107話 侵入経路
10分ほどかけて、ゼド爺さんによる魔法陣の破壊が終わった。俺にはよく分からないが、確かに魔法陣から魔力が失われたようだ。
「はぁ……はぁ……」
「だいじょうぶか?」
「うむ、だいじょうぶだ。それよりも、すぐに、移動するぞ」
気功を使いすぎたせいで、ゼド爺さんは相当消耗してしまっていた。顔からは軽く血の気が引き、滝のような汗を流している。
短距離走を何十回も走らされた直後のようだ。休憩した方がいいはずなんだが、ゼド爺さんはすぐに移動するべきだと主張する。
「でも、この魔法陣を破壊して結界が消えても、すぐに気付かれる可能性は低いんだろ?」
結界が消えたとしても、それを知らせるような警報装置など存在しない。
また、普通の兵士には、結界が消えたことも分からないという。何せ、無色透明で普通に通り抜けるだけでは何かを感じることもないからだ。
結界を専門に扱う魔術師がその場にいればともかく、既にこの町を出てしまっているという情報は得ている。
とはいえ、何の拍子で結界が消えたことに気づかれるかは分からない。万が一のことを考えれば、この部屋から移動しておきたいというゼド爺さんの考えも分かった。
「分かったよ。とりあえず、これを飲んでおいてくれ」
「うむ」
ワフ特製の体力回復剤をゼド爺さんに渡す。これで全快するわけではないが、目に見えてその顔色が良くなった。
さすが魔法薬だ。地球だったら、逆にヤバい成分でも入っているのではないかと疑いたくなる効果だった。
「さ、行くぞ」
「エミルよ、先頭は任せる」
「は、はい」
ゼド爺さんの指示により、エミルが先頭に立つ。情けないが、俺よりはずっといいだろう。擬態もあるし、身体能力も高いからな。
「次は2階に侵入するわけだが……。どこから行く?」
ルートは2つ。
1つはこの地下道を来た方とは別に進み、そのまま屋敷の内部に侵入するルート。
一気に屋敷の内部に入り込める反面、兵士の数などが分かっていない。警備の密度によっては、身動きを取るのが非常に難しくなりそうだった。
もう1つのルートが、来た道を引き返し、外から2階へと向かうルート。バルコニーへと登り、そこから中に入ることになるだろう。
外の異変に気付かれていなければ、こちらの方が見つかる可能性は低いと思われる。ただし、バルコニーに登っている最中が無防備なので、そこで見付かる可能性はゼロではなかった。
「……外から行こう。いざという時、囲まれにくい」
「わかりました」
ということで、来た道を引き返す。幸い、異変には気付かれていないようだ。慌ただしく兵士が行き来しているようなことはなかった。
「チュ!」
「あ、まって鼠さん」
「チュチュ!」
「あわわ……」
エミルが先を行く蔦鼠の後を、慌てた様子で付いていく。先頭を任されたことによってかなりのやる気を出しているんだろうが、緊張も凄まじいらしい。
その動きは俺から見てもガチガチだ。
「エミルよ。落ち着け。それでは、見つかってしまうぞ」
「は、はい……」
「深呼吸をするのだ」
「すーはー……」
なんてやり取りをしていると、いつの間にかバルコニーの真下に辿りついていた。周囲には兵士の姿はない。
「チャンスだな……。どうやって登る?」
「儂が全快していれば、登ってロープを結んできたのだが……」
まだ、それは難しいだろう。やってやれないことはないと思うが、万が一、失敗して落下でもしたら、ここまでの頑張りが水泡に帰す。
蔦鼠やチェシャ猫なら上に登れると思うが、ロープを結ぶような真似はできない。どこかに引っ掛けてもらおうかとも思ったんだが、そう都合のいい場所はないようだった。
「わ、私が――」
「ガオ」
エミルがここでもやる気を見せてくれたんだが、それを制したのは虎人の大剣士である。なるほど、巨漢ではあるが、その身のこなしは猫科特有のしなやかさもある。それに、木登りなどが得意なことも分かっているのだ。
「分かった。気を付けて行ってきてくれ」
「ガオ」
虎人の大剣士が草むらからそっと抜け出すと、バルコニーを支える柱に取り付いた。そのまま、忍者のような身のこなしで支柱を登っていく。
そして、バルコニーの手すりに手を掛けて、登りきろうとしたその時であった。
「あ!」
「きゃ!」
俺とエミルは思わず声を上げてしまった。そのことに気づき、咄嗟に自分たちの口をふさぐ。
周りの兵士に聞こえてないよな?
2人で周囲を見回してみるが、兵士が駆け寄ってくるようなことはない。良かった。気付かれなかったか。
それを確認すると、再び視線を上げて、大剣士を見る。
大剣士は手すりの下部を掴むと、そのまま、宙づり状態でぶら下がっていた。まるでぶら下がり健康器を使っている中年お父さんのような姿である。
どうしたんだ? 最初は俺もエミルも、足を滑らしたのかと思ったのだ。まさに手すりに足を掛けようとしていた直後に、急にその体勢になったからな。
だが、そうではなかった。
なんと、バルコニーの扉が開いて、向こうから兵士が出てきたではないか。大剣士が気付かれた? 作戦失敗か?
背筋に冷たい汗が流れる。一か八か兵士に攻撃を仕掛けてみる? それとも、大剣士を囮にして――。
「落ち着けトール」
「! じ、爺さん」
「大丈夫だ。見ておれ」
ゼド爺さんに全く焦った様子はない。どうやら、まだ兵士がこちらに気付いたわけではなかったようだ。単純に、巡回の経路だったのだろう。
大剣士は身を隠すために、自分からあの体勢になったのだ。
兵士は数秒の間、バルコニーをキョロキョロと見回していたが、足元に潜む大剣士に気付くことなく、そのまま去っていったのだった。
「あ、危ねぇ……」
「ほ、本当です……」
「それよりも、行くぞ。大剣士がロープを結び終えた」
体調不良とお伝えしておりましたが、少々執筆が難しい状況です。
次回は2/10予定とさせてください。
ずれる場合は、活動報告にてお知らせいたします。
皆様もお気を付け下さいませ。




