137話 ソルベスの村
「ようこそ、ソルベスの村へ。皆さまを歓迎いたします」
肉を満載の馬車と一緒に村に入ると、俺たちは歓声で迎えられていた。
俺たちが歓迎されている訳じゃなく、肉が喜ばれているのだと分かっていても、笑顔で迎えてもらえると嬉しくなるね。
村に残っていた女子供たちがまだ解体途中のトロールの各部位を、力を合わせて運び出していく。このまま各家々の倉庫などを使い、本格的に解体を行なうのだ。
俺たちは村長と一緒に、村の中を進んでいく。荷物などを置くために、逗留中に貸してもらう予定の空き家へと向かっているのだ。
「それにしても、凄い村だな」
「うむ。よもやこのような場所に村を築いておるとはの……」
ソルベスは、村と聞いて想像するような姿からは、かけ離れた構造をしていた。こっちの世界ではこれが当たり前かと思ったが、ゼド爺さんも一緒に驚いている。
やはり珍しい光景であるようだ。
「あんな場所に家を作るのは、苦労したんじゃないですか?」
「さて、儂らは先祖代々の家を受け継いでおるだけですからのう。まあ、補修の時などはかなり難儀しますな」
「そうなんですね。先祖代々って、いつくらいからここに?」
「それも詳しくは……。ですが、200年前にはすでに暮らしておったようです」
ソルベスは、深い谷に存在する村だった。小高い山が中央から裂けたのだろうか? 幅が50メートルほどの、垂直と言ってもいいほど切り立った崖に挟まれた、谷間の村だ。
ただ、谷間に村があると言っても、谷底に家を作っているというわけじゃない。
いや、谷底にも家は建っているが、それだけではないのだ。俺やゼド爺さんを驚かせたのは、崖の中腹に張り付くように造られた家々の姿であった。
崖の途中に穴を掘り、そこに家を建てたのだろう。しかし、完全に崖の中に埋まっているのではなく、一部は崖から宙に突き出してしまっていた。
そんな家々が細い板のような足場で繋がれ、人々が上下を行き来している。よく命綱もない細い板の上を、あんなにスイスイと歩けるな。物によっては40メートル近い高さがあると思うんだが、人々は普通に渡っている。
さすがに崖と崖の間は何十メートルも離れているので、吊り橋が数本かかっているだけだが。
解体作業に参加するためなのか、足場を小走りで移動する者までいて、ちょっくら心臓に悪い。
「こっちの崖にある家と、向こうの崖にある家だと、微妙に大きさが違うみたいですけど、なにか意味があるんですか?」
「ああ、こっちが住居、向こうが倉庫ですな。向こう側の崖は日中でも日が当たらぬので、食料品などが腐りづらいのですよ」
「なるほど」
ちゃんと谷の利点を生かしているらしい。そして、この谷間にあるという特殊な立地こそが、トロールに襲われずに済んだ理由でもあった。
あの貪欲で好戦的なトロールが、近くにある村を襲わないのが不思議だったのだ。
村に入るための入り口部分は谷が大きく狭まっており、とてもではないがトロールでは通り抜けることができない細さであった。これのせいでトロールが村を襲わなかったのだ。
しかし、獲物である人間の気配が多いせいで、あの場所から離れることもしなかったのだろう。
もうひとつの脅威であるハーピーに関しても対策を立てているらしく、村が魔獣に襲われることは多くないそうだ。
俺たちが使ってもいいという家は、村のほぼ中心にあった。谷底に建てられた平屋である。ただ、決して狭苦しくはない。裏庭も広く、地下室まで備えられていたのだ。
「外から来たばかりの人ですと、最初から上の家は厳しいかと思いましてな」
有り難い気遣いだ。ワフとか、絶対にはしゃいで落ちそうになるだろう。
「感謝いたす。確かに、我らでは少々危ないでしょう」
村長に礼を言うゼド爺さんの視線は、ワフと俺を向いている。なんでだ? 俺は平気だろう?
「いえいえ、あの巨大な魔獣を倒していただき、本当に助かりました。見ての通り、この村は作物を育てるのに向いておりませぬ。交易の手段が閉ざされれば、飢えるしかないのですよ」
この村と外を繋ぐルートは2つ。勿論、谷を抜ければそこからいくつもの道が存在しているが、それはこの山岳地帯を通り抜けてからの話だ。山岳地帯を抜ける為の道は2本しか存在していなかった。
そして、そのひとつをトロールが塞ぎ、もうひとつは抜けた先で山賊被害が多発するようになってしまったらしい。そのせいで、毎月数組は訪れるはずの行商人が、全く寄り付かなくなってしまったのだ。
そこに現れた俺たちがトロールを倒したことで、食料が手に入ったうえに、外界に出る手段も確保できた。
そう語りながら、涙ながらに頭を下げてくる村長。
「改めて、我らはあなた方を歓迎しますぞ。そもそも、ここは元々虐げられし、棄民の終の棲家。来る者は拒まず、去る者は追わず。そう言った村です」
村長の言葉にホッとした顔を見せるトビアたち。一時的な滞在ではなく、移住が認められそうだからだろう。
「ただ、村にはいくつか掟がございます。それを守れなければ追放もあり得ますので、ご注意ください」
「掟……。どんなものなんですか?」
「細かいものは後でお教えいたしますが、大きい物は四つ」
村長さんが軽く説明してくれた。
ひとつ、食料は皆で分けあう。個人の財産を持つことなどは許されるが、食料は村全体で管理し、分けあっているらしい。たとえひとりで仕留めた獲物でも、自分一人の物にすることは許されない。
まあ、その食料を得た人間に多く分配されるし、食料以外の素材は返してもらえるが。分配者が公明正大であれば、悪くないシステムだろう。今回もこの掟のおかげで餓死者は一人もいなかったそうだ。
ひとつ、働かざる者、食うべからず。当然だが、暮らし向きが厳しいこの村で、何もせずに遊んでいるような人間を養う余裕はない。
村での生活が落ち着いたら、何らかの仕事を割り振られることになる。
ひとつ、他者を貶めない。ここには、様々な場所から逃げてきた者たちが暮らしている。犯罪歴があるものもいれば、獣人やエルフ、ドワーフのような珍しい種族もいるらしい。
中には、昔から殺し合うような間柄の種族もいるのだ。それに、人間の中には異種族を亜人と呼んで、差別する者もいる。
この村ではそう言った差別や因縁を忘れ、全員が同じ村の仲間として生きて行かなくてはならない。
ひとつ、村の仲間を見捨てない。元犯罪者の村民の中には、未だに賞金がかかったままの者もいる。それに、貴族などが欲しがるような、珍しい種族も多い。
村の仲間である限り、そういった者たちを護り、戦う。村を守るために、彼らを追い出すような真似は絶対にしない。
この最後の掟は、棄民であった先祖からも絶対に残すようにと言い伝えられた、最も大事な掟であるそうだ。
「……うむ。素晴らしい掟であるな」
「ああ」
ゼド爺さんやトビアたちの琴線に触れるものがあったのだろう。彼らは感動した様子で、しきりにうなずいていた。
「この掟を順守する限り、あなた方は村の仲間です」
夏風邪が悪化しました。
次回の更新は28日となります。
申し訳ありません。




