153話 村の掟
「俺はまた村に戻る」
捕まえた頭目を尋問しなくてはならない。それにしても、さっきから静かだな。抵抗するどころか、ほとんど身じろぎさえしない。
「ふむ?」
「ひっ!」
俺が軽く頭目に視線をやると、真っ青な顔でビクンと震える。その顔には、明らかな恐怖があった。
どうやら、ファイア・ホイールを使って盗賊たちを殲滅した俺に対し、強い恐れを抱いているらしい。そうだよな、こいつから見たら、俺はかなり凶悪な魔術師だ。
一発の魔術で50人近くを焼き殺し、恐ろしい魔獣を何匹も使役している。怖がらない方が変だ。
だからこそ、村のありがたさがよく分かった。俺を怖がらず、受け入れてくれたソルベスの村。絶対に守ってみせる。
「魔術師長。盗賊の残党たちの見張りを頼む。やけになって、村に押し寄せないとも限らないからな」
「ゴファ!」
「お前だけで対処できそうになかったら、戻ってきて知らせてほしい」
「ゴファ」
村への帰還途中、俺はバインダーを確認した。何度か光っていたのだ。
だが、達成された試練を確認しても、俺は素直に喜ぶことができなかった。
スペルカード20枚使用:ポイント1
人を一度の戦闘で大勢殺す:ポイント5、万能魔力5
人を惨たらしく殺す:ポイント1、万能魔力1
大勢の人を惨たらしく殺す:ポイント2、万能魔力2
試練の内容が酷かった。まじで神々は俺に何をさせたいんだ? 多分、白井が人を拷問して達成した試練がこれらなのだろう。
「……」
「オフ?」
「ああ、いや、なんでもないんだ」
コボルトが心配そうに俺を見上げている。今は下らんことを悩んでいる場合じゃなかったな。そもそも、もう達成してしまったのだ。それをなかったことにはできない。
それに、人を殺せと言われているわけじゃないんだからな。
だが、今後俺以外の転生者たちがこれを知ったらどう行動するか……。
俺が存在を掴んでいるのは白のカード使いだけだが、他にいないとも限らないだろう。
盗賊団を壊滅させるような方法で試練達成を狙うなら問題ない。むしろ推奨だ。だが、白井のような奴だったら……。この情報は、広めることは絶対にできんな。
気分を変えるため、手札を確認だ。
比翼のワイバーン、幻影の竜、バルツの森の見張役、肉体強化の呪印、バルツの森の主、大地の魔力と、なかなかの充実っぷり。しかも、不本意ながら魔力も充実している。
今ならちょっとした軍隊くらいは怖くないかもしれない。いや、慢心は良くないな。ただ、森にいる騎士団には負けないだろう。
バルツの森の主と見張役が揃っていれば、森の中では凄まじい戦力なのである。
何から使おうかね?
悩んでいる内に、いつの間にか村へと戻ってきていた。上空から村を見下ろす。すると、門の前に人が集まっていた。
敵が迫っているのだから、それも仕方ないんだが……。何故か敵が来る予定の西門ではなく、東門の前にも多くの人間がいるのだ。
しかも、門の外に誰かいる? ただ、ここからだとよく分からんな。
俺は門の前に居る人間から見えないように、少し迂回してから村の中に降り立った。
誰もやってこないのは、やはり門のところで何かトラブルが起きたからだろうか?
俺はペガサスたちをその場に待機させると、東門へと向かった。すると、そこには自警団や村人たちの姿がある。何があった?
俺は人垣の後ろに居た自警団の顔見知りに声をかけた。まあ、すでにこの村のほぼ全員と顔見知りだけどね。
「トール殿! ご無事でしたか! 先程、凄まじい轟音と共に、空が真っ赤に染まるのが見えたのですが……」
「ああ、驚かせちゃったか。俺がちょっと切り札を使ったんだ」
「お、おお。トール殿のお力でしたか」
「この騒ぎ、いったいなにが――」
俺が何が起きたのか質問をしようとした、その時だった。
「では、この村は我らの要請を断ると言うことだな!」
「犯罪者をかくまうというのか!」
門の外から、大きな声が聞こえた。いきなり声を張り上げたところを見るに、村の人間に聞こえるように、わざと大きな声を出したっぽいな。
「村の者どもよ! 犯罪者の引き渡しを拒否するというのであれば、この村は我が主と敵対すると言うことだぞ!」
「もう一度よく考えるがいい! 代表者と名乗ったこの男は拒否したが、他の者たちが犯罪者を引き渡せば、不問にしてやってもいいぞ!」
どうやら、この村に逃げ込んだ犯罪者を引き渡せという要求らしい。誰のことだ?
だが、この村はそういう人間たちが流れ着く場所だというし、掟でも仲間を見捨てないとしっかり定められている。引き渡しに同意する者はいないだろう。
ディシャル様が受け入れたってことは、今は真人間になっているはずだ。だとしたら、引き渡すことなんて絶対にしたくない。貴族と敵対することになるかもしれないが……。もし戦うことになるのであれば、俺は全力で戦うぞ。この村の人間を守るためだったらな。
そう思っていたんだが、村人たちの叫びを聞いて驚いてしまった。
「トールさんたちは引き渡さないぞ!」
「そうだそうだ! 俺たちは仲間を絶対に見捨てない!」
「帰れ帰れ!」
え? 俺? もしかして、犯罪者って俺のことか? 考えてみたら、俺は東のナール国で指名手配されているはずだ。でも、ここまでわざわざ追ってきたのか?
「ど、どういう、ことだ……」
「やあ、トール」
「ディシャル様! どういうことで……」
「これは、隠せそうもないね……」
ディシャル様が事の次第を簡単に説明してくれた。門の外で大声を張り上げているのは、ナール国のフール伯爵の配下の騎士たちだという。この村の東に領地を持つ貴族であるそうだ。
そして、彼らがやってきた目的は、貴族殺しの犯人である俺やその仲間の引き渡しであったらしい。
「そ、そんな……。お、俺のせいでこの村が!」
「いや、落ち着きなよ。この村じゃ、昔からよくあることさ」
軽い口調で語るディシャル様の言葉に、周囲の村人たちも頷いている。
「そうそう。あまり気にしちゃダメだぜ?」
「ああいうのはたまに来るからな」
「トールさんはもう仲間だからな! 仲間のために戦うのが、この村の誇りだ!」
俺を責める声は一つもない。それどころか、労わるような言葉ばかりだった。
「それに、ちょっとおかしいんだよ」
「どういう、ことです?」
「昔から、この村は多くの犯罪者を受け入れてきた。でも、当代のフール伯爵がそれを咎めるような行動をしたことはほぼないんだ。伯爵の父親を殺したっていう義賊を匿った時でさえ、やる気のない使者を介した交渉が数度あっただけなんだよ?」
結局、義賊は病で息を引き取るまでこの村で暮らしたという。
「それが、評判の悪い貴族を殺したからといって、あんな高圧的な使者を送る? 違和感しかない。あの騎士たちを覚心眼で観察したけど、どうやら君の身柄は欲しくないみたいだよ?」
「え? でも、使者が……」
「多分、君たちは口実に使われただけだよ。この村が、一度受け入れた人間を見捨てるはずがない。彼らもそれは理解している。だから、最初からそれは織り込み済みなんだよ。拒否させておいて、それを理由に何か交渉を試みるか、攻め込むための口実にするつもりなんだろう。もし君たちを引き渡そうとしたら、困るのは向こうだろうね」
ディシャル様がそう言って笑う。
「それはそれでちょっと見てみたいかな? ふふふ。まあ、気に病む必要はないよ? だから、出て行くだなんて言わないでね?」
「え? いや、でも……」
ドキッとしてしまった。そのことを本気で考えたからだ。
「君たちがいなくったって、どうせ違う口実で難癖をつけていたはずさ」
そんな風に言われても、簡単には割り切れない。村を守るなんて誓っておいて、俺のせいで村に迷惑がかかるなんて……。何が守るだ!
だが、俯いている俺に他の村人たちが再び声をかけてくれる。彼らの立場なら、俺に罵声を投げかけても許される。むしろ、放り出すのが当たり前だろう。
しかし、彼らは明るい口調で、口々に慰めの言葉を口にした。
「心配するなよトールさん。あんな奴ら、俺らが追い返してやるから!」
「もうトールさんは仲間なんだから、守るのは当たり前だろ!」
「はははは! トールさんは強いんだから、いざという時に守られるのはお前じゃないか?」
「トロールの時は本当に助かったんだ! あの恩を返すチャンスさね!」
不安がないはずないのに……。俺を落ち着かせようとしてくれているのが分かった。
「俺……」
「トール。謝らないでくれよ? これが、この村の流儀なんだ。誰も、恩にきてほしいとか、謝ってほしいなんて思ってない。ただ、自分たちの誇りと、仲間のために、曲げられないものがある。それだけさ」
「……」
なんと言っていいか分からない。しかし、俺は決意を新たにしていた。
「……ありがとう。俺も、全力で戦うよ」
「それは助かるな。君の力は凄いから。頼りにさせてもらうよ?」
「ああ、任せてくれ」
絶対に、この村の人たちを守ってみせる。どんなことをしてでも。




