148話 盗賊の後ろに
黒煙火山の魔術師長を呼び出したその日、俺たちはカグートの訪問を受けていた。
「今から、ですか?」
「ああ。ディシャル様も交えて、今後のことを話し合いたい」
「いや、そんな大事な話し合いに、俺たちみたいな新参者が加わっても……」
「確かにお前らは新参者だが、その実力はこの村でも指折りだ。それに、心根の方もディシャル様のお墨付きだしな。是非、意見を聞きたい」
「……分かりました」
時刻はもうすぐ夜と言ってもいい時間だ。
すでに夕食は済み、あと半刻もせずに日は完全に沈むだろう。
クレナクレムは中世の地球と違って、光源が比較的簡単に用意できる。魔術や魔獣脂、魔道具のおかげだ。それ故、日の入りとともに即座に寝る訳ではない。
それでも、日が落ちてから外出することは稀であった。
俺もこの村に来て以来、ディシャル様に紹介された日以外は数度しか外出していない。それも、自警団員たちと一緒に、夜の見回りを体験したからだ。
うちで毎晩外出している人間は、ゼド爺さんとトビア、ジェイドだけだ。自警団を手伝っているので、見回りが日課になっているのだ。裏を返せば自警団以外の村人は夜に外出しないということでもあった。
実際、エミルやマリティアは、夕食後はずっと家にいる。
つまり、こんな時間に俺たちのような新参者をわざわざ呼び出すと言うことは、それだけ重大な話があるということなのだろう。
断れるわけがなかった。
カグートに連れられて、ディシャル様の下へと向かう。
同行者はゼド爺さんと、トビアである。これは、ディシャル様からの指名だった。
倉庫に入ると、すでに俺たち以外の人間が揃っている。
「お待たせしました」
「いやいや、こっちが呼びつけたんだから、頭を上げてほしい」
いつもは樽や箱が少し置いてあるだけの倉庫に、今日は机と椅子が並べられ、会議室のような雰囲気であった。
上座にディシャル様。あとは村長、自警団の古参数人、村長の補佐役の老人数人といった感じである。
そして会議が始まったが、その議題は穏やかとは言い難い内容であった。
「月影の盗賊団。その背後に、フィーナン伯爵がいる可能性が高い」
「なに! どういうことですか!」
「真の話で?」
ディシャル様の言葉に、男たちが騒めく。だが、俺たちにはいまいち理解ができなかった。
月影の盗賊団というのは、街道に出没する盗賊たちのことだろう。旗印に、三日月のマークを使っているという話だった。だが、フィーナン伯爵とは誰だ?
首を傾げている俺たちに、ディシャル様と村長が、色々と教えてくれた。
フィーナン伯爵というのは、このソルベスの村から西側に領地を持つ、隣国の貴族であるらしい。
ソルベスは今まで俺たちがいた南のナール国と、西のトーロ国という2つの国に挟まれている。だが、今まで国から何らかのいちゃもんを付けられたことはないらしい。
ソルベスの成り立ちや立地が非常に複雑なことが、大きな理由だろう。
まず、ナールとトーロ、両国が成立するよりもさらに前から村が存在するせいで、土地の所有権を主張しづらい。国が生まれた時に暗黙の了解でその存在を認めたことにより、今さら自国の領土であるとは言えなかった。
しかもここは不毛の土地で、魔獣も多い土地だ。国としては、わざわざ領地に組み込むほどの旨みが少ないのだろう。
むしろ、犬猿の仲である2つの国にとって、ソルベスを占領してしまえば相手を無駄に刺激しかねないという危険性があった。どちらの国も、全面戦争をしたいわけではないのだ。
それ故、トーロ国の最東端の領主であるフィーナン伯爵も、今までは目立った動きを示したことはなかった。
ソルベスの住人たちがトーロ国に行商に行っても問題なく受け入れてもらえていたし、特にいちゃもんを付けられることもなかった。暗黙の了解として、穏便に無視してくれていたのだ。
それが、今回は違っていたらしい。証言するのは、先日俺が生命回復で助けた、自警団の男性――ジョナサンだ。
行商のリーダーを任されたことからも分かる通り、ジョナサンは村でも信頼されている人間の1人である。
そのジョナサンが、フィーナン伯爵の配下の騎士に接触されたらしい。
「明らかに、こちらの事情を知り過ぎていました」
なんとその騎士は、盗賊団に悩まされていることだけではなく、トロールがナール国への街道を塞いでいること。さらに村の食料が残り少ないことなども知っていたというのだ。
「それで、その騎士が、フィーナン伯爵家の騎士団を村に駐留させてはどうかと提案してきたんです」
トロールを倒すことはできないが、盗賊団を追い払うことは可能だと言い出したらしい。
「ソルベスの村の状況をあそこまで正確に知ることは、なかなか難しいでしょう」
「そうだねぇ。普通なら村人が行商人なんかに漏らした可能性もあるけど、うちの村に限ってそれはないし」
ディシャル様の言う通りだ。
長らく行商人も来ておらず、村人の外出もない。その村のことを詳しく知るなど、よほど特殊な立場の人間だけだろう。例えば、行商人が来ない理由を作った人間などである。
「多分、脅しのつもりだったのではないでしょうか?」
その騎士の言葉の端々には、ソルベスに対する威圧のようなものが含まれていたそうだ。盗賊だけではなく、トロールですらフィーナン伯爵の意図したものだというかのような口ぶりだったらしい。
つまり騎士としては、ソルベスの村を救いたければ、騎士団を受け入れろ。そう言いたかったのだろう。
ある程度の権限を与えられているジョナサンが了承したという事実があれば、無理やり騎士を村に駐留させても言い訳が立つ。
しかし、ジョナサンはその提案を断った。村の事情を鑑みれば、騎士など絶対に受け入れられないからだ。
騎士団など駐留させてしまえば、それは相手の支配下に入ったも同然である。国や権力者に対して不信感を持つソルベスの住人たちが、承服するはずもない。
そしてその結果が、行商に向かった自警団員たちに降りかかった悲劇であった。見せしめのためだったのか、他の村人をおびき寄せる意図だったのか。
ジョナサンたちは盗賊団に襲われ、半数が死亡し、半数が命からがら村に逃げ帰ってきた。
「何が目的かは分からないが、明らかにフィーナン伯爵が何かを企んでいると思います」
ジョナサンの言葉に、室内の空気が重くなる。だが、その場ではそれ以上の議論をすることはできなかった。
「た、大変だっ! 盗賊たちがこっちに向かってきてるかもしれない!」
見張り役の自警団員が、倉庫に飛び込んできたのである。
今年は父が亡くなった関係もあり、お盆付近で少しお休みをいただくと思います。




