109話 情報源
「侵入者……。何者だ?」
2階から俺たちを見下ろして誰何する騎士風の男は、素人でも分かるほどの威圧感を放っていた。
10メートル以上離れているはずなのに、妙に大きく見える。実際は一七〇センチ強というところだろう。
着込んでいる黒い金属鎧は、派手さはないものの不思議な重厚感がある。フルフェイスの兜を被っているため顔などはいまいち分からないが、声からするとそれほど年老いてはいないようだった。
かろうじてわかるのは、髪の色だ。兜の隙間から、プラチナブロンドの髪が僅かにのぞいてていた。
「まあ、捕らえて吐かせればいい」
男が2階から飛び降りる。あんな重そうな鎧を着込んでいるのに、その動きに躊躇はなかった。まるで小さな段差から降りるような気安さだ。
そして、鎧の重さを示すような鈍く重い金属音を響かせながら、軽く膝を折っただけで危なげなく着地していた。やはりただ者ではない。
「……大人しく捕まる必要はないぞ? 精々抵抗するといい」
男が傲慢とさえ思える言葉を口にする。だが、俺がその言葉に反発を覚えることはない。
さっきから鳥肌が収まらないのだ。それに、疲れてもいないのに、膝が笑う。
俺は目の前の男に恐怖していた。実力の片鱗を見せつけられはしたが、まだどれほど強いのか分かっていない。それにもかかわらず、男の発する威圧感に呑まれ、恐れを感じてしまっていた。
「くっ……」
「ガオ……」
虎人の大剣士がほんの僅かではあるが、後ろに下がる。俺と同じように、男の放つ気配に圧倒されているのだろう。
モンスターである大剣士を恐れさせるほどの、異様なプレッシャーを放っているこの男は何者だ?
いや、間違いであってほしくて、あえてその可能性を頭の片隅に追いやっていたのだが、こうなっては認めないわけにはいかない。
黒い鎧を着込んだ、圧倒的な存在感を放つ騎士。話に聞いていた、敵の切り札としか考えられない。
「……特務騎士……」
「ほう? 知っているか? そうだ。俺の名前はルファス・ルオニール。特務騎士だ」
もしかしたら、俺の勘違いであるかもしれない。そんな僅かな希望も、あっさりと砕かれてしまった。
間違いなく、特務騎士である。
「何で……ここに戻って……」
「タレこみがあったのだ。今夜、侵入者が現れるとな。半信半疑だったが、本当だったとは。俺だけでも戻ってきて正解だったな」
「タレこみ……? いったい、誰が……」
まさかトビアたちか? いや、彼らが他の誰かに漏らしていれば、そいつの可能性も……。
「冒険者だよ。バリーとかいう男だ。この館に囚われている仲間を解放する交換条件として、お前たちの情報を喋ったぞ?」
「バリーか!」
だが、驚きつつも、頭のどこかではやはりという想いもあった。
俺だって仲間の命と引き換えだったら、出会ったばかりの人間を売るくらいはするかもしれない。
少なくとも、ワフを救うために、トビアを危険に晒している。それは、俺にとってワフの方が優先度が高いからだ。
そう考えれば、バリーが親友のために俺たちの情報を売り渡すのは、あり得ないことではなかった。
これは、自分たちの迂闊さが招いたピンチだ。せめて、蔦鼠の監視でもつけるべきだった。トビアが信用できるからと言って、バリーもそうだとは限らなかったのに……。
そう自分を戒めつつも、湧いてくる怒りはどうしようもない。裏切ったバリーと、自分の迂闊さに腹が立って仕方がなかった。
「くそっ! 次会ったらぶん殴ってやる!」
「くくく」
俺の言葉に、ルファスが嘲りの含まれた笑い声をあげる。俺たちはここで死ぬから、無理とでも言うつもりか? それとも、裏切られた俺たちを嘲笑っているのか?
しかし、彼が笑った理由は、そのどちらでもなかった。
「もう無理だ。すでに死んでいるからな」
「なに……?」
「金ぴか野郎――ゼニドーが殺してしまったよ。その仲間も、同じだ。素人が拷問などしても、碌な成果があがるわけないんだがな」
当初バリーは、襲撃があるという情報だけを伝えてきたらしい。さすがに、全てを話すのは後ろめたかったのだろうか?
しかし、それだけで領主が納得するはずがない。どこで知ったのか? 情報に嘘はないのか? 様々なことを突っ込んで聞かれ、色々と隠していることがばれてしまう。
結局、情報を吐かせるための拷問の末、殺されてしまったらしい。しかも、救おうとしていた仲間のジェイドも巻き込んで。
「その結果得られた情報が、襲撃者が樹海で捕らえた獣人娘の関係者であるという話と、すでに町に潜んで機会を狙っているという情報だけだ。馬鹿だろう?」
どうも、ルファスの嘲りは俺たちやバリーではなく、領主に向けられているようだ。貴重な情報源から情報を引き出すこともできず、殺してしまった愚かさを笑ってるようだ。
バリーは樹海のことや俺の能力については一切漏らさなかったらしい。裏切り者にも、最低限の仁義があったのか? 一瞬、そう思ったが、全然違っていた。単純に詳しい話を聞き出す前に、領主がやり過ぎて殺してしまっただけだった。
ジェイドはそもそも詳しい話を知らない。襲撃者云々と、樹海で出会った俺たちの情報が結びつかなかっただけだろう。
「それにしても――色々と疑問が解けた」
そう呟くルファスの視線が大剣士を射抜いた。そして、次いで俺を見る。
「俺たちを誘き出して、手薄になった館を襲撃するという計画と、出現した大魔獣の気配。偶然なのかどうか分からなかったが、魔獣を召喚、もしくは使役する能力とはな。厄介だな。くくくく」
厄介と言いながら、何故かルファスが笑った。しかも楽し気に。
「離れた場所からも分かるほど、大きな気配を持った魔獣を召喚するなど、伝説級の能力だ。なれば、使役か? 樹海の魔獣でも手なずけて、連れてきた? まあいい、捕まえて吐かせればすべて分かる」
「くっ」
「くくく」
ルファスから叩きつけられる圧迫感がより一層増すのが分かった。




