116話 囚われのワフの場合
ワフが囚われの身となり、すでに2晩。
最初はどのような辱めを受けるのかと身構えていたのですが、想像していたような事態は一向に訪れませんでした。
ゼニドーという貴族は見るからに馬鹿で短慮なダメ貴族なのですが、商品を傷付けぬ程度の分別はあるようです。
いえ、一度だけ危険な場面がありましたか。
ゼニドーがワフを尋問しようとしたのです。どうやら、仲間について尋問するつもりであったようですな。
しかし、その時の態度があまりにも酷かったので、思わず言い返してしまったのです。
「小娘、仲間はどこにいる? 貴様らのようなケダモノでも、物好きどもが高く買うからな。せいぜいこの俺が貴様ら半獣どもを有効利用してやる」
「貴様こそ! 人さらいなうえに無能領主ときたら、猿以下ではないですか!」
「こ、このガキ――!」
やっちまったと思ったのです。無論、後悔はありませぬぞ。ただ、あまり酷く痛めつけられては、逃げ出す際に少々難儀するかもしれないとは思ったのです。
しかし、ゼニドーが振り上げた拳を振り下ろす直前、誰かがワフたちの間に割って入っていました。
「へいへい。傷付けたら商品価値が下がるって、あんたが言ってたんでしょう?」
「アイオール邪魔をするな!」
「屋敷の地下に捕まえている冒険者みたいにしちまうつもりっすか?」
「……ちっ」
ワフを誘拐した黒騎士の1人でした。アイオールと呼ばれていた、軽薄な部下の方であります。
何やらウィンクなどして去っていきましたが、ワフに気があるのでありましょうか? 気色悪いですな。
そもそも自分で誘拐してきておいて、ちょっと助けただけで好感度などあがるはずもありませぬ。ワフが、そんなマッチポンプでどうにかなるような軽い犬だと思われたのであれば、心外でありますな!
とはいえ、この屋敷に連れてこられてから、身の危険を感じたのはその時だけです。
むしろ待遇は悪くありませぬ。
手足を縛られることもなく、牢に入れられることもない。それどころか、ワフが軟禁された場所は、少し広めの寝室のような部屋でありました。
お手洗いもあり、三食きっちり出てきます。昨日の晩など、分厚くて柔らかいステーキが2枚も――。
「ジュルリ」
あれは美味しかったでありますな。
おっと、いけませぬ。そんなことよりも、脱出する方法を考えねば。
部屋の外には常に見張りがいるうえ、屋敷の中を巡回している兵士もいるようです。人目を盗んで脱出というのは、中々骨が折れる作業でありましょう。
窓から脱出しようかとも考えたのですが、外から施錠されており、ワフが開けることができませんでした。無論、叩き壊すことは可能ですが……。
そんな派手に逃げ出せば、すぐに捕縛されてしまうでしょう。逃げ出すのであれば、確実を期さねばなりませぬ。
「うーむ……?」
天蓋付きのベッドに腰かけながら、脱出の算段を練っている最中でありました。
「音が聞こえましたな」
何やら物が壊れる音が聞こえたのです。かなり遠くではありましたが、間違いなくこの屋敷の中からです。
「何か騒ぎが……」
扉に耳を付けて外の音を拾ってみると、兵士たちがバタバタと走り回っているのが分かります。
「やはり!」
もしや主がワフを助けに……? どうするべきでありましょうか。部屋の外にはまだ兵士がおりますが、それもいつまでいるかは分かりませぬ。
もし、脱出のチャンスが訪れたら?
ですが、この騒ぎが本当に主の引き起こしたものかは分かりませぬ。もし違っていたら、すぐに捕まってしまうでしょう。それに、主が助けに来てくれたのだとすれば、動かずに救出を待つ方がいい気もします。
「……!」
今度は揺れましたぞ! 間違いなく、何か大きな事件が起きているのであります!
その後、揺れは何度も屋敷を襲いました。強力な魔術でも使用されているのでしょうか?
「主は無事なのでありますか? くっ、ワフはいったいどうすれば……!」
情報が少なすぎるのであります!
ワフが頭を抱えて懊悩していると、今度は部屋のすぐ近くで人々が怒鳴り合う声が聞こえてきました。同時に、金属同士が打ち合わされる甲高い音が響いています。
間違いなく、戦闘が行われているでしょう。
「むむ……? この声は……」
「――ワフちゃん! どこ!」
「ワフ! どこだ!」
間違いなく、エミル殿とジジ殿の声! やはり主たちでしたか!
「エミル殿! ジジ殿! ワフはここであります!」
「あ! こら!」
ドンドンと扉を叩くと、外にいた見張りの兵士が慌てふためているでありますな。しかし、ワフの声が無事にエミル殿たちに届いたようです。
すぐに争い合う声が聞こえたと思ったら、扉が勢いよく開きました。
「ワフちゃん!」
「エミル殿!」
部屋に飛び込んできたのはエミル殿でした。続いてジジ殿の姿も見えます。
「無事でよかった!」
「むぎゅぅ。苦しいであります!」
「ああ、ごめんなさい」
「無事であったか」
「はい。して、主は? 一緒ではなのですか?」
「分かれてお主を捜索していたのだが、どうやら敵に発見されたらしい」
「そ、そんな! では助けに行かねば!」
「チュー!」
そう叫んだワフの前に立ちはだかったのは、蔦鼠殿でありました。その小さな頭を激しく横に振っております。
「どういうことでありますか?」
「その蔦鼠は、トールの下から送られてきた個体だ。もしかして、トールから先に脱出するように言われているのか?」
「チュ!」
「トールには逃げるための秘策があるということか?」
「チュ!」
ジジ殿の言葉に蔦鼠殿が頷きます。どうやら、主に助けは必要ないようです。心配ではありますが、他でもない主のお言葉、逆らうわけにはいきませぬ。それに、せっかく救出してもらっておきながら、再び敵の手に落ちて人質になるわけにはいきませんからな。
「それよりも、儂らは地下牢を目指すぞ」
「地下牢でありますか?」
「トビアの仲間がそこに囚われているはずなのだ」
「なるほど! 了解でありますぞ!」
屋敷を襲う揺れは、より激しさを増してゆくばかりです。脱出するのであれば、早くせねばなりませぬ。
「主、無事でいてくだされ……」




