110話 特務騎士ルファス
「さて、やるか?」
「くっ……」
特務騎士ルファスと、領主館の庭で向き合う。
特務騎士と鉢合わせるというだけでも最悪の事態だ。だが、さらに悪い方向へと流れ始めていた。
「おい! こっちだ!」
「誰かいる!」
俺が特務騎士ルファスを前にして蛇に睨まれた蛙のようになっていると、周囲から数人の兵士が集まってきたのだ。
当然だ。これだけの騒ぎを起こしたんだからな。窓が破壊される音や、ルファスが地面に着地する音などが、敷地中に響き渡ったことだろう。
確実に、異変を察知されてしまった。今頃、屋敷内の兵士たちが警戒のために動き始めているはずだ。
「モンスターが入り込んでいるぞっ!」
「お、応援を呼ばないと……!」
大剣士を目撃した兵士の一人が笛のような物を取り出し、口元に運ぶ。仲間を集めるための呼子だろう。
だが、それを止めたのは、他でもないルファスであった。
「まて。こいつらへの対処は俺が行う。お前たちは屋敷内の防備を固めろ。仲間がいるはずだ」
「は、はは! 了解しました!」
なんと、仲間を呼ぶことを止めただけではなく、集まっていた兵士まで屋敷に向かわせてしまった。
自分の力に余程自信があるのだろう。だが、これはラッキーだ。一気に周囲を囲まれて、数の力で抑え込まれることがなくなった。
目の前にいるルファスと名乗った特務騎士さえどうにかすれば――。
「ふはは。俺一人の方が、与しやすいと思ったか?」
俺のそんな考えを察しているかのように、ルファスが笑う。
「俺がなぜ兵士たちを下がらせたか分かるか?」
「……なんでだ?」
「邪魔だからだ」
そう言い放ったルファスが、右手の平を思い切り突き出した。直後、俺たちの真横を何かが凄まじい勢いで通り過ぎ、背後の植え込みを破壊する。
威嚇や示威の目的だったのだろう。外れても悔しがる様子はない。それにしても、今の攻撃は何だったんだ?
不可視の衝撃波? それとも魔力? ボス虎と同じ、風の弾丸という可能性もあるな。俺たちを最初に吹き飛ばした攻撃と似ている。いや、あっちの方が威力が遥かに高かったが。
今ルファスが放った攻撃は、人に当たっても数メートル吹き飛ばす程度の威力だろう。最初の攻撃がトラックに轢かれるレベルの衝撃だったとすれば、今のは精々自転車にぶつかるくらいだった。
ただ、同系統の攻撃であることは間違いない。
「俺の攻撃は見ての通り、それなりに射程が長いうえに、雑魚が回避することは難しい。周りに邪魔がいては、ろくに攻撃もできないだろう? くっくっく」
ルファスが再び笑う。兜で顔が隠れているのに、獰猛な表情を浮かべているのが分かる気がした。それほどに、ルファスの放つ雰囲気は好戦的だ。
「最初の攻撃。俺は殺すつもりだったんだ。だが、無傷とはな。久々に楽しめそうだ!」
どうも、戦闘を楽しむタイプの人間であるらしい。傷を負わなかった俺を見て、スイッチが入ってしまったようだ。
「やるしかないか……」
「そうだ。お前たちが逃げるには、俺を倒すしかない。さあ、抗ってみろ!」
ルファスが腰の剣を抜き放ち、完全な臨戦態勢に入った。だが、奴はまだこちらを侮っている。そこに付け入る隙があるはずだった。
最初の一撃に全力を注ぎ込む!
「やるぞ、大剣士」
「ガオ!」
「完全に従っているようだな。魔獣を使役する力か! 面白い! それに、魔獣の剣士とはな! 剣を構える姿がここまで堂に入った魔獣、初めて戦うぞ! ふはははは!」
今のうちに精々笑ってろ! 目にもの見せてやるからな!
まず最初の一手で、相手の動きを封じる。
俺は、今は姿が見えない魔獣たちに呼びかけた。もう潜む必要はないんだ。大声で叫ぶ。
「チェシャ猫! 蔦鼠!」
「ウニャー」
「チュー!」
まだ2階にいたか!
そう、俺が最初に使用するのは、チェシャ猫と蔦鼠の拘束能力である。
俺が吹き飛ばされた時、上手く逃れ、潜んでいたのだろう。カード化して戻ってこないことには気付いていた。ルファスも、逃げる小動物は無視したのかもしれない。
先程までルファスがいた2階の穴から、こっちを見下ろしていた。
この距離なら、チェシャ猫だろう。
「拘束しろ!」
「ニャー!」
「ふむ?」
ルファスが警戒して、一気に横っ飛びする。なるほど、凄まじい動きだ。目の前にいたら、消えたと思っていたかもしれない。
しかし、チェシャ猫の視界の内から逃れられてはいなかった。
「あ――」
着地しようとしたルファスの動きが硬直し、そのまま無様に地面に転がった。引き倒された彫像のように、可笑しなポーズのまま地面に倒れた状態だ。
よし効いた!
「大剣士! 強化するぞ!」
「ガオオオオオオオオ!」
次いで使用したのは、虎人の大剣士の強化能力である。
虎人の大剣士 モンスター:ライカン
緑4 3/2 UC
先制、瞬発
緑魔力1で、10分間+2/+2。この能力は1日1度だけ使用可能
苦し気に呻く大剣士の肉体が、大きな変貌を遂げていく。
今までは首から下は人に近かったのだが、全身が虎柄の毛皮に覆われていく。また、筋肉だけではなく骨格から変形しているようで、その体積が凄まじい勢いで増していった。
身長は2メートルを遥かに超え、3メートル近い。腕の太さなども倍以上に膨れ上がり、その姿は虎と巨人が合わさったかのような姿である。
通常の姿が虎のマスクを被った大男だとすれば、今は巨大な虎が二足歩行をしているかのような姿だ。
今まで装備していた大剣が、長剣くらいにしか見えない。
「ガルルルルッ!」
しかも、今まで以上に野性味が増しているようだ。荒く息を吐く姿は、血に飢えた虎そのものである。
凄まじい強化だ。さすが、1日1回しか使えない能力だけある。これで、大剣士の能力は5/4。スペック上では、あの巨人殺しのニシキヘビとほぼ同等だ。
「やれ!」
「ガオオオオォォォ!」
俺の命令とともに、大剣士が飛び出した。未だに地面に寝転がったままのルファスを叩き斬るべく、その手の大剣を大きく振りかぶる。
「ガアアアァ!」




