152話 炎の車輪
「よし、盗賊たちに一発ぶち込むぞ」
俺が手に取ったのは、ファイア・ホイールのカードだ。非常に強いのだが、樹海などでは使えなかったカードである。
ファイア・ホイール 赤4 UC スペル
詠唱、対象のプレイヤーがコントロールする全てのモンスターに2点ダメージを与える
まず、効果の及ぶ範囲がどれほどの物なのか分からない。
イラストだけ見れば、直径10メートル程度の火炎の輪が、人間の軍隊を焼いているような絵柄である。
しかし、効果には全てのモンスターと書かれているのだ。もし眼下にいる盗賊全てが効果範囲なのだとすれば、直径100メートルは必要になるだろう。
対象によって範囲が変わるのか。それとも、イラスト通りなのか。使ってみなくてはそこが分からなかった。
もし想像を超える範囲だった場合、仲間を巻き込んだり、周辺に炎が燃え広がって、大火災になる可能性もある。
迂闊に使うことはできなかった。
だが、ここなら樹海よりははるかに使いやすい。
草木のほとんどない岩だらけの荒れた山岳地。盗賊たちがかなり山を登ってきていたので、森ともかなり距離があがる。周囲に延焼する危険はほぼないだろう。
「よし……。まずはこれだな」
赤スペルのコストを減らしてくれるアイテム、赤の秘石だ。俺は腰の袋から石を取り出すと、使用を念じてみた。すると、赤の秘石から赤い光が発せられ、ファイア・ホイールのカードを包み込んだ。
確認してみると、ファイア・ホイールの必要コストが1減っている。これで、魔力3で使用可能だった。
俺はカードを構え、書かれている呪文を唱える。
「暴れろ暴れろ、赤き車輪。紅の火炎まき散らしながら、回って周って暴れ狂え! ファイア・ホイール!」
ッゴオオォォォォオ!
それは呪文の通り、赤い車輪だった。暗闇に突如出現した炎の輪は、神々しく思えるほどに存在感がある。
しかし、そんな風に思えたのは最初だけであった。
「ぎいいやぁぁぁぁ!」
「ひぎぃぃ!」
「う、うでがぁぁあぁ!」
出現した時点で10人以上が焼かれていたが、それで終わるわけがない。
炎でできた直径5メートルほどの輪が、徐々に回転をはじめ、動き出す。数秒後、火炎の渦がねずみ花火のように暴れ狂っていた。
数十人が炎に飲み込まれ、まるで松明か何かのように燃え上がる。密集していたことも不運だったろう。
ボボボボという火炎放射器のような轟音と、盗賊たちの悲鳴が重なり、山岳地帯に響き渡っていた。
炎に包まれた盗賊が転げまわる姿は何かに似ていた。ああ、あれだ。焚火にくべられて燃やされる、年の終わりの案山子だ。とても人とは思えない末路である。
十数秒後。
呪文効果が終わった時、そこには全身を炭化させた人の遺体と、重度の火傷に苦しむ生き残りの姿があった。
無事な盗賊もいるのだが、余りの惨状を目の当たりにして呆然としているらしい。仲間を助けようと動き出す者はいなかった。
「降りるか……」
「ゴファ!」
「魔術師長?」
下りて現場を確認しようとしたのだが、魔術師長に止められた。危険だからという理由ではなさそうだ。
「もしかして、俺を気遣って……?」
「ゴフ」
現場は、それほど酸鼻を極めた状態だった。暗闇、高空という状況から見下ろすだけでも、遺体が直視し難いほど酷い状態であることは分かる。
村の仲間を襲った盗賊を殺したことに、後悔はない。今までだって、盗賊を自らの手で殺したことがある。しかし、火で焼き殺すというのは、それ以上にくるものがあった。あの悲惨な現場を自分が作り出したのだと思うと、陰鬱な気持ちは抑えられない。
「そうだな……。下りるのはよそう」
「ゴフ」
人の焼けた臭いを嗅ぎたいというわけでもないし、盗賊たちの生き残りももう戦えないだろう。ここは魔術師長の気遣いに、素直に乗っておくことにした。「お、俺が殺したんだ! うわぁ!」とか、惰弱系主人公をやりたいわけでもないのだ。
「セルエノンのくれた強靭な心に、マジで感謝だな」
地球にいた頃の俺だったら、こんな現場を見たら絶対に耐えられないと思う。だが、今は少し憂鬱になるくらいで済んでいるのだ。
「じゃあ、村に――」
「オフ」
「どうした探検家?」
「オフフ」
背後のコボルトの探検家が、俺の服の裾を引っ張る。そのジェスチャーから考えるに、どうやら森に下りろと言っているらしい。
何かあるらしい。
俺はその言葉に従い、ペガサスを森の中に降下させた。
すると、すぐに周囲の茂みがガサガサと揺れる。だが、俺はビビらない。
モンスターたちが警戒していないということは、敵ではないということなのだ。前だったらビクッとなっていたはずだけどね。俺も成長したもんだ。
「オウン」
「灰色狼たちか。よし、どうだ? 怪我はないか?」
「オフ!」
遊撃に派遣していた、灰色狼やバルツビーストたちの姿がある。その口や体には僅かに返り血が付いており、仕事をきっちりこなしてくれていたのだと分かった。
ただ、怪我をしているモンスターはいないので、そこまで激しい戦闘にはならなかったのだろう。
俺の言いつけをキッチリ守り、野生生物の襲撃に見せかけるように行動してくれていたようだ。
「お前らはこのまま、騎士団の監視に向かってほしい。奴らが村以外の方角に向かったら、追跡を頼む」
「オン!」
メイドさんと連携すれば、監視網は完璧だろう。




