だと思う」
「なに? 本当か!」
「ああ」
そして俺は、出撃してからのことを簡単に報告した。騎士団が間違いなく森を進んでいたこと。盗賊は半数以上を仕留めたこと。そして、その頭目らしき男を捕らえたこと。
「早速尋問をしよう!」
「ああ、分かった」
頭目はカグートたちが驚くほどに従順だった。こちらの言うことに、黙々と従う。いちいち俺に怯えながら。
尋問も、驚くほどにあっさり終わってしまった。完全に心が折れているせいで、全ての質問に素直に答えたのだ。
その結果、フィーナン伯爵がやろうとしていることが判明した。
「盗賊に襲われている村を救援して恩を売る、か」
「古典的だが、嫌らしい手ではある」
騎士団が現れたら盗賊は逃げる予定であったらしい。その後騎士団は、村に恩を売りつつ、休息のために村に入れろと要求することになっているそうだ。
どうやらフィーナン伯爵側は、ジョナサンが生きて村に辿り着いたとは思っていないらしい。だからこそ、こんな茶番が通用すると思っているのだろう。
ただ、盗賊たちもそこまでする目的までは知らなかった。
「さて、2人の伯爵たちが求めるものは、一体何なのだろうね……」




