108話 接敵
虎人の大剣士がバルコニーの手すりに結んだロープを使い、俺たちは無事に館内に侵入していた。
昼間は結界があったはずなので、ここから先は蔦鼠にも間取りや構造は分からないはずだ。完全に初見で探索をしなければならない。
しかし、未だに騒ぎになっていないということは、ちゃんと結界を解除できている証でもあった。
「チュ」
蔦鼠が立ち止まって、こちらを見上げている。
「ワフの匂いとか、分からないか?」
「チュー……」
蔦鼠が鼻をヒクヒクさせて周囲の匂いを嗅ぐ仕草をしていたが、やはり無理だったらしい。すぐにこちらを振り返り、首を横にふった。
仕方ない。となると、館の二階に無数にある部屋を、闇雲に捜索することになるな。
「二手に分かれよう」
ゼド爺さんがそう提案してくるが、俺は少し迷った。
分散することのデメリットは、戦力が分散されてしまうことだ。接敵した際の危険度が増す。
だが、探索の効率は上がるだろう。時間をかけては、巡回の兵士に発見されるかもしれない。
それに、数の多さが発見される大きな原因の1つとなることを考えれば、二手に分かれることは悪くないように思えた。
先程のバルコニーの件でも、兵士がある程度巡回していることは間違いないし、ここはゼド爺さんの作戦でいこう。
「了解」
「儂とエミル、あとは蔦鼠を1匹借りていく」
「わかった」
「気を付けるのだぞ?」
「そっちこそ」
こっちは俺、虎人の大剣士、チェシャ猫、蔦鼠である。まあ、妥当な割り振りだろう。
「じゃあ、俺たちはこっちだ」
「ガオ」
ゼド爺さんたちと別れて、俺は大剣士と一緒に館の北側に向かった。道中の部屋を確認していく。
とは言え、無暗に部屋に踏み込んで、家探しをするわけではない。最初に内部に人がいるかどうかを大剣士の耳で確認してもらい、起きている人間の気配がなければ扉を僅かに開け、蔦鼠をこっそりと侵入させるのだ。
「……行け」
「チュ」
そして、3つ目の部屋の前で蔦鼠を待っている時であった。
俺の耳に、規則正しく床を叩く音が聞こえてくる。間違いなく、人の足音だ。しかも、少しずつ音が大きくなってくる。
「……!」
蔦鼠は戻ってこない。この部屋に入り込むか? だが、まだ中の安全が確認できていない。前の部屋2つは寝室で、人が寝ていた。戻って逃げ込むこともできない。
ど、どうする? どうすればいい?
そうこうしている間にも、足音がかなり近づいていた。もう悩んでいる暇はない!
俺は咄嗟に、目の前の扉の中に身を滑り込ませた。大剣士が即座に後に続く。
人はいないか!
どうやら客室か何かのようで、部屋の中に置かれたベッドには人が寝ている様子はなかった。
俺たちは大慌てでベッドの陰に身を潜める。
だが、まだ安心できない。
ガチャリ。
案の定だった。
巡回の兵士が、部屋の扉を開けたのだ。
「……」
「……」
俺たちは必死で呼吸を止め、僅かな物音も立てないようにその場で身を固くした。
「異常は……」
一応、無人の部屋をチェックしているんだろう。兵士の持っているランプが、部屋の中を僅かに照らす。
兵士に発見されないように祈りつつ、俺は心の中で「早くどっかに行ってしまえ!」と念じ続けた。
幸い、兵士の行動にやる気は見られない。部屋の詳しいチェックも、中に入ることもせずに、入り口から適当に内部を見回すだけだ。
「……」
「えーっと……?」
兵士の動きが一瞬止まる。
なんだ? 異常に気付いたのか? 発見された? 嘘だろ? チェシャ猫の能力を使うか?
「……異常なしと」
ビビらせやがって!
「助かったか……」
「ガオ」
「ああ、そうだな。行こう」
時間をかけていたら、いつか見つかる。早くワフを見付けよう。そもそも、今みたいな緊張に何度も耐えられる自信がなかった。
大剣士に促されるまでもなく、俺は移動を再開するべく立ち上がる。そのまま廊下に出た直後のことだ。
「――爆風砲」
「え?」
左横合いから、男の声が聞こえた。
そして、振り向く間もなく、凄まじい衝撃が俺の全身を打つ。
何が起きたのか分からない。
混乱の極致に陥ったまま、俺は右側にいた虎人の大剣士を巻き込み、そのままきりもみ状態で廊下を吹き飛ばされていた。
「ぐが……」
「ガアァ!」
一緒に吹き飛ばされている大剣士の呻き声が聞こえた。俺に痛みはないが、手足を壁に激しく打ちつける衝撃は伝わってくる。大剣士は相当な激痛に襲われているのだろう。
そして、俺たちは勢いのまま廊下の突き当りまで吹っ飛び、そこで止まることなく窓を突き破っていた。
ガラスの割れる、甲高い音が響いている。2階から落下しつつ、俺が考えたのは「ああ、これでせっかくの隠密行動が全部無駄になったな」ということであった。
あまりの急展開に、自身の頭が整理できていない。
しかし、これはまずいな。何気なく自身のライフに目をやると、今の一連の衝撃で残りが7となってしまっている。これで落下のダメージも受ければ、さらにダメージを食らうだろう。
ピンチだ。しかし、もうどうしようもない。背を地面に向けつつ、あとはせめて1点でもダメージが少なくなることを願うだけだ。
そう思っていたんだが――。
「ガアア!」
なんと、大剣士が俺を抱きかかえたのだ。そして、そのまま地面に着地したではないか。
その様子を見ると、全身が血だらけだ。俺を助けるために、力を振り絞ってくれたらしい。
「た、助かった……」
「ガ……」
やばい、大剣士は全然助かっていない! このまま放っておいたら、死んでしまうかもしれん!
「えーと、これを! 飲めるか?」
ポーション瓶は無事だった。俺の腰のポーチに入れていたおかげで、ライフバリアに守られたのだろう。
「ガオ……」
よし、何とかポーションを飲んでくれたぞ! すでに実験済みではあるが、俺のモンスターにもこの世界のポーションは効果がある。
大剣士の全身に刻まれていた傷が急速に塞がり、荒かった息も治まっていく。助かったようだ。
「ふぅ……。よかった」
「ガオ」
しかし、安心などしている暇はない。
「ふむ。その虎頭……。樹海で見たな」
漆黒の鎧に身を包んだ騎士風の男が、俺たちがぶち破った2階の窓からこちらを見下ろしていた。




