142話 ダークエルフ
村長に案内された崖の割れ目の先。そこにいたのは、一人の小柄な女性であった。肌が黒いな。日焼けしているというよりは、そういう人種なのだろう。
地面に敷いた絨毯の上に胡坐をかき、こちらを見上げている。
こんな場所にいるにしては、結構なお洒落さんだ。青地に赤い模様の入ったペルシャ絨毯のような見た目の布をターバンのように巻き、薄手の服も黒地に金の刺繍が入った豪奢な物である。
しかも、耳が特徴的だった。何せ、尖っている。しかも長い。柳葉型というやつだ。
間違いない。エルフだった。いるとは聞いていたが、この世界にきて初めて会ったね。
感動してしまった。
冒険者や魔術を初めて見た時も感動したが、この感動はそれ以上だ。なにせエルフだぞ? しかも美少女。
肌が黒いから、ダークエルフという奴だろうか?
ランプの火だけが照らす薄暗い洞窟の中で、ディシャルの赤い目は煌めきを放っているかのように印象的だった。
「よくきたお客人。私はディシャル。歓迎するよ」
「……」
「ワフはワフであります! よろしくですぞ!」
「よろしく。可愛い獣人のお嬢さん。それで、そちらのお兄さんは……。私みたいなものとは話したくないのかい……?」
あ、やべ。感動し過ぎて話を聞いてなかった。ただ、ワフと握手しているディシャル様が、悲しそうな顔をしていることは分かった。
よく分からないまま、俺は慌てて手を突き出した。
「あ! その、よろしく……! ト、トールといいます」
「ふふ。よろしくトール」
「えっと……はい」
良かった。笑ってくれた。それにしても、手の柔らかさはエルフも人も同じだな。体温が高すぎることも、ひんやりしているようなこともない。顔を見なければ、人間と握手しているのと変わらないだろう。
「あの、ディシャル様は、エルフなんですか?」
「ふふふ。エルフはエルフだが、ダークエルフさ。見れば分かるだろ?」
「あー、そうっすね。ダークエルフですよね。すいません変な質問しちゃって」
「ふふふふ」
「ど、どうかしました?」
俺、何か変なことを言ってしまっただろうか。ディシャル様が急におかしそうに笑いだした。もう少しこっちの世界の常識を勉強しておくべきだった。
「いや、お前さんとお仲間たちとの、落差が面白くてねぇ」
「え?」
言われて振り返ってみると、そこには目と口を大きく開けて間抜け面を晒す、ゼド爺さんたちの姿があった。
ワフは普通だよな? むしろ、俺より落ち着いていたわけだし。
つまり、クレナクレムの住人にとって、ディシャル様は普通の存在ではないのだろうか?
「ゼド爺さん? エミル?」
「はっ……! す、すまん。無様な姿を見せた」
「……」
ゼド爺さんがなんとか復活したが、他の奴らは未だにフリーズ中だ。
「ど、どうしたんだ?」
「……お主が違う場所からきたのだと、改めて実感するな」
「意味が分からん?」
「まあ、待て。ディシャル様、私はゼド・ガルトマンと申します」
「よろしく、ゼド」
ゼド爺さんはディシャル様の前に進み出ると、片膝をつき、まるで貴族か何かに拝謁するような恭しい態度をとった。
「伝説の種族たる御身に拝謁でき――」
「あー、そういうのは大丈夫だよ。数が少ないだけで、偉いわけじゃないんだ。それに、堅苦しいのは苦手なんだよ」
「申し訳ありません」
「ゼドは堅いねぇ」
伝説の種族?
「ダークエルフっていうのは、そんなに珍しいんですか?」
「珍しいもなにも、実在が疑われるほどの幻の存在だぞ?」
「まあ、私らの数が少ないのは確かだ」
そして、ディシャル様が説明してくれた。
「私らダークエルフは、遥か昔に滅びたなんて言われている種族なのさ。世間様じゃ、本当にそう信じられているんじゃないかい?」
「そうですね。我らも、ディシャル様にお目にかかるまでは、そう信じておりました」
ダークエルフはエルフの突然変異で生まれた種族であり、その数が非常に少なかった。ただでさえエルフは子供ができにくいのに、ダークエルフはそれに輪をかけて子供ができづらい種族であるそうだ。
それ故、元々百人程度しか存在していなかった。それでも彼らが一目置かれていたのは、ダークエルフは生まれながらに魔眼を備えているからだ。
未来視や千里眼といった、超希少な魔眼を発現する者も多く、当時存在していたエルフの国でも重要なポストを任されることが多かったらしい。そもそも、ダークエルフと言うだけで、エルフ国では王族に準ずる権力を与えられていたというから驚きだ。それだけ、彼らの能力が有用だったということだろう。
しかし、ただでさえ数が少なかったダークエルフが、絶滅したと言われるようになってしまう、ある事件が起こる。
当時、侵略を繰り返していたハールヴァイド帝国が、ダークエルフの力の独占を狙ったのだ。
エルフの国は蹂躙され、多くのダークエルフが捕らえられた。それでも抵抗を止めない場合、他国の手に渡ることを警戒されて、命を奪われたという。
結果、ダークエルフは数を減らし、子孫を残すことが困難となって歴史の表舞台から姿を消したのだ。
「オーガやトロールなど、目ではない。まさに神話の中の存在だ」
「な、なるほど」
「色々とお話をしたいところだけど、お仲間にはちょっと刺激が強すぎたかな?」
「……」
未だにエミルたちは衝撃から立ち直れていないようだ。しかし、ディシャル様の視線を感じて、ようやく自分たちが失礼な態度をとってしまっていると気付いたらしい。
「あ……。しゅいません! し、しちゅれいしました!」
その中でもいち早く復活したのはエミルだ。慌てて、ディシャル様に頭を下げる。まあ、メッチャ噛んでるけど。
それが切っ掛けとなり、トビアたちも動き出した。よかった、これで話が進みそうだ。




