124話 混沌とは
「助かりました。人の子よ」
「えーっと、大精霊さん?」
「そうです」
「ふおぉぉ?」
大精霊が頷くと、ワフが変な声を出して固まってしまった。どうやら、誰にでも物怖じしないワフでさえ、緊張するような相手であるらしい。
確かに目の前には一人の女性型の精霊がいる。
じゃあ俺の手に握られているカードは何だ? こっちにも大精霊フォルタル=クルアという表記があるんだが。
大精霊は俺の疑問を察したらしい。丁寧に説明してくれた。
「ああ、その絵札ですか? それには私の力の一部が込められているようです。我が力全てを封じては、とても人の身では扱いきれないからでしょう」
「あー、やっぱり大精霊さんて、凄いんですか?」
「神々によって生み出されし、この世界の安定を司る存在が、我ら大精霊です。そのカードに込められているのは、我が力の100分の1ほどでしょう」
つまり、本体は400/400の化け物ってこと? いや、単純に100倍すればいいわけじゃないだろうが、普通にカードに封じることは無理な存在なのだろう。
「じゃあ、もしかしてこのカードも、精霊の力の一部なんでしょうか?」
俺は一枚岩の精霊・ガルフ=ナザのカードを取り出して、大精霊に見せた。もしそうなら、あの拠点にガルフ=ナザが残っているということになるのだ。
また襲われたらひとたまりもない。
しかし、大精霊は首を振った。
「その子は中位の精霊。力のほとんどは絵札に封じられています」
「な、なるほど……。その、大丈夫なんですかね? 精霊をこんな風にしちゃって」
大精霊からしたら、仲間が人間に閉じ込められて、利用されているようなものなんじゃないか?
「大丈夫ですよ。あなたの力は、大神の力によるものですよね? それに、倒されたとしても、自身が納得しなければそこまで完全に絵札に封じられることはありません。その子はあなたに負けて、あなたを主と認めたのでしょう」
よかった、特に問題はなかったらしい。
「先ほども言いましたが、あなたからは大神様の息吹が感じられます。あなたはその関係者なのでしょうか?」
「えっと? 大神?」
「はい。四大主神が一柱、セルエノン様の気配を感じます」
「あー、確かに関係者と言えば、関係者なのかな?」
一応、あいつに転生させてもらったわけだしな。
にしても、四大主神? セルエノン以外にも神様がいることは知っていたが、あれがそんな偉い神様だったとは……。
この世界、平気か?
「えーっと、さっきあなたが言っていた、助かったというのは?」
むしろ、攻撃しちゃったんですけど。それどころか、倒したように見えたんですけど。
「我が存在を侵食していた混沌の残滓を浄化してくださったことです。なるほど、転生者であるからこその力ですか」
「え? 俺が転生者だって分かるんですか?」
「その絵札であなたと繋がったことで、様々なことが理解できました。大丈夫、私が誰かにこのことを漏らすことはありません」
「そ、そうですか」
まあ、大精霊さんから人に情報が洩れるってことはあまりなさそうだから、いいけどさ。そもそも、口を封じるなんてできない以上、信用するしかないのだ。
「それにしても、大精霊っていうのは凄い存在なんですよね? そんな貴女でも、混沌憑きになっちゃうんですか? というか、混沌ってなんですか?」
「混沌とは、滅びし異界からの侵食者です」
「え? 別の世界から、クレナクレムに攻めてきた敵ってこと?」
そりゃあ、クレナクレムがあるんだから、それ以外に異世界があっても不思議じゃないよな。それに、俺たちが世界を超えて転生したんだから、世界を渡る方法がなくはないはずだ。
「敵というよりは、伝染病や病原菌とでも言った方がいいかもしれません。界を渡りながら、その世界の根幹を侵食し、最終的には世界を覆い尽くして滅ぼす存在と言われています」
「は、はぁ」
「混沌の残滓に意思はなく、大元である巨大な混沌から剥離した残滓が、この世界の者に取り付き、狂わせるのです」
「えーっと、その大元の混沌っていうのを倒したりしないんですか?」
「そこは神々の領域。我ら精霊が考えることではありません」
仕事の管轄外ってことか? まあ、神が実在する世界だし、最終的には神様がどうにかしてくれるのかもしれない。その一柱がセルエノンと考えると、かなり不安ではあるが。
「普通、大精霊が混沌に侵食されるようなことは滅多に無いのですが、今回は少々無理をし過ぎました」
「何をしたんです?」
「近頃、地脈に混入する混沌の残滓が増えてきていました。今はまだ、魔獣や精霊のような、魔力に敏感な存在だけが混沌に取りつかれるだけに留まっています。ですが、地脈の汚染が進めば、人間や普通の動物にも影響が出始めるでしょう」
「えーっと、そこらにいる一般人が急に混沌憑きになったりするってことですかね?」
「そうです。しかも、大量に」
「うわー」
地獄じゃないか。しかも人的被害だけじゃなくて、人々の間に不信感も蔓延して、社会情勢が急速に悪くなりそうだ。
大精霊はそれを防ぐために、自ら混沌を吸収し、地脈を掃除していたらしい。しかし、集めた混沌を浄化するよりも、混沌による侵食の速度の方が早く、混沌憑きになりかけていたそうだ。
そう。俺たちは混沌憑きだと思っていたが、あの時はまだ完全な混沌憑きではなかったらしい。
俺たちに襲いかかってこなかったのも、大精霊本来の意識と、混沌に侵食された意識が体の主導権を奪い合っていたからだった。
「人の気配に反応して姿を現してしまいましたが、その人間がまさか混沌の残滓を滅ぼすだけの力があるとは思ってもみませんでした。私は運がいい」
「それは俺もですね」
なにせ、もう少し遅くあの場所に辿りついていたら、完全な混沌憑きになった大精霊に襲われていたかもしれないのだ。
能力的に、勝てる相手ではなかっただろう。
互いに運が良かったな。
「あなたは大神様から、何か使命を授かっているのでしょうか?」
「え? いや、特には何も……。ただ、お前は面白いから転生させてやるって」
「なるほど……セルエノン様らしい……」
大精霊がその言葉だけで納得してしまう。彼女も、セルエノンのアレ具合は理解しているようだ。
「では、私からひとつ、お願いがあります」
「えーっと、どんなことでしょう?」
「混沌憑きを発見したら、積極的に倒してほしいのです。あれを放置していれば、世界に悪影響が出ます」
「なるほど……。まあ、俺たちで倒せる範囲であれば」
混沌憑きを倒せば試練達成にもなるし、無差別に暴れ回るような危険な相手を、放置するつもりもない。まあ、魔王なんて呼ばれるクラスの相手じゃなければ、だけどね。
「それで構いません。私からも助けになる力をお渡ししましょう。我が絵札と、座の絵札があれば――」
大精霊がそう言った直後だった。手にしていた、大精霊のカードと、バインダーから浮かび上がった土地カード、大精霊の座が光り輝く。そして、その光がそのまま俺の全身を包み込んだ。
数秒もすると、光は消えたんだが……。何か変わった気はしない。
「絵札を通じて、あなたに混沌に抗する力を与えました。あなたや、あなたの周りにいる者たちは、混沌からの影響が弱まるでしょう」
「混沌憑きにならなくなるってことですか?」
「それだけではなく、混沌からの攻撃からも、僅かではありますが身を守ります」
「おお、それは有り難いです」
「ただし、2枚の絵札をあなたが所持していることが条件です。その絵札を通じて、力を送っているので」
大精霊のカードは大丈夫だろう。他のプレイヤーに奪われる可能性はあるが、その時はどうせ俺は死んでいる。
問題は、土地カードである『大精霊の座・フォルタル=クルア』だ。土地カードは、他の奴に占拠されてしまえば、奪われる。俺が白井から暗黒精霊の鎮め祠を奪ったように。
「やっぱり、牛人の頭領が必要だな」
太古の一枚岩・ガルフ=ナザ、暗黒精霊の鎮め祠、大精霊の座・フォルタル=クルア。この3ヶ所を見回らせるのだ。




