141話 村の秘密
エミルは天兵の守護槍をなかなか使いこなしているようだった。
狩りで、そこそこ大きな猪を仕留めて帰ってきたのだ。それも、ほぼ1人で。村の男たちからは絶賛の嵐であった。
最初から好意的な村人たちが、ここ数日でさらにウェルカム状態だ。歩いていれば皆が笑顔で挨拶してくれるし、不便はないかと気を遣ってくれる。
こんなに無防備に余所者を受け入れて、裏切られたりしたことはないのかと心配になる程だった。
だが、村人たちのこの態度には、やはり裏があったのだ。いや、裏があるというと、何か企んでいるように聞こえてしまうな。
裏というよりは、秘密があったという方がいいだろうか。ともかく、新参者には明かされない、理由があったのである。
それを知ったのは、エミルに天兵の守護槍を渡した日の夜であった。
夕食を済ませ、皆でまったりしている時のことである。
トントン。
家の扉がノックされる音が聞こえた。
「あれ? 誰か来たかな」
「ワフが出ますぞ!」
こんな時間に誰だろうか? 首を傾げていると、扉の向こうから現れたのはすでに見知った人物であった。
「え? 村長?」
「夜分に失礼いたします」
「何か問題でも起きましたか?」
村長がこんな時間にわざわざ尋ねてくるなんて、尋常な事態ではない。神妙な顔をしているし、何か厄介事だろうか?
「魔獣でも出ましたか?」
「いえ、特に事件が起きたというわけではないのです。実は、皆様に紹介したい方がおりまして」
「紹介、ですか?」
「はい」
村長自身がやってきてわざわざ引き合わせるということは、重要な人物なのだろう。ただ、ここ数日で大分村人と交流を持ったが、そんな人間の話は出なかったけどな。
「それで、大変申し訳ないのですが、この後お時間はよろしいでしょうか? 御足労いただきたいのですが……」
「それは大丈夫ですけど……。みんなも平気だよな?」
振り向いて確認すると、ゼド爺さんもエミルも頷いている。
「今すぐの方がいいですか?」
「できましたら」
忙しないが、村長の頼みじゃしかたない。俺はそのまま村長の後に付いて行こうとしたんだが、ゼド爺さんたちは「少し待ってくれ」と言って軽く着替え始めた。
完全武装とまでは行かないが、簡単な防具と武器を身に着けている。
確かに、素手は不用心過ぎたな。まだ出会って数日の相手なうえに、これからどこに案内されるのかも分かっていない。
ただ、これから武器を取りに戻るのは、ちょっと気まずい。何せ、「お前らのことを完全には信用してないぞ」と宣言するようなものなのだ。
仕方ないので、違う方面からアプローチだ。
「うちのモンスターたちはどうします? 全部連れて行きますか?」
「いや、それは……。さすがに大きい魔獣は入らないので、3匹くらいにしてもらえませんか?」
ダメとは言わないのか。だったら、虎人の大剣士、灰色狼、蔦鼠でいいかな?
「じゃあ、後は頼んだ」
「オフ!」
俺たちはコボルトたちに家の留守を頼み、村長とともに出発した。人間7人にモンスター3匹を加えた大所帯である。
そのまま歩くこと5分。
俺たちが連れてこられたのは、崖にくっつくように建てられた小さな小屋であった。
「ここですか?」
「そうです」
村長は俺の質問にうなずくと、そのまま小屋の扉をノックした。
「トール殿とそのお仲間をお連れしました」
倉庫だと思っていたが、中に誰かが住んでいるらしい。だって、この小屋には窓もなく、どう見ても倉庫にしか見えなかったのだ。
少し待っていると、小屋の扉の隣に設置されている鈴がリンリンと小さく鳴った。それが合図であったらしく、村長はそのまま扉を開けて小屋の中に入っていく。
「どうする?」
「……行くしかあるまい。先頭を頼む」
「了解」
俺のライフバリアはすでに20まで回復している。不測の事態に備えて、俺が前に立つべきだろう。
「……えーっと、ここは?」
「こちらです」
小屋の中は、想像通りの倉庫だった。箱や樽が並べられている。あれ? だったら、さっき村長は誰に声をかけていたんだ?
首を傾げていると、村長がさらに奥へと歩いていく。そう。一見すると小さい小屋に見えていたこの建物には、さらに奥が存在していた。
壁の一部が存在せず、隣接する崖肌がむき出しになっている。そしてその崖には、大人一人が通れるほどの裂け目が口を開けていたのだ。
どうやら、この小屋の目的はこの裂け目を隠すことにあったらしい。
この構造を見て。少し砦が懐かしくなる。俺たちの砦も、大岩の根元に開いた洞窟を覆い隠すようにストーン・フォートレスを建てたからな。
やや警戒しながらも、村長の後を付いていく。
「足元に気を付けてくだされ」
「はい。あの、この先には何が? それに、こうまでして隠す意味は?」
「それは、儂の口からは……。この先におられる方が全て説明をしてくださいますので」
村長は元々丁寧な言葉を使う人ではあるが、明らかに相手を格上だと考えていることがわかった。
しかし、村の中で村長よりも上の人間て、いったいなんなんだ?
正直、不安がドンドンと増していくが、ここまできたら引き返すことなどできない。それに、モンスターたちが村長をあまり警戒していないことも、俺がすぐに引き返さない理由でもあった。
村長が殺気や悪意を抱いていれば、大剣士や灰色狼が多少なりとも反応するはずだ。しかし、モンスターたちはリラックスしているようにさえ見える。
少なくとも、村長が何か悪だくみをしているわけではなさそうだった。
裂け目を30メートルほど歩いただろうか。ようやく前方に明かりが見えた。
「あそこですか?」
「はい。少々お待ちを。ディシャル様。トール殿をお連れいたしました」
「ご苦労だったね」
村長の呼びかけに応えた、ディシャルと言う人物の声が聞こえる。意外なことに、それは女性の物であった。しかも、非常に若い。
さて、いったいどんな人物なのだろうか?




